第18話 毒の姫

「なんだこれは……」


 俺は絶句する。

 そこには阿鼻叫喚の世界が広がっていたのだ。


 広場の中心から円状に向かって、無数の男たちが倒れ伏していたのだ。

 先ほど、聞こえたのは、その男たちがあげるうめき声だったのだ。

 そして、広場中央には一人の女騎士が静かに佇んでいた。

 間違いなく、あれが毒姫であろう。


「あれを一人で、やったっていうのか……?」


 倒れた男たちはみな武器を携え、装備を身にまとっていた。

 おそらく冒険者であろう。

 中には、高そうなフルプレートを纏った者までいる。

 相当な実力者なはずだ。

 フルプレートは、根が張るためそれくらい稼げる者であることを示している。


 そのような、実力者もみな、一人の女騎士に敗れ、地を這いつくばりもがき苦しんでいる。

 毒を受けているのだろう。


 ここで、俺は一つ、おかしな点に気づき、思わず口にする。


「それにしれも、何かおかしいよな……」

「どうしたのですか?レイジさま」

「広場に全く血が流れていないなと思って」

「それの何がおかしいのですか?」


 リリスは不思議そうに聞いてきた。


「戦士たちが、斬撃や刺突によって毒を盛られたなら血が流れているはずだろ?」


 そう言って、俺は考えを巡らせる。


 もし、予想通り毒姫が剣に毒を仕込んでいたならば、斬撃の惨状が残っているはずだ。

 にもかかわらず、攻撃の痕跡が一切見受けられないということは、毒による攻撃は間接的に行われたことになる。

 しかし毒姫は、どうみても女騎士の形だ。

 腰にレイピアを帯刀し、光沢を放つプレートアーマーを纏っているのが視認できた。

 魔法戦士や魔法使いには到底見えない。

 だとすると、目下の毒姫は、騎士でありながら魔法も行使できる存在ということになる。


「いよいよ、厄介だな」


 俺はこれからの作戦を考える。

 負傷者を確認した以上、助けを呼ぶ必要がある。

 そして、毒姫にも対処策を講じなければいけない。

 遠方を覗くと、昨日訪れた神殿が見えた。


「リリス、向こうに神殿が見えるだろう」


 俺は神殿の方を指さす。


「はい。見えますよ?レイジさま」

「神殿に行って、救援を呼んできて欲しいんだ」

「リリィ、ひとりですか?レイジさまは?」

「俺は、毒姫と対話を試みてみる。その間に倒れてる連中を治療してくれる神官を呼んできてほしいんだ!」

「レイジさま……。その、大丈夫ですか……?」


 リリスが、不安げな眼差しでこちらを見てくる。

 その顔がなんとも愛らしく感じた。

 リリスは顔立ちが非常に整っている。きっと将来はすごい美人になると断定できるほどだ。そんな少女が、自分のことを心配して見つめてくれるなんて、愛らしい以外の言葉はないだろう。

 父親がサタンでなければ、妹にでもしたいくらいだ。

 そんなことしたら、実の妹に蹴り飛ばされるだろうが。


「いや、危険なのはリリスも同じだ。神殿の連中に正体がバレでもしたら、何をされるか分からない。絶対に正体だけは隠し通してくれ」


 俺はこの考えを思いついた段階で、それをリリスに頼むことを少しためらった。

 もし、リリスの正体がバレでもすれば、リリスの身に危険が及ぶ。

 それでも、神殿に向かうように頼んだのは、毒姫が非常に危険な相手だと感じたためだ。

 毒姫の周りに倒れた冒険者たちは今も苦しみ続けている。

 おそらく遅効性といわれる類の毒なんだろう。


「神殿には変な奴もいるが、少女が助けを求めてきて、それを無下に扱ったりはしないと思う」

「はい……。必ず、味方を呼んできますから。絶対に無茶だけはしないでくださいね!」

「ああ、任せてくれ!これでも勇者なんだからなっ」


 俺は、リリスを安心させるように口調を強めて言った。

 それを聞いたリリスは少しホッとした様子をみせ、神殿の方へ駆けていった。


 さて、どうしたものか。リリスを安心させるためにカッコつけたが、毒姫を説得する妙策があるわけでもない。


(それでも、やれることをやってみよう)


 対話で穏便に済ませる。

 それ以上の最良の方法は他にないだろう。


 俺は木の陰より姿を現し、毒姫に近づいていった。

 広場の中央に近づくと、毒姫がこちらを向いた。

 その女はあまりも美しかった。腰まで流れる美しい金髪。そして、端正な顔立ちに上品さが滲んでいる。紅の瞳は、見る者を魅了する妖艶さを感じさせる。

 ただ、どこか冷酷さがあった。リリスが太陽のような美少女とするならば、彼女は月のような美女だ。彼女は、どこか儚げで、それでいて寂しげな表情をしていた。


 彼女がこちらをつまらなさそうに眺め、話しかけてきた。


「さっきからコソコソと見ていたようだけど、私に何の用?」

「気づいていたのか?」

「当然でしょ。もう一人のお仲間は逃げたようだけど」


 まるで全てを見ていたかのように彼女は言った。


(リリスの存在に気づいていたのか……)


 俺は警戒度を一気に引き上げる。

 木の陰から覗いている最中、彼女がこちらの方を見ることは一切なかった。

 そして、声なども聞こえる距離でもなかった。

 それはつまり、彼女は気配だけでこちらの様子を察知していたことになる。


「ストーカーみたいで気持ち悪かったわ」


 毒姫は少しイラつきながら言った。


「ストーカー!?なんか、すいません……」


 そんなつもりはなかったが美女にストーカーと言われると傷つく。

 そして、少し怖かった。

 少しだけね?


「一応確認しとくが、あんたが毒姫だよな?」

「あんた?」


 俺の問いに、彼女は小さく答えた。

 そして、鋭い眼光でこちらを睨んで言った。


「誰に向かって口を聞いてるの?殺すわよ」


「す、すいませんでした!」


 あまりの圧に俺はすぐさま頭を下げた。

 まるで、クラスにいる不良の女子に詰め寄られた時のような高圧感だ。絶対に怒らせてはいけない人を怒らせてしまった空気間だ。非常に息が詰まる思いがする。


「確かに、私は毒姫なんて言われるわ」


 それがどうしたと様子で毒姫は言った。


「それで、あなたはコイツらのお仲間?それとも——」


 リリスは周囲でもがき苦しむ男たちを見た。


「ただのゴミ虫?」


「ゴミっ……、え?」

「ゴミ虫って言ったの。もしかして、耳が悪いの?今すぐ死んでくれる?」

「口悪いな!」

「うるさいわ。叫ばないでくれるかな?ゴミ虫」

「ゴミ虫はやめろ!」

「それで、仲間なの?」


「いや、仲間でもなんでもない。全くの赤の他人だ!」


 俺はイラつき、負けるまいと強めの口調で言い返すが、毒姫はどこ吹く風だ。

 そして、毒姫は冷笑する。


「何それ?自分は善人だから助けに来たとでも言うつもり?」

「そうだな、俺はこれでも勇者なんでね。ほっとけない」


 本当は悪魔に関する情報を求めてきただけなのだが、それは言わない。


「勇者ですって?面白いこと言うのね」

「ああ、信じられないかもしれないがな」

「いや、信じるわ」

「信じるのか?」

「ええ、あなたがゴミ虫だってね」

「ゴミ虫じゃねぇって!!」


 しつこいな。


「それで、なんで、こんな痛めつけたんだ?必要あったか?」

「見たら分かるでしょ?」

「ああ。分かるのは、お前が乱暴者だってことだけだがな」

「バカね。こいつらは盗賊や賞金首よ?私から金品を奪おうとしたから、叩き潰したまでのこと」

「えっ、そうなの?」


 俺は、予想外の答えにあっけにとられてしまう。

 だが、ここで引くわけにはいかない。


「それより、1つ聞かせてほしい」

「どうやって、この連中を倒したんだ?どうやって毒を盛った?」

 

 今も男たちは苦しんでいた。消え入るように声をあげている。


「ちょっと、言ってやっただけよ……」


 毒姫はばつが悪そうに答えた。


「何だって?」


「だから、多少言い過ぎたかもしれないって言ったのよ」

「言い過ぎた?」

「ええ、二度と立ち直れないように毒を吐いただけよ?」

「それって見た目の悪口や皮肉ってことか……?」

「そう」


 毒姫はつまらなそうに言った。


「……って、ただの毒舌じゃねぇかぁぁ!!!」


「何が毒姫だよ!毒舌で相手いじめてるタダのドS騎士だよ。さっきまで必死に分析していた自分が恥ずかしいよ!!」


「私のこと侮辱するの?」

「ゴミ虫は処分しなきゃね」


 毒姫のスイッチが、急に切り替わった。

 殺意が一気に溢れ出てくる。空気がピリつく感じがした。


 そして、毒姫は静かにレイピアを抜き放った。

 その剣先が静かにレイジを捉えている。


「構えなさい」


 毒姫は威圧するように言った。

 殺気がどんどん増していく。

 もう、やるしかないのか。

 このままでは、確実に切り殺されることが予感できた。

 レイジは覚悟を決めつつ、小道具の剣を抜いた。


「どこまでもふざけてるわね」


 毒姫が小さくそう呟いた。

 レイジの抜いた剣がハッタリだと感づいているようだった。


 勝負は一瞬だった。

 レイジの剣は根元から立ち切られた。


(何が起こった……)


 レイジはあまりの一瞬の出来事に何も理解できずにいた。

 剣を構え、その次の瞬間には剣は

 それほどまでにも毒姫の剣技は早かった。


 そして、毒姫は無防備になったレイジの首元にレイピアの切っ先を向けた。


「ねぇ、ゴミ虫。ここで死んでみる?」


 口調は、優しいものだがただならぬ緊張がそこにあった。

 レイジは緊張で唾を飲み込むこともできない。

 喉を少しでもう動かせば、切っ先に触れてしまいそうだ。

 レイジは、そっと両手を挙げた。


「あら、意外と賢いとこもあるのね」


 毒姫はレイピアを鞘に納めた。


「レイジさまー!大丈夫ですか?!」


 広場の周辺からリリスの声が聞こえてきた。

 振り返ると、遠目にリリスの姿ともう一人の姿を確認できた。

 どうやら、神殿から助けを呼んできてくれたようだ。

 だが、もうその必要もなさそうだが。

 神官にはきちんと謝っておこう。


「大丈夫だ!ありがとう、リリス」


 リリスはこちらに向かってかけてきた。

 後ろから、リリスが神殿から連れてきた人物も向かってきた。


「さっきのお仲間かしら?神殿に行かせて、助けを呼ばせてきたってことね」


 ヴェーノは呆れたように言った。


「あなたみたいなゴミ虫の仲間ってどんな、かっ——」


 ヴェーノは近づいてきたリリスを見て、急に口ごもった。

 リリスに何か感じたのだろうか。

 まさか、騎士だから、リリスの正体に気づいたのか……。

 不安がよぎり、リリスの方を見ると——


「なっ——」


 思わず、レイジも絶句する。

 決して、リリスを見て驚いたわけではない。

 リリスの後方にいるこちらに向かってくる謎の人物に驚いたのだ。


「お待たせしました。いやはや、これは大変そうだ。今すぐ治療にとりかからせてもらいますね」


 大男は、オールバックにサングラスをしていた。

 灰色のシャツを着て、その上に黒の革ジャンを羽織っていた。


「リリス……、一体何を連れてきたんだ?!」

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