第15話 魔王の娘、その力

 食事をしながら、リリスに今日の目的を伝える。


「リリス、今日は冒険者ギルドに向かうぞ」

「昨日言ったところですか?」

「いや、そうなんだが少し違う。昨日のよりもずっと大きいギルドだ。そこでまず、リリスの冒険者登録を済ませたいんだ」


 ギルドに行く目的は2つある。

 その1つ目が、リリスの冒険者登録だ。

 これを済ませれば、リリスの身分証明になるし、冒険者チームとして一緒に活動できる。

 恐らく、俺たちはすぐに魔界に行くことはできない。

 なので、詳細が分かるまでリリスと一緒に冒険者としてクエストをこなしていこうと考えていた。


 心配なのは、リリスの正体がバレてしまうかもしれないことだが、これは問題ないと思われる。

 冒険者カードには、種族の欄など無かった。

 角さえ見せなければ、リリスは普通の少女だ。

 誰も魔王の娘だと気づくことはないだろう。


「そして、次の目的だが、こっちが本当の目的だ。ギルドで情報収集を行う」

「情報収集ですか?」

「ああ、そうだ。特に知りたいのは魔界への行き方だ。」


 魔界の場所さえ分かれば、リリスを連れて帰ることができる。

 そして、さっさとリリスを魔王へ返して謝罪をしよう。

 母親の事は気の毒だが、俺は魔王とは戦いたくない。

 それでも、もしも何か言えそうな雰囲気であるなら魔王に一言くらいは言ってやろう。

 俺に出来るのは、それくらいだ。


 俺たちは宿を出て、ギルドへ向かった。

 リリスは、初めてみる町の光景に興味津々のようだった。

 昨日町に着いたのが、夜だったこともありどんな町かはよく分からなかっただろうからな。

 それにしても楽しそうだった。

 やがて、ギルドが見えた。


「ここがギルドですか?!レイジさま!」

「ああ、そうだ。ここがギルド本部。昨日のとこよりも断然大きいだろ」


 リリスは、ギルドの大きさに興奮を隠しきれないようだった。

 その気持ちは、昨日同じ気持ちを味わった俺にもよく分かった。

 早速ギルドに入ると、中にはたくさんの冒険者が見受けられた。

 昨日の昼過ぎにギルドに来た時と比べるとその数は歴然だ。

 昨日町に着いたのが、昼過ぎだったこともありギルド内の冒険者はこれほど見受けられなかった。

 やはり、朝早くのギルドというのはクエストを受けようとする冒険者で賑わうんだな。


「強そうな人たちがたくさんいますね!」


 リリスは子供のようにはしゃいでいた。

 俺は、そんなずっと楽しそうにしているリリスを見ていると昨夜の疲れも吹き飛んでしまう気がした。


(こうして見ると、リリスは普通の子供だよな)


 朝は少しイラっとしてしまったが小さな子がやってしまったと思えば、もう気にならない。

 今日泊まる宿は、絶対に別々の部屋にするけど。


 カウンターの方へ行くと、昨日と同じお姉さんが話しかけてきた。


「あら、レイジさん、おはようございます!支部の方からお話を伺ってますよ。大活躍をされたそうですね!」

「おはようございます。昨日とは違って、見事な手のひらの返しようですね……」


 お姉さんの態度は、昨日と明らかに違っていた。

 どれだけとても分かりやすい人なんだ。

 それで、俺は少し苦笑いしながらの話し方になってしまった。 

 

 それにしても、一体支部からどんな連絡が来たんだろう。

 俺は少しだけ気になった。


「冗談きついですよ。私は何も変わっていませんよ?それより今日はどのようなご用ですか?」


「そ、そうですか……。実は、一緒に冒険する仲間が見つかったので、冒険者申請をしにきたんです」


 そこで俺が、隣にいるリリスを見た。

 お姉さんも同じようにリリスを見た。

 そして、リリスの顔を見たお姉さんは、また分かりやすいように態度を変えた。

 まるで、俺に汚物でも見るような目を向けてきたのだ。

 またまたどうしたのいうのだ。

 先ほどまでの歓迎的な態度はどこへいってしまったんだ……。


「あの、レイジさん……。どう見ても、幼女を連れていらっしゃるように見えるんですが……」

「あっ……」


 正論を言われ、俺は咄嗟に思考が停止した。

 とりあえず、その場は笑って誤魔化すしかできなかった。

 完全に忘れていた。

 昨日からずっとリリスと居たせいで、俺は当たり前なことを忘れていた。


 リリスの見た目は、8歳くらいの少女である。

 普通に考えて、そんな幼い少女と冒険者チームを組むなんておかしな話だ。

 冒険者は危険を伴う仕事なのだ。

 こうして、お姉さんから冷たい目で見られるのも仕方がない。

 俺は、必死に言い訳を考える。


「信じられないかもしれませんが、この子けっこう強いんですよ!それにですね。昨夜だってベッドで俺のことを……!」


 殴ったり蹴ったりしてきたと言おうとして、俺は途中で黙る。

 それを言ってしまえば、リリスに昨夜起きたことを明かすことになってしまう。

 そんなことはリリスは知らない方がいい。

 知ってしまえば、傷つくかもしれないと思い途中で言うのを止めたのだが、それがまずかった。


 目の前のお姉さんは、さらに冷ややかな目でこちらを見ていた。


「へえ、勇者様がこんな小さな女の子と昨夜、ベッドで、俺のことを……?」


(あ、俺終わった)

 

 中途半端なところで言うのを止めてしまったことで、あらぬ誤解を生む発言になっていたことに俺はやっと気づいた。

 今さら、誤解を解こうにも軽蔑と殺意を漂わせるお姉さんに、俺は何も言うことができない。

 正直、昨日の悪魔よりもよっぽど恐かった。


「ご、誤解です!とりあえず、冒険者登録できませんか!」


 俺は強行突破に躍り出た。

 もし無理だったら、今すぐここを離れよう!

 お姉さんはしばし、無言だったが諦めたかのようにため息をついて言った。


「まあ、年齢による制限なんて無いですからね。それにレイジさんには、手厚くもてなすようにも言われてるので、いいですよ。こちらがその子の冒険者カードです。昨日と同様に用紙の記入も必要ありません」


 俺は、お姉さんから新しい冒険者カードを受け取った。


「ありがとうございます!助かります!」

「言っときますけど、不純異性交遊なんていけませんからね!次は見逃しませんよ?」

「あ、はい……」


 俺は、お姉さんに頭を下げた。

 本当は、下げる必要なんてないんだが、自分で掘った墓穴だ。

 なんにせよ、冒険者カードを手に入れたのでリリスも冒険者になることができた。


「リリス、早速このカードに触ってくれ」

「はい!」


 リリスに新しい冒険者カードを手渡した。

 これで、リリスがカードに触れることで冒険者申請が完了したことになる。

 それにしても昨日、持ち込んだ悪魔が思わぬところで役に立った。

 おかげで、リリスのことを詳しく聞かれることもなかった。

 悪魔様様である。


 リリスの冒険者カードの読み込みが終了した。

 果たして魔王の娘とは、いかほどの実力なのか、俺は結構気になっていた。


『リリス』

 レベル6 ジョブ:トラブルメーカー


 HP       28

 MP   11

 攻撃力  5

 防御力  8

 魔力 16

 素早さ   3

 知力      1

 トラブル力  999



「……!」


 表示されたステータスを見て、俺は言葉を失った。

 何このジョブは……?

 それにトラブル力が999……!

 ここで俺の脳内では、昨日のリリスとの出会いから今のことまで全ての出来事が走馬灯のように流れ込んできた。 

 おかしいとは思った。

 やけに災難続きな気がした。


「リリス、お前だったのか……」

「どうしたんですか?レイジさま……?」


 俺は、純粋無垢なリリスを見て運命を呪った。


 ❖


 リリスのステータスは、全体的に高水準のものだった。

 特に桁外れなものについては、言うまでもないだろう。

 残念ながら『知力』だけは低かったが。

 とはいっても、子供としては、正常な数値であるが。

 それと昨夜から受けたリリスからの猛攻が強く感じられたのは、俺の防御力が低いから、それだけであった。

 自分より年下の少女にステータス面で負けているのは情けないことだが、そこは考えないことにした。


 そして、魔界に関する情報を集めようとしたが、際立った成果は何も得られなかった。

 ここ数年、魔王の目立った活動が無くなったことが一番の原因だった。

 魔界を目指した冒険者も帰ってきた者は誰もおらず、魔王も人に害を為さない状況で、危険を冒して魔王討伐を目指す者は必然といなくなる。

 そのため、詳細な情報が全く無かったのだ。

 結局、俺たちは振り出しから進むことはできなかった。


 こうして一連の目的を終え、俺たちが冒険者ギルドを出てすぐのことだった。

 何やら町人や冒険者たちが混乱したかのように右往左往していた。

 その様子はまるで凶悪なモンスターから逃げているかのようであった。


「毒姫が暴れてるぞおぉぉ!!!」


 早速、リリスのトラブル力が発揮されたのかと思うと、俺の胃がキリキリと痛み出した。

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