第12話 宿屋と勇者

 リリスがトイレから戻ると、俺たちはすぐさまギルドを後にした。

 それから、昼間に少し通りかかった宿屋街へ向かった。

 今晩泊まる宿を探さなければならない。


 宿屋街には数分歩いたところで着いた。

 昼間は閑散としていた宿屋街も、夜になると冒険者で賑わいを見せていた。

 まるで、祭りでもやっているかのように騒がしい。

 騒がしいのは、宿屋の1階が酒場になっているため、酔っぱらった冒険者たちが大騒ぎしているからだ。

  

 ハウラスの夜では、これが日常茶飯事だ。

 冒険者の町に静かな夜などない。

 もちろん、皆が寝静まるまでの話だが。


 だからといって、冒険者と町の住人が揉めることは滅多にない。

 なぜなら、町の住人にとって冒険者はお得意様だからだ。

 例えば宿屋では、利用客の9割が冒険者で、残り1割が行商人やその他の客になる。

 そのため、収益源のほとんどが冒険者によるものなのだ。

 さらに、これは宿屋に限ったものではない。

 露天商、武器屋、薬草屋、道具屋など町の収益源はほぼ冒険者たちによるものなのだ。

 なので、彼らが冒険者の存在を嫌な目で見ることはない。


 俺は、まず目についた宿屋に行ってみた。

 外装は少し年季が入った感じだったが、俺は嫌いでは無い。

 外からでも十分、中の冒険者たちの声が聞こえていたが宿屋に入ると、それは一層とうるさくなった。

 それに入ってすぐが酒場であるため、鼻がおかしくなりそうなほど酒臭かった。


「凄い酒臭いな……。大丈夫か?リリス」

「はい、お父さんが毎日こんな臭いがしてましたから!」

「リリス!?」


 俺はリリスの家庭環境が不安になった。

 魔王ってどれだけ駄目男なんだよ。

 だからなのか、リリスはこの酒場の空気も平気なようだった。

 反対に、俺は初めてみる飲んだくれ集団に少し嫌気がした。


 宿屋のカウンターには、中年のおばさんが座っていた。


「いらっしゃい。休憩かい?宿泊かい?」

「えっと、宿泊ですけど……。あの休憩って……?」

「カップル部屋1泊だね。銅貨3枚で前払いだよ」

 

 陽気な感じのおばさんにあっさり部屋を指定された。

 カップル部屋とは、恐らく同じ部屋だということだろうが。

 決めつけすぎやしないか?

 俺はまだ何も言っていないのに、おばさんはもう用紙に何かを書いている。


「おい!何で勝手に部屋を決めているんだ!良いとも言ってないだろ!」

「ん?何か問題があるのかい?もしかして、あんた……。金が無いのかい?」

 

 別に俺は、そういうことが言いたいわけではなかった。

 金銭的には何も問題はない。

 俺の手持ちは金貨3枚 銀貨2枚 銅貨30枚。

 なので、銅貨3枚の値段であれば何の問題もない。

 俺が問題だといいたいのは——


 勝手に同じ部屋にされていることだ。


 普通に考えて、今日出会ったばかりの少女と同じ部屋で寝泊まりするなんてありえないだろう。

 もし、そんなことをしてあとで魔王にでも知られれば……。

 想像するだけでも恐ろしい……。

 PTAだって黙っていないだろう。

 それに、一番嫌なのはリリスのはずだ。

 俺は隣にいるリリスを見る。


「レイジさまと同じ部屋……」


 リリスは、衝撃を受けたような顔をしていた。

 やっぱり、リリスも困っているじゃないか。

 俺が別々の部屋にしてくださいと言おうとすると、リリスが俺の袖をくいくいと引いた。


「どうした?リリス」

「リリィは、その、同じ部屋で構いませんよ?」

「満更でもないんかい!!」


 どうしてそういうリアクションになる……。

 俺は、頬を染めながらフードで顔を隠したリリスをよく理解できなかった。

 それに今のだとおばさんから見れば、本物のカップルに見えてしまうじゃないか。


「金はあります。だから、別々の部屋でお願いしたいんです」

 

 俺がおばさんにそう言うと、なぜかリリスは残念そうな顔をしていた。

 一人だと寂しいのかもしれないが、ここは諦めてもらうしかない。

 俺には、今日出会ったばかりの魔王の娘と同じ部屋で寝る勇気なんて無い。

 おばさんは、少し考えるような顔をしてから言った。


「んん、SM部屋が良かったのかい?アンタも若いね。でもね、今は使用中だよ」

「別の部屋じゃねえよ!!それとさっきから、黙ってたけど、ここ完全にラブホテルだろ!!」


 このおばさん、明るくて良い人そうに見えたが完全にふざけている。

 あまりからかうのは、止めてほしいなと思っていると、また袖をグイグイと引かれた。


「レイジさま、SM部屋って何ですか?」

「リリスは知らなくていいから!」

「そうなんですか?リリィは、そこでも構いませんよ?」

「待て、それだけは絶対駄目だから!知らなくていいと言ったが、そういうことじゃないから!」


 リリスは、恥ずかしそうに顔を赤面させていた。

 あれ、本当に何か知らないんだよな……?

 その態度に妙な違和感を覚える。

 このリリスの態度にはどんな意味があるんだ。

 その答えが1つ思い浮かんだ俺は、まさかなと思う。

 俺たちは今日出会ったばかりだ。

 さすがに、その考えは自意識過剰過ぎだと自ら否定する。


「とにかく部屋を二つ貸してください!それと、変な部屋も止めてください」

「ん?アンタ何言ってんだい?最低だね」

「なんでだ?!」


 おばさんが急にゴミを見る目になった。

 俺が一体何をした!

 至って健全なことしか言ってなかったはずだ。


「そうか!分かったよ!そういうことだったんだね!」


 おばさんが急に声を張り上げた。

 なんだ、また急に?

 今度こそ俺の言ったことを分かってくれたのか?

 ここまで、散々無駄なやり取りに付き合わせられた。

 ついに、理解してくれる時が来たかと思いかけたが、おばさんはまたとんでもないことを言い出した。


「アンタ、オプションも欲しかったんだろ?やっぱり若いねえ。で、どんなコスプレが良かったかい?」


 おばさんは色々なコスプレが書かれたメニュー表を差し出した。


「どうして、そうなった!!さっきから、俺の言うこと何も聞こえてないの?!」


 もう駄目だ。

 全く話にならない。

 他の宿屋を当たることにしよう。

 

「もういいです。別の宿屋を探すんで」


 俺がリリスを連れて出て行こうとすると、急におばさんは神妙な面持ちになった。

 そして、心配そうに言った。


「今の時期は、ちょうど繁盛期でね。どこの宿屋も冒険者連中で、いっぱいだろうね。ここで、宿を抑えとかないと、最悪野宿することになるかもしれないね。外は寒いし、危険だろうね。そうなってしまったら、私は心配だねえ……」

「やっぱり、カップル部屋でお願いします!」

「銅貨3枚だよ。あと、ここに名前も書いておくれ」


 俺はさっさと銅貨を取り出し、紙に名前を書いた。

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