絵巻物語修行中 野菜販売をやった!
さてさてさて、
ここはとある城下町。
町中では今は夏だからだろうか、天秤にお豆腐を担いで
「豆腐、豆腐はいらんかね」
と善く通る声、ほれぼれするような伸びのある声で豆腐を売るおじいさんの姿。
泥だらけの服やほこりだらけの顔でコマ回しをする男の子たち。
戸を開けっぴろげてふんどし一丁でいびきをかいて寝ている中年のおじさん。その様子に
「あんたいい加減にしなさい。さっさと起きろ。ゴミ亭主!」
とほうきで亭主のおしりをぶんなぐっているかかあといった風景なども道を歩いていると出くわした風景である。他にも何人かのかかあ仲間で野菜を洗っている風景などなど。
とまあ歩いているとふとおっさんが立ち止まった。
「んと……? おっさんどうした。急に立ち止まってさ」
朱ノ助はぶーぶー文句を言う。
「ここで野菜を売る」
「まじで! こんなところで野菜売るのかよ? こんな人混みの多い場所で」
「うそだよね。せめて店とかあるよね」
草葉は緊張のせいなのか、少し顔がひきつっている。
「うそじゃない。ここで売る」
おっさん和尚は背中に背負ったむしろを下ろした。
「ほら、さっさと用意しろ~。野菜並べろよ~」
おっさん和尚がむしろを引く姿に観念したのか、
草葉が
「しゃーないな」
とつぶやくとかごを下ろして商売道具を中から取りだし整理し始めた。
朱ノ助ばかりが立ち尽くしている。その様子を自分なりにかっこわるく思えて、いや恥ずかしくなって、しまいには朱ノ助もかごを降ろし中からカブなどを取り出し、
むしろに並べカブについている乾燥している泥などを布で磨いて落とし始めた。
また夏なので直射日光などが危険なので棒を立ててむしろを掛け日よけの場所を作った。
「じゃあ挨拶にいくぞ」
「どこにさ」
朱ノ助と草葉は少々疲れて機嫌が悪い。
少しとげのある言い方をした。
「ちょっとついてこい」
おっさんはすたすたと歩いて
すぐ近くにある呉服屋に入っていった。
番頭さんがちょこんと座りそろばんを透かして眺めていた。
おっさん和尚と朱ノ助と草葉が入っていくと番頭は
「いらっしゃいませ」
とおじぎをして三人に出迎えてくれた。
番頭は和尚の顔を見ると、
「ああ、あの草庵の和尚様」
と声を上げた。
和尚は笑うと、
「あの五郎左はいるか?」
番頭はうんうんとうなずくと、
「若旦那でございますね。少々お待ちください」
といって、中にのれんをくぐり中に入っていく。
「若旦那~」
と番頭が叫ぶ声も聞こえる。
しばらくして
「お待たせしました」
と中から紺色の羽織を背負った若い男が出てきた。紺色の羽織の男は、おっさん和尚を一目見ると、
「ああ、草庵の和尚様でいらっしゃいますね。お久しぶりです」
和尚はごりごりした頭をわしゃわしゃと掻くと、
「例の件覚えているか。この間文にもしたためて送っておいたが」
「ああ、二人の子供たちが野菜を売るという話でしたよね」
「そうそう」
「それで疲れたらうちの店で水を飲むなどの休憩が取りたいとのことですよね」
和尚は大きくうなずく。羽織の男は、
「話は聞いております。どうぞ」
「悪いな」
和尚はここで二人の子供を紹介する。
「こいつは朱ノ助。悪ガキだが悪意はないガキだ」
羽織の男はうんうんとうなずく。和尚は草葉の頭をぽんと軽くたたくと
「こいつは草葉、俺の娘だ」
羽織の男は、はあといって朱ノ助と草葉を見る。そしてにっこりと笑って、
「それじゃ今日からよろしくね。一緒にがんばりましょう。あと、疲れたらいつでもここで休憩をしなさい。無理はダメだよ」
それから二人でなにやら話を始めた。子どもたちはせんべいをもらってぱくぱくと食らいついている。
ここは城下町の大通り。人の往来がすごく多い。
人が多い。
人が多い。
多すぎる。
朱ノ助の胃が耐え切れなくなったのか朝食ったものが胃から口に逆流する。
うぷっ
胃液とともにつばと一緒に吐き出す。酸っぱかった。
「つうか何でこんなに人いるの? 多すぎるよ」
「そうね。私も無理かもしれない」
珍しく草葉も弱音を吐く。二人して下を向き赤茶けた土ばかりを眺め、はやくこの時間が終われと願ってばかりいる。
「じゃあわしはちょっと用事があるからまた夕方な」
とすたこら、おっさん和尚は歩いて去っていく。
草葉が
「ちょっと待ってよ」
と叫ぶが、お構いなしに頑張れよと手を振って、それだけで去って行ってしまった。
ずいぶんと長い間。二人は下ばかり向いていてすくんでしまって何も出来ないでいた
が、
草葉は心臓のあたりに重ねるように両手を置き、しばらく目をつむっていたが、
「よしっ!」
とつぶやくと、かぼそい声で
「いらっしゃいませ~。カブにナスはいかがでしょうか。ウリもありますよ~」
かぼそい声で野菜を売り始めた。まるで夏の終わりのひん死の蚊がいつ死んでもおかしくないような羽音のような声である。
いくらか掛け声をかけたところで、草葉が朱ノ助の耳を思い切り引っ張る。とてつもなく痛い。
「痛いよ。何すんの?」
「あんたも声出しなさい。私にばかり声を出させないでよ。へたれ!」
「怖くて前向けないよ」
「前向け、へたれ! 声出しなさい」
朱ノ助は無理やり声を出す。
「いらっしゃいませ~。今日の晩御飯のおかずの一品にいかがでしょうか~?」
草葉も声を出す。
「自慢の一品です。私たちが丹精込めて作りました。いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいませ~」
二人の顔色がどんどん青白くなっていく。どんどんと精神力が削られていく。
そのとき、一人のお侍様が立ちふさがる。
「カブを一かご頂こう。いくらじゃ」
「へえ。……です」
お侍様が声を荒げる。
「聞こえん。もっと声を大きく。いくらじゃ」
「……カブ一かご、5厘です」
「もっと大きな声ではきはきと!」
朱ノ助は声を出す。
「一かご、5厘です」
やけになって大声で接客した朱ノ助を見て思い切りお侍様は笑い飛ばす。
「ガキ、まずは一歩目だな」
「へえ」
そのままぽけ~と突っ立っていると、
「早く、カブを袋に入れなさいな」
そこで朱ノ助はふっと我に返る。意識がどこかに飛んでいたのだった。
慌ててカブを袋に入れて渡す。お侍さん様はまたまたこんな質問をしてきた。
「ところでこのカブはうまいのか。おすすめの料理法とかはないのか?」
このお侍様は意地悪だ。
「えっと、そうですね。え~」
朱ノ助が固まる。草葉もしたを向いている。お侍様が、
「坊主、野菜を売るからには料理方法くらいは勉強しなさいな」
「へえ」
「で、このカブはうまいのか。お前たちは食ったことはあるのか?」
「あります。おいしいと思います」
「思います?」
そこへ草葉が助け船を出してくれた。
「うん。食べた。自分たちでカブを育てたし、収穫したし、カブを炒めて塩を掛けて食った。めちゃくちゃうまかった」
お侍さんがう~んて唸る。
草葉がその場でカブの皮をむき、葉を落として、お侍様に渡す。
「論より証拠。食べてみて! まずかったらお金返す」
そしてお侍様は、カブをかぶりつく。
「うん。まあまあだな。分かったよ」
お侍様は5厘を差し出す。
「ガキども、楽しい時間ありがとよ。カブやいて食ってみるわ」
「ありがとうございました~」
最後にお侍様が手を振りながら、
「お前ら、もっと自信をもって野菜売った方がいいぞ。そんな接客じゃせっかくの売り物がかわいそうだぞ。まあまあうまいんだから」
二人は改めて
「ありがとうございます」
と言ってへへってお互いに笑いあった。
はじめて自分たちの作った野菜が売れた瞬間であった。
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