第11話 報酬の勇者

 男からの質問攻めが止むことはなかったが、しばらくすると受け取りカウンターの前まで進んだ。


 俺の並んでいたカウンターの受付嬢は、冒険者の長蛇の列による激務で疲れている様子だった。


「こんばんは、冒険者カードのご提示とモンスターをこちらへお願いします」


 受付嬢はカウンター横の装置を示した。

 ここに、モンスターを置けばいいのか。

 俺がよく分からないでいると、それに気づいた受付嬢は丁寧に説明してくれた。


「こちらは、鑑定と転送を同時に行う装置です。瞬時に鑑定を行った後に、買い取り契約をされている商人や鍛冶屋の元へ届けられるようになっています」


 どうやら、鑑定や転送も魔法で行われるようだ。

 さすが、科学ではなく、魔法が発達した異世界だ。

 今になって考えると昼間に訪れた神殿のエレベーターも魔法によって動いているものだった。

 転移魔法によって、エレベーター自体が丸々と移動していたのだ。


 俺は、悪魔を装置の上に載せた。

 すると、悪魔の上に魔法陣が出現しあっという間に鑑定が行われた。

 そして、次に転移魔法が作動しようというところで装置が止まった。


「こ、これは……!」


 鑑定結果を見た受付嬢は、信じられないものを見たかのように驚いた。


「下位悪魔のサボーデーモンですって!?」


 受付嬢が大きな声を上げたことで、後ろに並んでいた冒険者たちの視線が一気に集まる。


(しまった!やはり、普通のモンスターでは無かったか……)


 俺は、自分の考えが甘かったことを後悔した。

 悪魔を持ってくるのは、流石にまずかった。

 周りからの注目の視線が心臓に悪い。


「レイジ様、どちらでこのモンスターと遭遇されたのですか……?」


「町周辺の森の中だけど……。それより、さっきから目立ってるんだけど……」


 俺は受付嬢の耳元で囁くように言った。

 そして、自分の後ろの冒険者たちの親指で差した。

 それを見て、やっと自らの失態に気づいた受付嬢は謝罪を述べた。


「失礼致しました!この一件は、ここでは話せないことになりますので別室へ移動をお願いします」


 俺とリリスは受付嬢に応接室へと案内された。

 そして、案内に従い横長のソファーへ腰掛けた。

 受付嬢からは、ギルド長を呼ぶのでしばらく待つように告げられた。


 リリスと大人しく待っていると、なにやら外の方で受付嬢が慌ただしくしているのが聞こえてきた。

 さっきの悪魔は、よほど危険な存在だったのだろうか。

 でなければ、こんな応接室に呼ばれる必要も無い気がする。

 俺は、問題が大きくなってきてしまったことに思わずため息をついた。


 しばらく待っていると、扉がノックされた。

 そして、後から中年の男が入ってきた。

 男は、対面のソファーに腰かけると深々とお辞儀をして言った。


「どうも始めまして。私はマクレガ。この簡易ギルドの代表を務めている者です。まずは、悪魔を討伐していただいたことに謝辞を述べてさせてください。誠にありがとうございます」


 マクレガは丁寧に頭を下げた。


「頭を上げてください。俺はレイジです。隣の少女は、ただの付き添いだと思ってください」


 俺から紹介されたリリスはニコっとほほ笑んだ。


「レイジ君のことは、冒険者カードで拝見させていただきましたよ。ツッコミ勇者とは、珍しい職業に就かれていますね」


「ツッコミ勇者??」


 マクレガが言ったことに、リリスが疑問を口にした。


「まあ、はい!!」


 俺は、大きな声で何とか誤魔化そうとする。


(おい、余計なことを言わないでくれ)


 俺は、リリスにまだ自分がツッコミ勇者であるとは告げていない。

 リリスがあまりにも勇者である俺に敬愛の眼差しを送ってくるので言えずにいたのだ。

 なので、これ以上をこの話を続けさせるわけにはいかない。


「それで、このような応接室であなたのような偉い方がわざわざ出てこられたわけというのは?」


 俺は話を変えるためにも疑問に思ったことを口にした。

 まあ、理由の予測がつくんだが。

 あれだけ、外で大騒ぎをしていたわけだし。


「この部屋まで来てもらったのは、討伐報酬の受け渡しのためです。このギルドの決まりで、金貨1枚以上の報酬は別室にて行うようにと定められているのです」


 続けてマクレガは話す。


「という決まりからご察しの通り、レイジさまの倒されたサボーデーモンは、高報酬のBランクモンスターに指定されています。なので、こちらの部屋での報酬の受け渡しと悪魔についての詳しい話をお伺いしたいと思っています」


 やはり、悪魔は上位ランクのモンスターであった。

 しかも、Bランクは確かこの町の冒険者でも数人しかいない上位ランクだったはずだ。

 そんな、ヤバいモンスターを倒してしまったとなればここまで騒ぎが大きくなるのも当然のことだろう。


「あの悪魔の討伐報酬って金貨1枚以上になるんですか!?」

「そうです。レイジ君の倒したサボ—デーモンは、金貨3枚の報酬になりますよ」


(金貨3枚だって……?これは、とんでもない額になるんじゃないか?)


 この世界の通貨は、紙幣がなく全てが硬貨を用いられている。

 硬貨は銅貨、銀貨、金貨の3種類が存在していて、銀貨1枚=銅貨100枚、金貨1枚=銀貨100枚だ。

 そして、硬貨の中でも金貨は、一般市民が所有することはほとんどないものになる。

 それを所有できるのは、行商人や貴族のような富裕階級だ。

 だからこそ、このギルドでも金貨1枚以上の報酬の受け渡しには厳重な体制を取っている。


 俺は、そんな大金を受け取ることに気が引けていた。

 悪魔の討伐はきっと、他の第三者の活躍によるものだ。

 だから、もしその第三者が本当にいて、会えることがあれば、報酬はその人物に返すことにしよう。

 あくまで今は預かるだけにしておこう。

 俺は、報酬を私利私欲のために使わないことを神に誓った。


「それで話と言うのは何を?」


「ご存知かもしれませんが、悪魔の出現など、ここ数年報告がありません。ましてや、ハウラス周辺の森林地帯に悪魔が現れたなど、過去に前例がありません。ですので、何らかの異常事態が起きているのではないかと、私どもとしましても警戒しているわけなのです」


 これは、さっきの冒険者も言っていたな。

 原因は、リリスも言っていたように魔王サタンが働かなくなったことだ。

 隣にいるリリスを見ると、少し暗い顔をしていた。

 父のことを思い出しているのかもしれない。


「悪魔については、どうやらメハウという村からやってきたようです」


「なんと……!!」


 俺が、メハウという名前を出した瞬間、マクレガの顔が一変した。

 先ほどまで、温厚な顔だったのに対して今怒ったような厳しい顔だ。

 それは、さながら恐ろしい存在の名前を聞いたかのようなに警戒心をあらわにしていた。


「そういうことでしたか……。これは早急な対応が必要なようだ」


 マクレガが小声で言ったので、何を言ったか詳しくは分からなかったが、何やら問題が起きているのは間違いなさそうだ。

 メハウとは、そんなに危険な村なのだろうか。

 この部屋全体に妙な緊張感が走ったことで、我に返ったマクレガは言った。


「申し訳ございません。少々、考え事をしてしまいました。レイジ様には恐縮ですが、このことは内密にしていただきたいのですが、構いませんか?」


「ええ、問題ないですよ」


 その提案はこちらとしても願ったり叶ったりだった。

 俺が上位モンスターである悪魔を倒したと広まることも無いだろう。


「それでは、報酬を持ってまいりますのでもうしばらくお待ちください」


 マクレガは部屋を出た。

 マクレガが部屋から離れたことで、リリスに質問する。


「リリス、メハウってそんなヤバイ村なのか?」

「そんなことありません!すごく親切な方がいました!リリィのことだって助けてくれました」


 リリスは真っ向から否定した。


「それにしてはさっきの人、とんでもない顔してたぞ?」

「お腹でも壊してるんじゃないでしょうか……?」

「何だそれ。リリス、話聞いてなかったのか?」

「はい……、お腹が痛かったので……」

「お前が腹壊してるんかい!!トイレ行ってきなよ……」


 リリスも部屋を出て行った。

 先ほどの会話の途中でリリスが暗い顔をしていたのはそういうことだったのか。

 俺は、力の抜ける思いがした。


(報酬を受け取ったら、少し豪遊しようかな)


 思い返すと、俺は異世界に来てから散々目に遭ってきた。

 これから、泊まる宿も見つけなければならない。

 少し奮発してフカフカなベッドのあるところで休みたい。

 腹も減っているので食事だって豪勢な物を食べてみたい。


(いや、それはダメだ!さっき、私利私欲のために使わないと神に誓ったばかりじゃないか)


 しばらくしてマクレガが戻った。

 お盆を手に持っており、その上に金貨が丁寧に並べられていた。


「お待たせしました。こちらが討伐報酬の金貨3枚になります。どうぞお納めください」

「ありがたく頂きます」

「それでは、本日は裏口よりお帰りください。報酬を受け取った後の冒険者は狙われやすいですからね。まあレイジ様ほどのお力があれば、不要なお節介かと思いますが」

「いえ、そうさせていただきます」


 俺は苦笑いしながら言った。

 もし、そんな冒険者にでも狙われでもしたらひとたまりもない。


 この世界には盗賊だって存在している。

 盗賊はターゲットによって3種類に分けられる。

 行商人の積み荷を狙う盗賊と、王族や貴族の財を狙う盗賊だ。

 そして、冒険者を専門に狙う盗賊も存在する。

 彼らが奪うのは冒険者の装備やクエストの報酬だが、その真の目的は実力試しである。

 名の馳せた冒険者から金品を奪うことで自身の力を試すのである。

 簡易ギルドを出た冒険者は報酬を持っていることもあり恰好の的となるのだ。


「それともう一つだけお伝えしなくてはならないことがございます。これもレイジ様には関係ないこととは思いますのが、何分規則なのですのでご了承ください。国の定めた法律に基づき、自身で討伐していないモンスターを討伐したと偽り、討伐報酬を受け取ることは重罪になります。後にその事実が判明した場合は、罰金や禁固刑といった処罰がございますのでくれぐれもご注意下さい。では、あちらの扉よりお帰り下さい。この度は悪魔の討伐、本当にありがとうございました」


 神様……!

 さきほどの宣言は撤回させてください。

 受け取った報酬の全ては、私利私欲のために使わせていただきます。

 俺、禁固刑だけは嫌なんです!

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