第14話 誤解と勇者

 夜が明けた。

 太陽の光がカーテン越しから部屋の中に差し込んでいる。

 外では雀が鳴いていて、朝の訪れを出迎えているかのようであった。


 そんな穏やかな朝だったが、俺の精神はとても穏やかではなかった。

 俺は、身体中に痛みを感じながら、隣で寝息を立てているリリスを見やる。

 リリスは、スヤスヤと眠りについていた。

 そんな幸せそうなリリスの寝顔を見ていると、少し苛立ちを覚えた。

 俺もこんな風に眠りたいとこだが、怖くて目を瞑ることができなかった。

 

 俺はほとんど一睡もしてない。

 それも、全て元凶はリリスにある。

 だからといって、それは少女と同じベッドで寝ることに緊張したからという話ではない。

 リリスの家族に関する話を聞いて、自分にできることについて、あれこれ悩んでしまったからでもない。

 また、単に俺が不眠症ということでもない。

 俺は、痛みを訴える身体を抑える。

 そう理由は1つだけ。

 

 リリスの寝相がものすごく悪かった!

 それは、もう言葉では表せきれないくらい酷いものだった!


 リリスは、家族のことを思い出してしばらく泣いた後、突然スイッチが切れたかのように眠りについた。

 色々あって疲れたんだろうなと思いつつも、リリスが眠りについたことに安心し、俺も眠りつこうと目を閉じた。


 その直後だった。

 右方向から顔面に蹴りをくらったのは。

 始めは何がなんだか分からずに、飛び起きて辺りを確認した。

 そこにあったのは、リリスが突き出した右足だった。

 リリスの様子を見ても、すやすや寝息を立てていたので、起きている様子は無かった。確実に寝ているのが見て取れた。

 

 さすがにたまたまだろうとその時は思った。

 

 しかし、再び床につくと、また蹴りが飛んできたのだ。


「おい、リリス!起きているのか?!もしかして怒ってる……?」


 俺は、カッコよさそうという理由だけで勇者になった自分に対して、もしかしてリリスが怒っているのでないかと思い問いかけた。

 しかし、しばらく待っても反応は返ってこない。

 どれだけリリスの反応を確かめてみても、熟睡しているようにしか見えなかった。


 そこから朝になるまで地獄のような時間が続いた。

 俺が眠りに入ろうとしたところで、リリスからの拳や蹴りが飛んできたのだ。

 ひどい時には、リリスに筋肉バスターをかけられた。

 もはや、寝相が悪いの一言では片づけられないレベルだった。

 何よりも、強烈だったのはリリスの攻撃が少女のものとは思えないほど強力なものだった。

 さすが、魔王サタンの娘というだけあって、並外れた身体能力を有するのだろう。

 俺の身体は、激痛と睡眠不足でもう限界であった。


「あれ?もう朝ですか?レイジさま」


 俺が睡眠不足と疲労でボーっとしていると、リリスが目を覚ました。

 リリスは、まだ少し眠いのか、瞼を擦っていた。

 

「そうだな。やっと朝だ。ずっとリリスが起きるのを待っていたよ」

「??」


 リリスはキョトン顔をした。

 その様子を見る限り、昨夜行われていた残虐行為の事など何も知らないようであった。

 さすが、魔王の娘だ。


「1時間だけ寝かせてくれ!」


 俺は有無を言わさず、布団に絡まる。

 リリスは驚いていたかもしれないが、何も言わなかった。


(今日こそは、絶対別室にしよう!)


 ここが無理なら他の宿でもいい。

 俺は、固い決意を胸にやっとこそ眠りについた。


 ❖


 1時間後、俺は宣言通り目を覚ました。

 眠気こそマシにはなったが、身体の疲労が十分に無くなったわけでない。

 正直、まだ寝ていたい欲求で押し負けそうだったがそんなわけにはいかない。

 今日はやりたいことがある。

 俺は体にムチを打ち、なんとか起き上がった。


「リリス、待たせたな。朝食を食べに行こう」


 俺とリリスは、部屋を出て1階へ降りた。

 朝の酒場は、昨夜の雰囲気とは打って変わっていた。

 なんというか穏やかな雰囲気だった。

 冒険者たちは、談笑しながら食事をしているが、昨日のような騒がしさはない。

 それに、息の詰まる酒臭さもなく、ほんのりと漂うのはコーヒーの良い香りだ。

 まるで、カフェのようだった。

 

 だが、俺とリリスが来た瞬間、そんな穏やかな空間が一変した。

 ひそひそと話を始めた冒険者たちや、ものすごい形相でこちらを睨んでいる冒険者もいた。


(え?俺、何かした?)


 俺は、急に冒険者からの圧を受けて困惑する。

 それに、目の敵にされる理由が思い浮かばなかった。


 ひょっとして、リリスの正体がバレたのか?

 すぐに思いついたのは、そんなとこだが、そんな感じでもない。

 もし、そうだったらもっと大変なことになってるだろう。

 今頃、俺もリリスも取り押さえられていそうだ。

 なら、一体何が原因だ?


「レイジさま、どうしましたか?」

「リリスはこの空気感が気にならないのか?」

「なんのことですか?」


 リリスは、全くこの異様さを感じていないらしい。

 知らぬが仏とは、このことか。

 でも、もしかすると俺の勘違いかもしれないよな。

 寝不足の疲れで、自意識過剰になっているだけかもしれない。

 そう考え直し、とりあえず、カウンターで2人分の朝食を注文した。


「あいよ」


 そう言った酒場のマスターもなんだか冷たく感じられた。


(やっぱり、気のせいじゃないのか?)


 出てきた朝食はトーストとハムエッグ、サラダだった。

 そして、デザートはミートパイ。

 ドリンクには、コーヒーもついている。

 朝食を受け取り、席に着こうしているとやっぱり他の冒険者たちがこちらを見ていた。

 何なんだよと思いながらも、席に着く。

 それから、気にせず朝食を食べていると、昨日のカウンターのおばさんが近寄ってきた。


「アンタ聞いたよ」


 にっと、おばさんは嫌な笑みを浮かべた。


「昨日の夜は、部屋でずいぶん激しいことをしていたそうじゃないか」


「なっ」


 俺は思わず、口に含んでいたパンを吹き出す。

 むせ返す俺を気にせず、まだニヤニヤしながらおばさんは続ける。


「一体、どんな事をしてたんだい?すごい音がしてたって聞いたよ?」

「いや、何も--」


 無いからと言おうとして、俺ははたと気が付く。

 昨夜、俺はリリスからの寝相攻撃を受けていた。

 その際に、俺は痛みで声を上げたり、壁や床に衝突したりしていた。

 それによって、確かにすごい音がしていたのを思い出したのだ。


(まさか、そのせいで俺たちが来てからずっと妙な空気感だったのか……)


 つまり、こういうことだ。

 昨夜、俺たちの部屋からの物音を聞いた冒険者がいた。

 その冒険者は、それで部屋で何か良からぬことが行われていると誤解をした。

 そして、その誤解がそのまま噂として広まった。

 そう考えれば、冒険者やマスターたちの態度も納得できる。

 

「確かに、すごい音でした!」


「え?」


 おばさんに、賛同するようにリリスが言った。

 俺はなぜリリスがそんなことを言い出したか理解出来なかった。

 リリスは、寝ていたからそんな音などそもそも聞いていないはずだ。

 それに、今認めてしまえば、余計に誤解を解くのが難しくなる。

 俺が、困惑しているとリリスはさらに続けた。


「本当にすごい音でした。レイジさまのイビキ」


「いびきかよ!!……って、あれ、そんなに酷っかった……?」


 俺はリリスに言われ、ショックを受ける。

 そんなすごいいびきを立てていたのか……。

 確かに、全然寝てないかったからな。

 でも、今の問題はそこじゃない!

 俺がすぐにでも全員の誤解を解こうとしたところで、ある冒険者の声が聞こえた。


「ちっ、このロリコン野郎が」

「誰だ!ロリコンって言ったやつ!今すぐ出てこい!」


 俺はキレたが、誰も名乗りを上げなかった。

 畜生、好き勝手言いやがって。

 俺がどれだけ痛い思いをしたと思っているんだ!

 俺が心の中で、奮闘しているとおばさんがたしなめるように言った。


「若いってのはいいもんだけどね、他のお客さんの迷惑はやめておくれよ」


 そして、おばさんはさっさとこの場から去っていく。


「おい、待ってくれ!本当に何も無かったんだ!」


 おばさんを呼び止めようと、必死に叫んだがおばさんは行ってしまった。

 それに、何も無いことも叫んだが周りの冒険者からの蔑んだ目は変わらなかった。

 もはや、誰も俺のことを信じようとはしていなかった。

 確かに昨夜の出来事は、夜のプロレスだったかもしれないが、リリスによるリアルなプロレスだ。

 俺は、一番の被害者なんだ……。

 俺はこんな事になってしまったことに、深いため息をついた。


 食後のコーヒーはいくら砂糖を混ぜても、苦かった。

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