第13話 添い寝と勇者
宿代を支払った後、おばさんから部屋のカギを渡された。
そのまま自室へ直行してもよかったのだが、酒場で食事をしていくことにした。
思えば、昼から何も食べていない。
酒場は酒臭くて、いるだけでも酒に酔いそうだったがここはもう仕方ないだろう。
それにもし他の酒場に行っても、どこもここと同じような気がする。
俺は酒場のメニューを見る。
この世界の文字は普通に日本語なので、メニュー自体は読めるのだが、初めてみるものが多かった。
「リゾット、ミテイテイ、キルシェトルテにピラフか。どれも食べたことないんだよな」
中には、ピザやスパゲティーのように見慣れたものもある。
どれを注文するか非常に迷い、適当に頼むことにした。
俺は、酒場の亭主に気になったものをいくつか注文した。
値段は2人分で銅貨5枚。
出てきたのは、パンとスープ、ミートパイ、そして肉のステーキだった。
案外普通なものが出てきた。
量は申し分のないくらいあり、腹も十分膨れそうだ。
食事を受け取ると、なるべく酒の臭いから遠ざかるために隅の方の席についた。
だが、やっぱり酒の臭いはきつかった。
これは、本当に酔いそうだな。
俺は少し頭がぼーっとしてくるような感覚に襲われた。
それで不安になってリリスの方を見たが、リリスは全然平気そうだった。
魔族は、酒に強いのかもしれないな。
ここでもリリスには、ローブのフードを被らせている。
リリスの正体がバレないようにするのはもちろんのこと、若い男が少女を連れ回しているなど、変な噂を立つのを防ぐためだ。
だから、目立たない端の席にも座った。
空気も悪いことだし、気づかれないうちにさっさと食事を済ませて部屋に帰りたい。
俺は、何の肉かよく分からなかった肉に食らいついた。
どうせ固いだろうと思っていたが、全くそんなことは無かった。
柔らかく、味は今まで食べたことない種類の肉だった。
牛でも豚でも鳥でもない。
もしかすると、異世界特有のモンスターかもしれない。
昨日、モルドでもよく分からないモンスターの肉を食べた。
俺は昨日と今日で異世界には食べると美味しいモンスターが存在することに気づいた。
さらに、パンと一緒に食べても最高だった。
他にも気づいたことだが、この世界の主食はパンのようだった。
米は、まだ一度も見ていない。
なので、米好きの俺にはちょっと残念なのだが……。
また、野菜や果物、肉、魚なども普通に流通している。
特に、交易が盛んなハウラスであるのでは何でもあるようだった。
昼間に露天商を軽く見て回ったが、まさに食材の宝庫といった感じだった。
モンスターの食材や見たことないキノコまであった。
ちなみに、モルドでは肉と野菜はあったが魚は見受けられなかった。
「どれも美味いな」
「はい、とっても美味しいです!」
リリスも酒場の食事に満足しているようだった。
調味料が乏しいためか味が少し薄くは感じたが、食材の味が活かされていることが分かる。
異世界のメシは悪くないなとそう感じた。
もし、自分の実力だけで強敵のモンスターを倒した日にはもっと美味く感じるんだろうな。
そう思うと、冒険者は悪くない仕事だと思う。
ただ、自分のステータス的に先行きが不安であるが。
腹も満たされたところで、2階の自室へと向かった。
部屋の内装について正直、嫌な予感しかしていなかった。
ラブホテルなど行ったことはないが、もしここがラブホテルと同様であるのならば変なものがあってもおかしくない。
その不安もあって、先に部屋に向かうのをやめたのだ。
2階に上がると細い通路が続いていた。
何室か扉を過ぎた後に、鍵にかかれた番号と一致する部屋までたどり着いた。
(さて、ここからが重要だ……)
俺は、部屋に入る前に祈りをこめる。
ベッドが別々になっていますように!
カップル部屋という名前だから、ほぼ間違いなくダブルベッドな気がする。
それでも一縷の望みにすがりたい思いでいっぱいだった。
もし、同じベッドで寝ることになったら……
と、想像するだけで不安で何も考えられなくなってきた。
(頼む、神よ!!)
意を決し、部屋に入ると、そこには大きなベッドが1つだけ用意されていた。
(やっぱり、神なんていなかったな!!)
それと変なものはないかと一通り部屋を探したが、怪しい物は特になかった。
部屋にはトイレはあったが、風呂はなかった。
今日は風呂に入れないことを悟ると、途端に不気味な気持ちが湧いてきた。
日本にいた頃、風呂があるのは当たり前だと思っていた。
人間は失ってみて、初めて当たり前にあることの大切さに気づくのだろう。
俺はあまり汗をかく体質ではない。
そのため、匂いを気にしたことがなかった。
今も特に匂わないと言い切る自信はあったが、隣に少女が寝るとなると話は別だ。
俺は、自分の匂いが気になり始めた。
思えば、昨日も風呂に入っていなかった。
宴で騒ぎ疲れ、気づけば朝になっていたからだ。
そして、今日は森の中を数時間歩いた。
もしかしたら、自分は臭いのではないかと不安が頭を離れずにいた。
「あの、レイジ様——」
不意にリリスが声をかけてきた。
不安に駆られていたこともあって、思わず、身をピクリと反応させてしまった。
「どうしたリリス……?」
「まだお腹が痛いのでトイレに行ってきます……」
「まだ治ってなかったんかい!!」
後から知ったことだが、リリスは森の中でキノコを拾い食いしていたらしい。
悪魔から逃げるのに、お腹を空かせてしまい、つい食べてしまったようだ。
「もう、今日は寝るとするか」
「はい。リリィも眠たいさんです」
「リリス、奥に行ってくれ」
「ふぁぁい」
相当眠たかったのか、リリスはあくびをしつつもベッドの奥の方で横たわった。
俺はリリスが奥に行ったことを確認すると、リリスとは反対側の端で横になった。
寝返りをうつと落ちそうな位置ではあるが、少しでもリリスとの距離を保つためだ。
「レイジさま、なんで端っこにいっちゃうんですかぁ?」
寂しいのかリリスが声をかけてきた。
「今の俺、汗臭いかもしれないから」
俺はリリスに背を向ける。
「そんなこと無いですよぉ?」
スンスンと臭いを嗅いでいた。
「嗅ぐな!!」
「レイジさま——」
「ん?今度はどうした?」
「レイジさまはどうして勇者になったんですか?」
「勇者ね……」
(勇者と言ってもただの役柄だったんだけどな)
俺は自分が勇者役になったことを思い返していた。
俺はクラスでそこそこの人気者だった。
男友達は多く、女友達もいた。
恋人はいなかったが、部活動をしており順風満帆な学生生活を送っていた。
そんな俺が主人公の勇者役を立候補した理由は——
「カッコよさそうだったから」
元を辿れば、そんな厨二くさい理由だった。
漫画やアニメ、ゲームの世界の勇者がカッコいいから自分もなってみたかった。
憧れを抱いていたのだ。
「リリスはさ、お母さんに帰ってきてほしいから俺と魔王サタンと戦ってほしいんだよな?」
(絶対に戦いたくはないが……)
「はい、ママに帰ってきてほしいです……」
リリスは思い出したかように泣き出した。
しまった。
どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい。
「リリィのママは、働かないパパに愛想尽かして出ていきました……」
「え??」
「パパがレイジさまと戦ってる姿を見たら、きっとママも戻ってきてくれるはずなんです!リリィは、パパとママの家族3人でまた楽しく過ごしたいだけなんです……」
「そ、そうだったんだ……」
過去を思い出したのか、リリスは少し涙ぐんでいた。
(って重いよぉぉ!!!俺の責任重大すぎやしないか?そもそも、俺が戦うことで本当にリリスのお母さんは帰ってくるのか?)
「レイジさまは、ご迷惑をおかけしますが……。リリィは、勇者としてのレイジさまを信じていますぅ……」
(やっぱり重すぎるよ……)
俺はカッコいいからなんて理由で、勇者役になってしまったことを今さら後悔した
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