第20話 魔王の娘と毒の姫
「その子はあなたの何なの?」
俺は毒姫からの詰問にあっていた。
なぜ、彼女がリリスに興味を抱いているのかは分からない。
ただ今はこの質問に答えるしかない。
「リリスは俺の仲間だ」
俺は、ありのままの事実を述べる。
それ以上でも、以下でもない。
だが、その答えは毒姫を納得させるには至らなかったようで——
「何それ?こんな小さな子を仲間だなんて、頭おかしいのね。どこで誘拐したの?」
毒姫は俺を軽蔑の目で見てきた。
…………この目には見覚えがある。
数時間前、冒険者ギルドのお姉さんにも同じような目を向けられていた。
状況がほとんど一緒だ。
やはり、小さな子と一緒にいると怪しい目で見られるみたいだ。
毒姫がリリスを見て、何か考えていたのは、きっと俺に何かされていると思い込んでいたのだろう。
それなら尚更、誘拐なんて思われるのは癪だ。
「誘拐なんてするわけないだろ!」
「犯人はみんなそう言うわよ」
俺は真っ向から否定するが、毒姫はもう誘拐犯だと決めつけていた。
こうなれば、本人の口から弁解してもらうしかないな。
余計なことは、言わないように注意しなければいけないが。
実は魔王の娘で、俺と魔王サタンを戦われるために一緒に冒険しているなんて誰も信じないだろうしな。
「リリス、俺は誘拐なんてしてないよな?」
「はい!レイジさまとは昨日森で出会ったばっかりです」
「そう。じゃあ、どういう関係になるの?」
毒姫は俺の時は違って、リリスに優しげな口調で聞いた。
明らかな差別だ!
「レイジさまはリリィをママの元まで連れて行ってくれると約束してくれたんです!なので、レイジさまはリリィにとって大切な人です!」
「やっぱり誘拐犯じゃない!」
「なんでそうなる!?」
リリスからのフォローで、毒姫を納得させようとしたのに、なんだか余計ややこしくなってしまった。
毒姫は俺のことを、親のことを利用した誘拐犯だと結論付けたのだろう。
「親を利用するなんて、最低な誘拐犯ね。今度こそあなたを葬ってあげるわ」
毒姫は、腰に携えたレイピアを抜き放った。
そして、先程と同様の構えを取った。
今度こそ、俺を葬り去るつもりらしい。
(誰か助けてください!)
毒姫がこちらに突っ込んで来る前に、
「仲間というのは本当ですよ!」
リリスが今度こそ弁解しようと言ってくれた。
だが、やはり毒姫は信じようとしない。
「大丈夫よ。このゴミ虫にそう言わされてるんでしょ?」
「違います!レイジさまは悪魔だって倒された本物の勇者さまです!」
「レイジさまは、負けません!悪魔だって倒したんですから!」
「悪魔を倒した??」
「待て、リリス!それは……!」
リリスが公言してはならないことを言ってしまった。
悪魔に関することは、ギルド長から他言しないように言われていた。
リリスにもあの時、説明されていたはずだが…………!
しまった!
あの時、リリスはお腹を壊していたからいなかったんだ!
「どういうことなの?悪魔を倒したって?」
毒姫は、まだ理解が追いついてないらしい。
それもそうだろう。
俺のような最弱が悪魔を倒したと聞いても嘘をついてるようにしか聞こえないだろう。
だが、今は逆に好都合だ。
「違うんだ、毒姫。アークマってモンスターのことなんだ」
俺はギルド支部の時と同じやり方で誤魔化そうとする。
「本当なの……?」
毒姫は俺のことなど、完全に無視してリリスに問いかけた。
リリスに対する毒姫は、攻撃的な姿勢ではなく、幼稚園の先生のような優しさを持ち合わせたものだった。
膝を曲げ、目線と高さも、リリスの高さに合わせていた。
先ほどまでの俺に対する悪意のある態度とはまるで代わっており、そんな優しげな態度に少々腹が立つ。
「はい!本当です!」
リリスは満面の笑みで答えた。
まるで、俺のことを聞かれて喜んでいる様だった。
実際に、俺は何の手を下していないんだが。
「どうやら本当のようね……」
「リリスの言うことなら信じるの!?」
毒姫は、あまりにもあっさりリリスを信じた。
これまで俺が何を言っても、毒姫は信じようとしなかったのに、この差は一体何だ。
何だか腑に落ちないものがある。
それに、信じられても困る。
これは他言してはならない秘密事項なのだから。
何とか誤魔化すしかない。
リリスの言うことなら、また信じるかもしれない。
「リリス、ちょっと耳を貸してくれ」
「はい!レイジさま」
俺はリリスを呼び出し、あることをお願いする。
「え?そんなことを言うのですか?」
「ああ。頼む」
俺は、毒姫にあることを言うようにお願いした。
頼まれたリリスは、なぜそんなことを不思議そうな顔をしてはいたが、毒姫の元へと近づいていった。
「あの……!」
「あら、どうしたの?私と一緒に来る?!」
「い、いえ……。そういうことではないんです!」
「そ、そう。それは、残念だわ」
遠目からでも、毒姫ががっかりしている顔が見えた。
(一体リリスは何を言ったんだ?)
だが、一つ分かったことがある。
毒姫は、リリスのことがお気に入りのようだ。
そうでなければ、あんな優しそうにするわけがない。
これは、もしかするといけるかもしれないな。
「実は、倒したのは、アークマって熊のモンスターなんです」
「アークマってモンスター?」
今度は毒姫が沈黙しているのが見えた。
ついに、リリスが俺の頼んだことを言ってくれたのか。
それでも、しばらく次の反応を見せなかった。
(さすがに、無理があったか)
毒姫は、リリスの言う事なら何でも信じるのではないかと思い、リリスに悪魔ではなくアークマだったと言わせてみたのだ。
しかし、流石にそれは俺の考えが浅はか過ぎたようだ。
やがて、毒姫とリリスがこちらに向かってきた。
毒姫はリリスと距離を置いているのか少し離れて歩いているように見えた。
リリスのことを気に入っているのかと思ったが、それも違っていたのか。
そして、近づいてきた毒姫が口を開いた。
「あなた、アークマという熊のモンスターを倒したらしいわね」
「結局、信じるのかよ!!」
この女、リリスに言われたことなら全く疑わないようだ。
先ほどまで、口をつぐんでいたのは何だったんだ!
それに、なぜリリスの言うことなら信じるのだ……。
だが、これで一件落着だな。
俺がほっとしそうになったところで、毒姫がリリスの手を掴んだ。
「それはそうと、この子は、私が貰っていくわ」
「どういうことだ!」
「この子をあなたから開放するのよ」
「だから、誘拐じゃないって言ってるだろ!!」
そんな俺の抗議も虚しく、毒姫はリリスを連れていこうとする。
俺は、そんな毒姫の前に立ちふさがる。
「何?誘拐犯ゴミ虫くん?」
「なんか長くなってるぞ!リリスを返せ。どう見てもお前が誘拐犯だ」
俺は、力を込めて訴える。
ここで、リリスを連れて行かれるわけにはいかない。
やっと、この異世界で生きていく意味を見出せそうだったんだ。
「レイジさま……」
リリスも不安げな顔をしている。
俺が、なんとしてでもリリスを助けるんだ!
それくらいの根性は見せてやる。
「じゃあ、死になさい」
毒姫は冷たく言って、抜刀する。
「なんでそうなる!?」
これで斬られる意味が分からない。
それに、俺は何度この女に斬られそうになればいいんだ。
しかし、これはまずい状況だ。
毒姫の剣の実力は、とても敵うものではない。
戦闘態勢に入った毒姫をなんとか諫めようと思考を巡らせていると、
「争いをやめろ」
遠くから低く力のある声が聞こえてきた。
ツッコミ勇者 船戸みらい @hunato
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