第16話 新たな厄災
時刻はまだ太陽が天頂を通過する前の昼頃。
この時間帯の街中はいつもゆったりとしているはずなのに、なにやら住民たちが慌てふためていた。
俺が遠目から観察しているといると、走りながら叫んでいる妙な男たちの姿が見えた。
どうやらこの男たちの叫んでいる内容が、住民をパニックに陥れる元凶となっているようだった。
「毒姫が暴れてるぞ!!」
「広場から今すぐ離れろ!!」
男たちのこの呼びかけを聞いた住民たちは、すぐさまその場を離れようと走り始めた。
それは露天商たちも例外ではなく、次々に店を畳み始め遠くへ離れようとしていた。
住民たちはみな、広場とは真逆の南西方向へ走って行った。
「毒姫?一体何が起きているんだ……?」
俺は、詳細が何も分からず、ただその場で立ち尽くしていた。
これだけ冒険者のいる町で、大きな騒ぎが起きるような問題とはどんなものなんだろうか。
考えられるのは、強い冒険者が暴れているといったところだろうか。
とりあえず、辺りを見渡して状況を理解しようとしていたところで、走ってきた住民が声をかけてきた。
「おい、兄ちゃん!こんなところで何突っ立ってんだ!?」
俺は困惑を隠さずに答える。
「すまない、これは一体何が起きているんだ?」
「みんなが言ってるように、町の広場の方で毒姫が喧嘩を始めたんだ!」
「その毒姫ってのは誰なんだ?」
「兄ちゃん、毒姫を知らないのか?!」
男はよほど、驚いたのか素っ頓狂な声をあげた。
それほど、有名な人物なのか。
確かに、名前は通り名みたいだよな。
「兄ちゃん、ひょっとして他所者か?」
「ああ、二日前に村からやって来たばかりだ」
「悪いことは言わねぇ。今すぐここから立ち去るんだ!」
男は力をこめて、そう言った。
その様相が、いかに毒姫が危険人物であるのか物語っている。
そして、男は毒姫についての説明を始めた。
「毒姫ってのは隣国『アシュトレト』の最強女騎士の異名だ」
毒姫が異名というのは、思った通りだった。
だが、意外だったのは冒険者ではなく女騎士だったということだ。
それに俺は新しい疑問が浮かんだので、それを口にする。
「女騎士がなぜ毒姫なんだ?」
「なんで姫って言われているか、俺は知らないが、毒を使って攻撃してくるって噂は有名だ。その毒に巻き込まれるのが怖いから、みんなしてこうやって逃げてるってわけよ」
「そんなやつがどうしてこの町に?」
「それは分からねえ!ただ分かるのは、ここにいたら危険かもしれねえってことだ。兄ちゃんたちも急いで逃げるんだぞ!」
そう言うと、男は走り去っていった。
「毒をあつかう騎士か……」
「この世界にも悪魔のような方がおられるんですね」
俺の呟くように言ったことを聞こえたのか、リリスが答えた。
「そんな悪魔がいるのか?」
「はい、前にパパの……いえサタンの組織する暗殺部隊の中に毒を得意とする悪魔がいた気がします。とはいっても、数百年前のことなんですけど……」
「す、数百年前?!さすがに、悪魔ともなると年数も違うよな……」
何でそんな昔のことをリリスが知っているのかはツッコんだりしない。
きっと、誰かに教えてもらったんだろう。
リリスが、俺より年上なわけがない。
「毒姫は、隣国最強の女騎士って言ってたよな。もしかしたら、悪魔についても何か知っているかもしれないよな」
騎士には神の保護を受ける聖騎士も存在するはずだ。
毒姫も、その聖騎士であれば悪魔についての情報を何か持っているかもしれない。
俺はそんな風に考えていた。
それに——
「一応俺は勇者だ。住民が困っているならほっとけないよな。リリス、広場の様子を見に行こう!」
「はい!」
リリスがいる以上は、勇者としての使命を全うしたかった。
こんなとこで、住民を見捨てる薄情な勇者だと思われたくはなかった。
それに上手くいけば、毒姫から悪魔や魔王に関する情報を得られるかもしれない。
リリスに出会ってしまった以上、もう魔王の元へ行くことは決まってしまっているんだ。
今さら、これくらいで泣きごとをあげている場合じゃないだろう。
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