第17話 毒と勇者

 広場に近づくほど、人が誰もいなくなっていった。

 そして、その異様さが俺にじわじわと恐怖を与えた。

 まるで『近づくな危険』と書かれた場所に踏み込んで行くような気分だ。

 その思いは、リリスも同様だったようで——


「不気味ですね……」

「ああ、何が起きてるんだろうな……」


 リリスは、俺の袖を掴んで離さなかった。

 この様子だと毒姫は、思った以上の危険人物だったかもしれないな。

 俺は、悪魔の情報を得るためとはいえ、安直に首を突っ込んでしまったことを後悔していた。

 

 現状を整理して分かっていることは、毒姫は隣国最強の女騎士であり、毒を攻撃に用いるということだけだ。

 体格や年齢、攻撃方法、弱点などは一切分からない。

 ただ、分からない中でも、毒についてだけは念入りに考察しておく必要性を感じていた。

 もし、毒に侵されてしまえばひとたまりもないからだ。

 そこで、俺はある仮説を立て、それを検証するためリリスにこんな質問をする。


「リリスは、毒に耐性とかあるのか?」

「はい!完全耐性がありますよ!」

「完全耐性!?さ、さすが魔王の娘だな……。それなら、この辺りに毒ガスのようなものが蔓延しているか分かるか?」

「リリィは、何も感じませんよ……?どうされましたか?レイジさま」


 リリスが、どうしてそんなことを聞いたのか不思議そうにしていた。

 俺は、今までの状況からこの付近に毒ガスや毒魔法などが蔓延しているのではないかと仮説を立てた。

 だから、それを確かめるべく悪魔であるリリスに聞いてみたのだ。

 そして、俺がそう考えた理由を、リリスに順序だてて説明していく。


 まず、謎だったのは住民たちがギルドのある中央部まで逃げてきていたことだ。

 ここは、町の中でも東端に位置するためギルドの方までは結構な距離がある。

 しかし、それだけ距離が離れている場所まで多く住民が逃げてきたということは、広場付近にいることで毒姫の攻撃の巻き添えを受ける可能性があったのだろう。

 そこで考えられたのが毒ガスによる範囲型攻撃だった。

 毒ガスが広場から付近一体までに充満していることで、住民たちが遠方に避難せざるをえなくなったというのが毒姫についての第一の仮説だ。


「でも、リリスが言うように毒ガスが存在しないなら、範囲型攻撃という説は間違いだ。それに、俺もこの仮説は間違いだと思ってる」

「そうなんですか?聞いていて、納得できる内容だと思いましたよ」

「もし、毒ガス攻撃なら、ここまで住民が誰もいないのは逆に不自然だ。範囲型攻撃なら、少なからず負傷者が出ているはずだ」

 

 ここまで、俺たちは誰一人として負傷している住民に遭遇しなかった。

 広範囲攻撃で負傷者がいないなんて、明らかにおかしい。

 もちろん戦闘が始める前に、毒姫自身や第三者が住民に避難を呼びかけた可能性も考えられるが。

 

 それに俺とリリスが広場を向かうとしているのを、止めようとする者が誰もいなかったことも気がかりだった。

 いくら非常事態とはいえ、毒ガスが充満している環境に軽装備で飛び込もうとしている人間を放っておくことはないだろう。

 そういった状況証拠から、毒ガスのような範囲型攻撃の可能性は低いだろうと思ったのだ。


「では、毒姫さまはどういった攻撃をされるのでしょうか?」

「そうだな、俺は、武器に毒を仕込みや付与をしている可能性が高いと思っている」

「仕込み、ですか?」

「ああ、それが普通の毒なのか魔法の力によるものかは分からないが」

 

 ただ、魔法による付与の可能性は低いかもしれない。

 なぜなら、騎士は基本的に魔法を使えないジョブであるからだ。

 使えないというより、使わないといったほうが正解に近いのかもしれない。

 騎士は基本ステータスが高いため、わざわざ魔法を取得する必要がないのだ。魔法習得に時間を割くより、自身の技量を磨く方がよほど強くなれる。

 そのため、魔法による毒の付与は考えにくかった。


 なので、武器に直接毒の付与を施している可能性が一番大きいだろう。

 剣術の早技でかすり傷を負わせ、毒を盛り、一瞬の決着に持ち込むという戦略を取るのは非常に合理的だ。

 もちろん、騎士として適当なやり方かどうかは判断しかねるが。


 そして、住民たちが遠くまで避難していた理由を、恐らくこの毒が感染型なのだろう。

 毒姫に攻撃を受けた人物が感染し、さらにその人物が他の人物に感染を広げていく。

 この感染から逃れるための避難だと考えれば全てに説明がつく。


「さすが、レイジさまです!見事な考察力です!」


 リリスが俺の仮説をべた褒めする。

 そこまで、言われて俺は少し恥ずかしさを感じる。

 もし、全然的外れな考えだったら死ぬほど恥ずかしい。


 だけれど、毒姫が剣を帯刀していた場合、十分に警戒し戦闘だけは避けなくてはならない。

 一応俺も腰に剣を据えている。

 ただ、俺が据えている剣は、演劇の単なる小道具にすぎない。

 本物と剣と相対すれば、一瞬で切り捨てられて終わるだろう。

 そして毒を盛られれば、助かる可能性はほぼ皆無だ。

 出来ることなら対話で穏便に決着をつけたい。


「リリスは、回復系の魔法は使えないのか?」

「はい、残念ながら……。そういった魔法は一切使えません」

「そうか。やはり毒を食らうとまずいな。絶対に食らわないようにしよう」

 

 俺は自分で言ってから、これはフラグが立ったのでは?ということに気づいた。

 さらにリリスにはトラブルスキルがある。

 俺は激しく後悔する。


(何か毒対策は無いだろうか)

 

 ふと頭に毒消し草や魔道具が浮かんだ。

 俺は、そう思って露店や魔道具店を見てみるが、とっくにみな逃げ出している。


「誰もいないよな……」


 誰も店に人がいない光景はなんだか寂しいものを感じる。

 最悪の場合は、神殿に行くことにしよう。

 昨日の冒険者たちのように。


 ついに巨大な広場が見えてきた。

 近くには昨日訪れた神殿も見えていた。

 広場の周囲は点々とした草木で生え揃っていて、中心に向かって傾斜になっているため、中の様子はまだ見えない。

 戦闘の音も、聞こえないが、何やら複数の奇妙な声だけが聞こえてきた。

 俺は広場周辺に立つ大きな木に身を隠し、顔だけ出しつつ広場を見た。


「なんだよこれ……」


 そこには驚くべき光景が広がっていた。

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