第5話 モヒカンの勇者 その後

 神官がバリカンを持って、襲い掛かってきた。

 咄嗟の出来事で対応が遅れ、そのまま側頭部の髪を刈り取られ、俺はモヒカンヘアにされた。

 俺はすぐに神官に掴みかかった。

 一方的にこんなことをされて、怒らない方が不可能だ。

 神官とは、そのまま揉み合いとなり激しい口論に発展した。


 騒ぎを聞きつけたのか、神殿内から他の神官たちが殺到した。

 そして、駆け付けた神官たちによって、俺は取り抑えられた。

 それでも、怒りは収まることはなく、神官から精神を鎮静させる魔法をかけられ、ようやく俺は落ち着きを取り戻した。

 落ち着きを取り戻した俺は、神殿の奥に案内され、そこで事情を説明する流れになった。


 これは他の神官から後で聞いた話だが、バリカンを持った神官は中途採用で3か月前に入ったばかりの新米の神官だった。

 俺は、新米とはいえ、あの振る舞いは紛らわしいだろとツッコミを入れた。

 

 ちなみに前職は理髪店で働いていたようだ。

 だが、客にどんな注文を受けても、モヒカンヘアにするため、クレーム過多でクビになったそうだ。

 当たり前だ。

 よく神殿は、そんな男を採用したものだ。 

 それでも、こんなことをしていればすぐにクビになることだろう。


 全て話したところで神官長が現れた。

 事情を聞いた神官長は、心を痛めたようで俺はしっかりとした謝罪を受けた。

 側頭部の髪も治癒魔法によって、完璧に治してもらった。

 治癒魔法、便利すぎる。

 そして、お詫びということで、ジョブチェンジも無料で行ってもらった。

 だが、神官長に見てもらっても、良い職業を見つけることはできなかった。

 なので、結局俺は『ツッコミ勇者』の職に就くことになった。

 神官長もふざけているわけでなく、適性としてこれ以上は無理だと言われ、諦めざるをえなかった。

 こんな普通の職業が無い人は、神官長でも見たことないと驚かれた。

 一番驚いていたのは、もちろん俺だったが……。


 さて、一体これからどうしたものだろうか。

 こんなツッコミ特化のふざけたステータスで冒険できる気がしない。

 最弱モンスター、スライムにも勝てるか怪しいところだ。

 魔王討伐なんて夢のまた夢だ。


 なんで、俺にはツッコミしかないんだよ。

 考えれば考えるほど、どっと落ち込みが増していった。


(思い描いていた異世界生活と違いすぎる!)


 最強能力で敵を無双していく展開は?

 悪魔に襲われた王女様を救いに行くような王道展開は?

 可愛い仲間に囲まれるようなハーレム展開は?

 魔王を倒し、勇者として喝采を浴びまくる展開は?


 思い描いていた異世界生活はどこへ行ってしまったんだ……。

 こんなのは、ただの笑い話だ。

 異世界転生したら、『ツッコミ勇者』に生まれ変わったなんて。


 モルドの村人たちから、期待され送り出してもらったのに、こんな結果だったなんてあんまりだろ。

 彼らにどんな顔をして会えばいいんだ……。

 ただただ現状にうなだれることしかできずにいた。



 小1時間くらいは悩んでいただろうか。

 昼なんてとっくに過ぎているはずなのに、腹の虫一つならなかった。

 それくらい、悩みの種の存在が大きかった。

 そんな中、唯一思いついた案があった。


(そうだ!村に帰って農夫でもしよう!)


 美味しい野菜を栽培して、世界の食料難を救うんだ。

 そうすれば、きっと人間同士の争いは無くなるはずだ。

 魔王だって、俺が育てたみずみずしいナスでも食べれば、人との争いを止めるかもしれない。

 トマトやキュウリがあれば、もっと仲良くなれるかもしれない。


 美味しそうにナスを頬張る魔王の笑顔を想像していた俺の頭は、完全に末期状態だった。

 それでも、自分がこの世界にやってきた価値を何か見出したかった。

 存在理由を探していたのだ。

 期待された以上、できませんで終わらしたくなかった。


 そうと決まれば、早速村に帰るしかない。

 言い訳は後で考えよう。

 ただ、問題は、村までの案内人がいない。

 魔王を倒して、帰ってくるよと意気込んで出てきたからだ。

 貰ったお金を無駄に遣うことにも気が引けたので、自力で帰路につくことを決めた。

 明るいうちであれば、仮にモンスターに出くわしても逃げられるだろう。

 一応運動部にも所属していたので、脚力には自信があった。


 これ以上あれこれ考えても時間の無駄だと思い、俺はすぐにハウラスを出た。

 とりあえず、記憶を辿っていけば、帰れそうな気がした。


 町を出て、しばらくで森が見えてきた。

 この森を越えなければ、モルド村にはたどりつけない。

 そして、この森だけが唯一の難関だ。

 森の中は、視界も悪くモンスターにいきなり襲われる危険があるためだ。

 暗くなる前に、すぐにでもここを抜けたい。

 幸いなことに、森のあちこちに『モルド村へ』とかかれた案内板を見受けられた。

 この案内板をたどってさえいれば、日没までには村へ帰れそうだ。


「これが異世界農夫生活の第一歩か」


 俺は、感慨深い思いをしながら、一歩一歩を噛みしめていた。

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