絵巻物語を描こうと思ったきっかけ 闇の過去編

「いらっしゃいませ~。カブにウリにナスはいかがでしょうか」

「おいしいですよ~。ナスは焼きナスなどや炒め物にいかがでしょうか?」

「どれでも一皿、5厘。2皿山盛買っても1文。いかがでしょうか~?」

「安いよ。安いよ」


 ふと目の前でちょうちんがくるりくるりと舞っている。

 狐が空を飛び、河童が十二単を着てけらりけらりと笑っている。

 そこへ小さいたぬきだろうか。いやたぬきの子が桜色の羽織をきて道の真ん中に突っ立っている。

 いつの間にか道には人はいなくなっていた。

 

 たぬきの子が唄う。

 

 きゅうりはきゅうり 

 夏の暑い日のおやつに丁度いい


 なすはなす 

 なすのてんぷらはほっぺが落ちる


 ウリはウリ

 冬瓜ならば煮物で食った

 

 ちゃんか ちゃんか 

 ちゃんか ちゃんか ちゃんか

 

 

 

 たぬきの子がいつの間にか目の前に立っていた。

 そして、

「きゅうり一皿とナス一皿とウリ二皿いただこう。お金はここに置いておく」

 たぬきの子は野菜をたくさん入れた袋を背負い空を走って飛んで行った。

「……朱ノ、朱ノ助、朱ノ助ってば!」


 周りの景色がいったんぼやけ、また明るくなってくる。

 

 ふああ

 

 朱ノ助はおおあくびをする。


「どうしたの? ぼお~としちゃってさ」

 草葉が腰をかがめ、心配そうにこっちの顔色をうかがってくる。

 

「あ、いや、ちょっと疲れてて」


 疲れて幻覚でも見たのだろうか。ちょっと休もう。ふところが少し重かったので何気なく手を入れる。赤い巾着袋が入っていて中に2文、が入っていた。


 本当に疲れていた。

 少し仮眠でも取ろう。

 

 朱之助と草葉はしばらく呉服屋に行き、休憩し、少し昼寝をした。朱之助は寝っ転がりながら少し考え事をしていた。

「どうして俺って物語を描きたいと思うようになったんだっけ」

 確かに草葉に認めて欲しいっていうのは確かにある。しかし、もっとこころの底に何かが物語を求めているような感じがする。それってなんだっけ。

 

「やーい、やーい」

「鼻たれ小僧」

「やーい、やーい」

「何もできない無能人間」

「近寄るな。汚い。鼻水がつく」

「ばっちい」

「頼むからこっちに来ないでくれ」


 風景は幼少期になっていた。当時鼻たれ小僧だった朱之助は、ずっと馬鹿にされてきた人生を送っていた。誰も友達がいなかった。


 寂しい

 寂しい

 

 っていう気持ちが常にあった。


 ある日のこと、村の広場で同年代の知り合いたちが鬼ごっこをしていた。勇気をだして言葉を掛ける。

「仲間に入れてください」

 もうこの時すでに心が壊れかけていて、自分以外のすべての人間を自分よりもすごくえらい。自分はとてもちっぽけで醜い存在なんだと心に刻んでいるせいか、誰に対しても丁寧な口調で話してしまう。

 ガキ大将の男の子が

「そうだな」

 と腕を組む。一緒にいた女の子が叫ぶ。

「お前、汚いから一緒に遊びたくない。くんな!」

「まあまあそういわずに」

 そういうのはガキ大将。その様子に周りも

「しょうがないね」

 って言う。


 その時だった。

 朱之助の顔に何かが勢いよくぶつかった。


 ずきん ずきん。


 生暖かい物が額から流れ出る。右手で拭う。


 赤い血だった。


 え、えっ。何? 頭がパニックになる。何も感情は湧かないのに涙があふれ出て来た。え~ん。え~んと思いきり泣いた。この瞬間からこころが内側に籠るようになった。人に期待しなくなった。


「もういい。一人で生きていく」


 胸が張り裂けそうな思い。このままだと心が壊れてしまうと思った。その時に物語を空想することを覚えた。お寺の裏の隅っこに行くと日が暮れるまでずっと一人で木の枝で物語を紡いでいた。

 

 猪が舞って

 鶴が着物を織り

 亀がお酒を飲んで酔ってぐでんぐでん。

 

 いつしか、物語を想像することをやめられなくなった。っていうより自分自身の核になった。どんなにいじめられても、どんなに汚い汚い言われても、

 

「将来物語を書いて、後世に名を刻んでやるんだ」


 って思えたからどんな仕打ちにも耐えれたんだと思う。

 またこの時に思ったこと。


「自分ってなんで生きているんだろう」

「自分って何なんだろう」

「そもそも生きるって何なんだろう」


 そんなことも考えるようになった。


 運命的な出来事もあった。

 この日は台風だった。雨が大地を打ち付ける。おぞましい雨。恵みの雨。朱之助は両親の静止を振り切り外に出て雨の中をしっちゃかめっちゃか走る。恵みの雨を大地を感じることが出来れば、自分が何で生きているのかが分かるかもしれない。


 雨が大地を打ち付ける

 風が朱之助を大地へと叩きつける。

 木々がどうどうと木の枝を鳴らし続ける。

 冷気が朱之助の体温を奪っていく。


 それでも朱之助は走り続ける。雨に濡れ続ける。やがて開けた場所に出た。遠くを見る。すると雲と雲の間から光がこぼれ落ち、大地へとさんさんと照らしていた。

 雨がざあざあと落ちる。


 暗闇の中の一筋の光。

 朱之助はいつしかその光を拝んでいた。その時に決まった。物語作家になりたいと。

 物語作家になりたいんだと。


 (そっか、この時なんだ。物語を描きたいって思った原点は)

 

 それから朱之助は物語を木の枝だけで紡ぐのではなく、実際に物語を描く勉強をするために村を飛び出し、おっさん和尚のもとにたどり着いたのだった。そして今、絵巻物語を描く勉強をしているのだった。

 

 なにか不思議な感じがする。

 いじめられてきたことさえも物語を描くようになったきっかけと思ったから。

 運命とかって信じたくはないけどさ。何か大きなものがあるって最近思うんだ。

 

 ふふっ

 

 寝っ転がりながらふっと笑う。そうかいじめられてきたこともすべてつながって今があるんだな。ってそう思えた。

「何笑ってんの?」

 草葉が寝っ転がりながら聞いてくる。ふと草葉のことも気になった。

「草葉?」

「何?」

「草葉はどうして絵物語を描きたいって思うの?」

「何でそんなこと聞きたがるの?」

「ちょっと気になって」

「それはね……」

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