第9話 巻き込まれた勇者
「陽が落ちてきたな」
リリスから話を聞いているうちに、すっかり陽が落ちてきてしまった。
陽が完全に落ちる前にモルド村へ帰るのは難しいそうだ。
あと1時間やそこらで、陽が暮れそうなのに対して、村までは急いでも3時間はかかると思われたからだ。
なので、今から村へ向かうのは危険を伴うだろう。
陽が落ちた暗闇の中で、モンスターに襲われればひとたまりもないからだ。
夜は、モンスターの活動が活発化する時間帯。
人間と違って、モンスターは夜目が効くため、暗い森の中でも問題なく襲ってくる。
それに対し、俺たちが外灯などもない森の中を正確な方角も分からないまま闇雲に進むのは、自殺行為に他ならない。
懐中電灯や地図などがあればいいのだが、そんな物は無い。
ここは、モルド村を目指すのは諦め、早急にハウラスへ引き返すのが賢明な判断だろう。
ハウラスまでならば、1時間もかからないだろう。
道も何となくだが、まだ覚えている。
俺はリリスを連れて、急いでハウラスまで戻ることを決めた。
ここを移動する前に、辺りを見回す。
近くにモンスターがいるような雰囲気はない。
しかし、あるのものが気になって目が止まる。
石の下で全く動かなくなった悪魔だ。
リリスは、死んでいると言った。
確かに、動く様子は無い。
もし本当に死んでいるなら、悪魔の死体をこんなところに置いていくわけにはいかない。
アンデッドが発生したら問題だしな。
あまり気は進まないが。
(一応持っていくか)
持っていくのは、冒険者ギルドでいいだろう。
ギルドのお姉さんの話では、討伐したモンスターをギルドの換金所まで持っていくことでモンスターの討伐報酬を受け取れると言っていた。
ちなみに討伐報酬は、モンスターの死体を丸々持ち帰ることで全額の報酬を受け取ることができる。
部位だけの持ち込みでは、素材の価値によって、報酬が減額されることがある。
そのため、できることならモンスターの死体をそのまま持っていくことが理想だ。
クエスト報酬は、それに関係なく受け取ることができる。
もちろんそれでは、モンスターのサイズや頭数によって持ち帰れる限界がある。
この世界では、ゲームのようにドロップアイテムが出現することは無いのだ。
そのため、モンスターごとに指定されている特定部位だけでも、持ち込めば全額と変わらない報酬を受け取れるようにはなっている。
モンスターごとに指定されているのは、モンスターによってその部位の素材価値がまるで異なるためだ。
例えば、ゴブリンであれば堅い皮膚、ドラゴンであれば牙や翼が特定部位に指定されている。
この悪魔も特定部位だけ持ち帰ればいいのだが。
残念ながら、俺もリリスも悪魔の特定部位など分からない。
なので、とりあえず悪魔の死体ごと持って帰ることにした。
魔王の配下なら、それなりの額の討伐報酬を得ることもできるだろう。
早速、悪魔を運ぼうと持ち上げてみるが。
(体格が大きいとは思っていたけど、これは結構重いな……)
意外にも重量があり一人で持って帰るのはまず無理だった。
仕方ないので、リリスにも協力してもらうことにしたが、二人係でも持ち上げることはできなかった。
なので、俺が右脚、リリスが左脚を持って引きずりながら運ぶことになった。
悪魔の顔を地面に引きずることになって、何だか申し訳ないが、さすがに森の中に捨て置くこともできない。
(それにしても、本当によく助かったよな……)
俺は、引きずられても完全に動かない悪魔を見る。
しっかり監視しておかなければ、今にも動き出しそうで怖かった。
悪魔が岩にぶつかっただけで、本当に絶命するのだろうか。
今でもその疑念はぬぐいされない。
ただ、今思い返してみると不自然な点がいくらかあった。
まず、悪魔が真っ赤に染まってみえたことだ。
今もその赤さは変わらないが、よく見るとそれは血のように見える。
もしかして、これは悪魔自身の返り血だったのではないだろうか。
そして、もう1点は悪魔の呼吸の荒さだ。
あの時は、殺戮の衝動で興奮しているように感じたが、実はそうでなかったかもしれない。
口調こそ落ち着いたものだったが、それは弱っていたからではないか。
実は、俺に出会う前にこの悪魔はすでに負傷していて重傷を負っていたとしたら……。
全て説明がつく。
きっと何かがあったはずだ。
今はそう確信している。
それにリリスは魔王の娘だ。
彼女が、悪魔に深手を負わせていたと考えれば、辻褄が合う。
俺に助けを求めていたが、それも演技だった可能性もある。
俺は、隣を歩くリリスをちらりと見た。
リリスは、なんだか楽しそうにしていてとても嘘をついているように見えない。
考えすぎたか?
ここは少し遠回しな質問で探りを入れてみよう。
(それで、リリスが嘘をついてないことを確かめるんだ)
「リリスって、魔王の娘なんだよな?戦ったら強いのか?」
「いえ、私は悪魔の中でも強い力は持っていません」
「じゃあ、もしさっきの悪魔と本気で戦ったらどうなるんだ?」
「十中八九私が負けることになると思います。なので、あの悪魔に勝ったレイジさまは、すごく強いですよ!」
リリスが嬉しそうに言った。
いや、俺は何もしてないんだけどなと内心困惑する。
リリスは、あの時悪魔が滑ったのを見ていなかったのか?
それとも、俺が全てやったと思っているんだろうか。
何にせよ、これでリリスが悪魔を瀕死に追いやったという可能性はほとんどなくなったな。
リリスの言うことを信じればだが。
それでは、誰が悪魔を瀕死に追いやったんだろう。
考えても答えは出ないので、今は考えないでおこう。
リリスに他に確認しなければならないこともある。
「リリスって魔界から来たんだよな?」
「はい、そうですよ!」
「どうやって、この世界には来たんだ?」
「えっとですね、魔界にゲートのようなものがありまして、それを通ったら偶然この世界に来れたんです」
「ゲート?偶然?」
「はい!普段はゲートなんて無かったんですけど、あの日はあったんです……」
話が見えないな。
リリスは自力でこの世界に来ていないというのは分かったが。
偶然ゲートが出現して、この世界に来た?
そんなことがあり得るのか?
まるで、異世界転生のような話だ。
「それで、この世界のどこに着いたんだ?」
「えっと、メハウって村でした」
「メハウ?聞いたことないな」
村長の話では、モルドの周辺にいくつか村があるということだった。
きっとそのうちの1つなんだろう。
「じゃあ、メハウに行けば魔界へは帰れるのか?!」
「いえ、それが魔界に帰ることはできなかったのです」
「どういうことだ?」
「この世界には、ゲードでやってきたんですけど、私が通るとゲートは消えてしまいました。なので、魔界へ帰ることはできなかったのです」
「つまり、魔界への行き方は、リリスには分からないってことか?」
「はい、そうなのです……」
これは厄介なことになったな。
こっそり魔界へ行って、リリスを送り届けようと考えていたんだが、魔界への行き方が分からないとなるとまずそれは出来ない。
自力で魔界までの道を探さなければいけないとなると、今は手詰まり状態だ。
簡単に見つかるものでもないだろう。
というか、本当に異世界転生のような話だ。
俺の時とは、状況が違っているが。
まさかな……。
それにしても農夫を目指そうと思っていたのに、急にとんでもない道に進んでしまった。
俺は森だけでなく、人生も迷いこんでしまったようだった。
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