第10話 簡易ギルド

 1時間と幾ばくか歩いたところで、ハウラスの外壁が見えてきた。

 陽もちょうど沈んだので、なんとか時間ギリギリで間に合ったようだった。


「リリス、すまないが町に入る前にフードを被ってくれ。正体がバレれれば面倒事になりそうなんでな」


 俺は、昼間と同様に門兵が立っている正門を見た。

 そこで、正門を通るためにリリスに魔族の証である角を隠すよう促した。

 俺にそう言われたリリスは少し考えるようにして、自身の角を指さした。


「これですか?」

「ああ、そうだ。今から、正門を通るがここは俺に任せてくれ。門兵には、何とかバレないように誤魔化してみる」

「分かりました!レイジさまの言う通りにします!」


 リリスがフードを被ったところで、正門へ向かう。

 俺とリリスに気付いた門兵は、声をかけてきた。


「その恰好は、お前たちは冒険者だな?毎度で悪いが、ギルドカードか通行証を見せてくれ」


(しまった、ギルドカードか……!)


 門兵にそう言われて、俺は自分が思い違いをしていたことに気づく。

 昼間に来た時は、案内人が通行証を見せ口頭で事情を説明することで俺も入れた。

 なので、俺も同様に事情を説明することで、リリスと入れてもらおうと思っていた。

 しかし、ギルドカードを提示しろと言われて思考が固まった。

 俺の分は昼間にギルドで作ったからあるが、リリスの分なんて無い。

 これが、身分証になるとギルドのお姉さんに言われたことをすっかり忘れていた。


 俺が冒険者カードを見せてしまえば、当然リリスはその仲間だと思われる。

 恰好だって、魔王使いに見えるんだ。

 それで、村から連れて来ましたと言ったところで怪しまれるに決まっている。

 なんと、説明すればリリスのことを怪しまれずに通ることができる?

 俺が、内心慌てふためきながら思考を巡らせていると。


「どうした、持っていないのか?」


 不信がった門兵が顔を険しくしていた。

 もうこれ以上黙っているわけにもいかない。

 俺は心臓をバクバクさせながらも、とりあえず自分のギルドカードを見せた。


「よし、行っていいぞ」


 門兵は、ギルドカードをちらりと見るとそれ以上言わずに、道を開けた。

 あれ?

 リリスのことは何も聞かないのか?

 俺が振り返ると、門兵はもう次の相手をしている。


 こうして、驚くほどあっさりと俺たちはハウラスに入ることができた。

 思ったより、ここの警備はザルのようだった。

 だが、それも仕方ないといえるかもしれない。

 この時間帯は、クエストを終えた冒険者たちが一斉に帰還してくる。

 現に俺の後ろには、何人もの他の冒険者が並ぼうとしていた。

 なので、いちいち時間をかけて本人確認などしている暇が無いのだ。

 それに町には、冒険者も大勢いるため、わざわざ問題を起こそうとする輩もいないと思われているのかもしれない。


(魔王の娘が人間の町に入るなんて、普通に考えれば大問題だが……)


「さすが、勇者様であるレイジさまです!」


 しかし、そんなことなど露知らぬリリスは、俺が門兵から信頼を得ているとでも勘違いしたのか、尊敬の眼差しでこちらを見てきた。

 俺はそれを否定することもできず、とてもむずがゆい思いをした。


 町へ入るとすぐに、昼間はやっていなかった大きな建物が目に止まった。

 建物の看板には、大きく『簡易ギルド』と書かれていた。

 どうやら、ここがギルドのお姉さんが言っていた報酬受け取り専用のギルドみたいだ。

 町の中心に位置するギルドに比べると、その大きさは小さいものだが多くの冒険者で行き交っていた。

 

 ここでほとんどの冒険者が、クエストとモンスター討伐の報酬を受け取る。

 昼間はやっておらず夜間のみ、報酬受け取り専用にやっているギルドであるため、簡易ギルドと呼ばれている。

 討伐したモンスターをわざわざ町中央のギルドまで運んでいては、手間もかかり不便で住人にも迷惑がかかる。

 そこで、こうした簡易ギルドが町の入り口に置かれ、クエストから帰還した冒険者たちがすぐに報酬を受け取れるようにしているのだ。


 俺は、簡易ギルドに入る前に少し立ち止まった。

 そして、なんとかここまでリリスと運んできた悪魔を見降ろした。


(普通に持って行って大丈夫なんだろうか?)


 この悪魔は、おそらく中級か上級レベルのモンスターだ。

 リリスの話でも、執事長の配下と言っていた。

 そんな、明らかにヤバそうなモンスターを倒した冒険者がいるとなれば恐らく騒ぎになる。

 だが、俺は今ここであまり目立ちたくなかった。


 その理由は3つある。

 1つ目は、俺の実力で悪魔を倒したわけではないことだ。

 悪魔が死んだのは足を滑らせて頭を岩にぶつけたからだ。

 もっと言えば、それまでにこの悪魔を手負いにさせた人物がいたはずだ。

 そのため、俺が倒したように思われることだけは絶対に避けたい。


 2つ目は、下手に注目を集まることで、リリスにも注目が集まることを避けたいからだ。もし仮にでも、リリスの正体がバレでもしたら厄介なことになる。

 さすがに、少女に手を出そうとする冒険者はそうそういないかもしれないが、中にはその討伐報酬目当てで欲をかく者もいるかもしれない。

 

 最後に3つ目の理由は、単純に俺がツッコミ勇者だとバレるのが恥ずかしいからだ……。

 なので、ここはなんとしても穏便に済ませるのが吉だ。

 

「レイジ様、どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ」


 中々、簡易ギルドに行こうとしない俺を見て、リリスが心配に思ったようだった。

 まあ、考えても仕方がないか。

 ここは、何とかうまく乗り切ろう。

 俺は気合を入れると、リリスを連れて簡易ギルドに入った。


 日が暮れたこともあって、ギルド内にはクエストから帰還した冒険者たちで溢れていた。

 換金受付のカウンターの前には、討伐したモンスターを持ち込もうとする冒険者の列ができていた。


 俺とリリスもその列に並ぶ。

 列が進むのを待っていると、早速前に並んでいた冒険者の男が話しかけてきた。


「兄ちゃん、見かけない顔だな。新人かい?」


 気さくな男は、鍛え抜かれたたくましい身体に見事なフルプレートを着込んでいた。

 年齢もそこそこいっているように見えたので、この町に住まう熟練の冒険者なのかもしれない。

 それに、男のセリフから察せられるに冒険者の中でも顔の効く人物なのかもしれない。

 ここは、下手に反感を買わないように気をつけないようにしなくてはならない。

 俺はなるべくにこやかに返事をする。


「ああ、まだ村からやってきたばかりの駆け出しだ。右も左も分からず、迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼むよ」


 満点な解答だと自分では思った。

 親切に声をかけてくるのは、ありがたいがあまり深入りはしないでほしいところだ。

 だが、そんな俺の思いとは裏腹に男は、俺の全身をまじまじと見つめてきた。


「おい、兄ちゃん!その立派な鎧はなんだい……!?こんなすげえの俺は見たことがねえぞ!」


「そうか?!この防具は村に纏わる秘蔵の品だよ!村のみんなから託されたんだ」

 

 突然声を上げた男に、俺は咄嗟にでまかせを言う。

 どう見ても、男のフルプレートの方が立派なものだが、男は俺の衣装に興味津々だった。

 最初はからかっているのかと思ったが、そんな様子にも見えなかった。

 もしかしたら、この世界の素材ではないのでそれで珍しく見えただけかもしれない。

 男の俺への興味は尽きないようで、次はリリスの方に視線向けた。


「そうかい。それで、そこの嬢ちゃんも冒険者かい?随分小さいようだが」

「い、いや。彼女は俺の……、妹さ!一緒に村からやってきたんだ」

「そうか!俺にも弟が3人いるぜ。だから、兄貴としての気持ちはよく分かるぜ」


 それから、男の弟自慢が始まった。

 なので、それ以上リリスのことは聞かれなかった。


 リリスは俺が妹と言ったことで疑問に思っているようだったが森で出会ったなんて、正直に言うと後がめんどくさそうだったので勘弁してほしい。

 弟の自慢話が一通り終わったのか、男は話題を変えてきた。


「そうだ、最近この町に新人なのにえらくつえぇ冒険者たちが出てきてな、俺たちのような古株は、新人たちに仕事を奪われちまうんじゃないかって今大騒ぎよ!」


 もしかして、兄ちゃんもそんな大物になったりしてな、と男は楽しそうに言った。

 自分の職が奪われようというのに呑気なものだ。

 だが、興味深い話だった。

 

「そんなに強い冒険者がいるのか?」

「ああ、中でも注目を浴びてるやつが5人いてな。そいつら、大物ルーキーって言われてるぜ。大物ルーキーのいる5チームにはみなが注目してる」


(大物ルーキーか……)


 俺は、その言葉に思うところがあった。

 それはの可能性だ。

 少しありきたりな展開かもしれないが、自分以外の転生者はいないと考えるのもおかしな話だ。

 もし、大物ルーキーに会えたら色々と聞いてみよう。

 詳しい事情を知っているかもしれない。

 俺が心のノートにメモを取っていると、男は次の質問を始めた。


「そういえば、兄ちゃんのジョブは?」

「ジョブは勇者だ」


 俺は、リリスのいる手前、男にはだと名乗った。

 別に嘘ではない。

 修飾語が抜けているだけだ。


「ほう、勇者なんて珍しいジョブを選んだな。このところ、魔王の連中もすっかり見えないから、命がけで挑もうなんて奴、今時珍しいぜ」

 

 俺はそういう奴、嫌いじゃないがなと末尾に加えて男は笑った。

 ギルドのお姉さんも言っていたが、魔王討伐は最高難易度のクエストだ。

 そんな誰も達成できていないクエストを、命がけでやろうとする者がいないのは当然かもしれない。


 俺は男の言葉を素直に受け取ったが、隣いる少女はそうではなかった。

 リリスは、少し怒るように男に話しかけた。


「あの、さっきから失礼です!レイジさまは、ただの勇者様ではありません!」

「んん?どういうことだい?嬢ちゃん」

「ちょっ、ちょっと!リリス!?」


 俺は慌てて、リリスを引っ張って端の方に連れていく。

 ちらりと横目で見ると、男が怪訝な目でこちらの様子を見ていた。

 俺は、リリスに諭すように言う。


「リリス、俺のことはあんまり話さないでくれ」

「どうしてですか?」

「ここでは、あまり目立ちたくない」

「そうなんですね。分かりました!」


 リリスは素直に頷いた。

 あまりに、素直だったので本当に大丈夫なのかと不安に思ったが、ここは信じるしかない。

 後は男に言い訳をするだけだ。

 とりあえず、俺はリリスと列に戻る。


「兄ちゃん、どうしたんだ?」

「実はな——」


 俺は、男の耳元に顔を持っていき小声で話した。


「妹は、俺のことが心配で村から一緒に来てくれたんだ。だから、あまり心配をかけたくないんだ。ここはひとつ話を合わせてくれないか?」


 話を聞いた男は、俺の顔をまじまじと見つめだした。


(ヤバい、怪しまれてる??そんな苦しい言い訳だったか……?)


 俺は、何とか挽回しようと次の言い訳の言葉を考えていると、男は吹き出すように笑い出した。


「はははは。なんだよ、兄ちゃん。そういうことか。俺に任せときな!」

「悪いな……、助かる」


(危なかった!何とかバレずに済んだぞ。この人、顔は少し怖いけど良い人だ)


 俺は首の皮が一枚つながった思いがした。

 それでも、早くこの場所から立ち去りたい気持ちが湧いてくる

 とりあえず、そろそろ質問攻めはやめてほしい。

 俺に任せときなと言った男に期待してみたが、やっぱり質問は終わらなかった。


「それより、さっきから気になっていたんだが、その引きずってるモンスターは何だ?そんなモンスター、見たことねえぞ」


 男は俺とリリスが持つ動かない悪魔を見ていた。

 しまった完全に忘れていた!

 自分やリリスの正体隠すことに必死になり過ぎていた。

 そのため、男の質問に俺は少し気が動転する。


「これは、その、森の奥に——」

「悪魔です!レイジ様が倒されました!!」


 なんとか必死に言葉を探していると、それを遮ってリリスが言った。


(リリス!!なんでまた、余計なことを言うんだ!?)


「悪魔だって?!」


 男が大きな声を上げたので、周りの冒険者もこちらを向く。

 このままでは、マズい!


「いや、違う違う!!アークマだ、アークマ!森の奥深くにいる珍しいモンスターなんだ!」

「アークマ??なんだそれ、聞いたことないぞ」

「そ、そうか……?俺のいた村では有名だったけどな……」

「それに、そのモンスターの角とか翼があるぞ!」

「アークマは、空にいるんだよ!たまにしか地上に降り立たないって村でも有名だぜ?」


 必死に言い訳を続ける俺に、男は黙ったままで俺の顔を見つめだした。

 ヤバい。

 さすがに無理がありすぎたか。

 俺は、嘘が全部バレてたと思っていると。


「すげえな、兄ちゃん!よくそんなやつを倒したな!!やっぱり兄ちゃんは大物になりそうだ!」


 はははは、と男はまたまた上機嫌に笑った。


(何でだよ!!流石に嘘だって気づくだろ!)


 この男、良い人には違いないんだがもしかして単にバカなんじゃないか。

 俺は、男の素直さに少し呆れるが、この場を無事に切り抜けれたことに安堵する。

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