第19話 サングラスの大男

「リリス、一体何を連れてきたんだ?」


「レイジさまの言うとおりに神殿の方に来てもらいました!」


 笑顔でそう答えるリリス。

 確かに神殿に言って、神官を連れてくるようにリリスに言った。

 ただ、リリスが連れてきた男は……。


「どう見ても、神官の見た目じゃないんだけど!殺し屋だよね?!完全に!」


 現れたのは、髪をオールバックにかきあげた大男だった。

 サングラスをかけているため、目元を伺う事もできない。

 大男は、黒色のタンクトップの上に革のレザージャケットを着込んでいて、その上からでも分かるほど筋肉が盛り上がっていた。

 ハレーに乗っていれば、ハリウッド映画にも出てきそう成り立ちだ。

 というか、ハリウッド映画で見た気がするんだが……。

 明らかにこの世界の住人には見えなかった。


「……!」


 毒姫は、沈黙し何かを考えているようだった。

 ただ、その様子が少しおかしいように感じた。

 毒姫は、神官の大男のことなど気にも留めないように思われたからだ。

 その証拠に彼女の視線の先は神官でなく、リリスを方に向いていた。


(なんで、あの強面大男よりも、リリスの方を気にしているんだ?)


 いくら、高飛車の女といえども、普通なら目の前の大男に驚くはずだ。

 恰好もこの世界の標準的なものとかけ離れている。

 それよりも、リリスのことを気になるのは……。

 まさか、リリスの正体に気づいたのか……、俺は途端に嫌な予感がした。


 リリスから邪気なようなものでも感じ取ったのではないだろうか。

 それなら、大男に気に欠けないことに説明がつく。

 それに戦って気づいたことだが、毒姫はかなり高レベルな女騎士だった。

 それくらい実力に開きがあった。

 いくら俺のステータスが低いとはいえ、差がありすぎた。

 RPGに見られる、初期でいきなり現れる強ボスと対峙したかの感触だった。

 なので、実力者としての直感だけで、リリスの正体を勘づいた可能性を否定できなかった。

 幸い、リリスは自分が連れてきた神官に、何かされた様子は無さそうだった。かなりの強面ではあるが……。

 となると、神殿側はリリスの正体に気づいてないと言い切ってもよさそうだ。


 ならば、問題なのはこの毒姫だ。

 もし、毒姫がリリスを狙おうとしたら、真っ先に逃げる必要がある。

 だが、毒姫はそれとは別のことを考えている雰囲気だった。

 なんというか、憎悪や敵意といったものを感じなかった。

 むしろ、その面持ちには優しさを湛えているように感じた。

 俺には完全に殺意をむき出していたのにな……。


 毒姫を観察しているうちに、大男は俺たちの近くまで、接近していた。

 近づくとますます威圧感を感じた。

 身長は190cmくらいだろうか。

 その大男は、静かに口を開いた。


「申し遅れました。私、神殿で神官長補佐を務めております、シュワネスと申します。気軽にシュワちゃん神父とお呼びください」

「完全にターミネーターだろ!」

「ターミネーター??なんのことですか?私はシュワちゃん神父ですよ」


 そう言った、シュワちゃん神父のサングラスの奥が赤く光った。


「今、完全に赤く光ったよね?!」

「問題ない」

「問題多ありだよ!」


「ちょっと待て!」


 さらに、俺はあることに気づいた。

 シュワちゃん神父は、肩口から胸前へとベルトを通し、背中に黒いバッグを背負っていた。

 黒いバッグはゴルフバッグくらいの大きさで、銃床がはみ出していた。


「明らかにショットガンがはみ出てるんだけど?!」


「ショットガン?」


 リリスが不思議そうな顔をした。

 こちらの世界には無いはずのものだから、リリスが知らないのも無理ない。

 おかしいのは、この神父だ。

 なぜ、ショットガンを持っているのだろう。


「いえ、これはメイスですよ」


 笑いながら、シュワちゃん神父が答えた。


「ほらっ」


 そう言って、シュワちゃん神父が持った銃床はグリップになっていて、その先にメイスヘッドがついていた。


「どんなメイスだよ!!」


 俺は、全力でツッコむ。


(もしかして、シュワちゃん神父も異世界からやってきたのではないか)


 ふと、そんな考えが浮かんできた。

 異世界人がこの世界で、自由気ままにやっていると考えたら合点がいく。

 多分、設定に忠実なコスプレイヤーとかだろう。

 それより、リリスはよくこんな危険そうで不気味な大男を連れてきたものだ。

 先ほどから、リリスを見ていても、リリスはニコニコしているだけで何の疑問も感じていないようだった。

 魔王の娘だからって、感覚がズレているのはあるのだろうが、さすがに危険意識が低すぎるのではないだろうか。

 後で、色々と教えてあげた方がいいな。

 俺が、リリスに英才教育を施そうとあれこれ考えていると。


「私は、みなさんの治療に参った次第です。ケガをされている方が多くいると聞いたのでね」


 シュワちゃん神父は、リリスを見下ろしていた。

 周りに倒れた男たちは、まだ苦しそうにしていた。


「みなさん、ひどくケガをされているようだ」


「私は、別に何もしてないわよ」


 毒姫は、無関係だという顔をしていた。

 確かに、毒姫は物理的な攻撃はしてないと言っていたが……。

 この状況を作ったのは、紛れもなく彼女だ。


「では、これよりみなさんの治療に取り掛からせてもらいます」


 シュワちゃん神父はそう言って、負傷者の元へ駆けて行った。

 いくら神官でも、心の傷は癒せるのだろうか。

 俺は、少し興味を持って、シュワちゃん神父を見守っていた。


「それにしても、どれだけきついことを言われれば、あそこまで苦しむんだ……」


 俺も毒姫に散々言われたが、立ち直れないほど心の傷は負っていない。

 たとえ、毒を吐かれたとしても、大の大人がこんなにもずっと苦しみ続けることがあるのだろうか。

 彼らが一体どれだけきつい言葉を言われたのか——想像するだけで同情が湧いた。


「ここに倒れてる連中は、自尊心の塊みたいなやつらよ。実力がまだあるからって、自分たちは奪う側だと思い込んでいるわ。だから、脆く壊れやすい」


 それに、と続けて毒姫が答えた。


「あなたが特に異常なのよ」


 毒姫が、呆れた様子で俺を見た。


「あなた、もしかしてドMなの……?」


「誰がドMだよ!!」


 毒姫は、どこまで心に傷を負わせるようなことを言ってくる。

 俺は、幼少期にいじめを受けたことがあった。

 クラスの女子グループの一員といざこざを起こしたことが原因で、そのグループ全体から標的とされることがあったのだ。

 なので、多少は悪口を言われ慣れているとはいえ、心地よく思うことはさすがにない。

 それでも毒姫は、自分は間違っていないという姿勢を崩すつもりはないようだ。

 窃盗は、この町では重罪に当たる。正義を是とするこの町では、強気は弱気を助けなければならない。なので、この窃盗団は、警備隊が訪れた際には牢獄へと連れていかれることだろう。俺も、ことが丸く収まれば、それでいいと思っている。

 後は、毒姫から色々情報を聞き出すだけだ。


 思案している俺に、リリスが近寄ってきた。


「レイジさま、本当にお怪我はございませんか?神父さまに見てもらったほうが……」


「大丈夫だ。ケガしてないよ」


 俺は、リリスを安心させるためにも白い歯を見せて笑った。


 なにより、ターミネーターの神父に見てもらうのは、怖かった……。

 リリスとのやり取りを遠目から見ていた毒姫が、また反応をしていた。

 一体、リリスに何の用があるんだ……。

 早いとこ、この場を立ち去った方が良さそうだ。


「ねえ」


 毒姫が俺に近寄り、声をかけてきた。

 リリスには聞こえないように小話をするように静かな問いだった。

 やはり、バレていたか。

 今すぐにでも逃げるしかない。俺がそう思っていると——


「その子って、あなたの妹なの?」


「えっ?」


 意外な問いに、俺は呆気にとられる。


「私、妹なのかって聞いたんだけど?耳にクソでも詰まってるの?」


「詰まってないわ!それに、妹でもない」


「じゃあ、何?」


 毒姫が、食い入るようにこちらを見つめてくる。その瞳が怖い。

 なぜ、そこまで深く聞き入ってくるのだろう。


 理由が全く分からなかった。

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