第3話 ツッコミの勇者

 馬車に乗って1時間くらいでハウラスの町が見えてきた。

 冒険者の町というだけあってか、道中モンスターに出くわすことも無かった。

 そして、交易用のためにか道のりもきちんと舗装されていた。


 ハウラスは、思っていた以上に大きな町であった。

 町の外壁は、高くそびえ立っており、真下から見上げると首が痛くなるほどだ。

 その外周も長く続いており、町まで近づくと端までが見えないほどだった。

 町への門には、屈強な戦士と思わせる男たちが佇んでおり、いかにも冒険者の町だと感じられた。


 門番とのやり取りは、全て案内人がこなしてくれた。

 無事に町の中へ入れると、冒険者ギルドの場所だけ教えてもらい、案内人とは、そこで別れた。


 とりあえず、冒険者ギルドを目指して町を歩く。

 門を抜けてしばらくしたところで、露天商が列をなして広がっており、どこも活気で満ちあふれていた。

 数多の店が並列しており、商人や旅人、住人たちが闊歩していた。


 そんな通りを、わずかばかり歩いていて気づいたことがあった。

 顔付きが、みな日本人なのだ。

 思い返すと、これはモルドの時でもそうであった。

 だから、異世界人である俺が歩いていても、誰も気にする者がいない。

 冒険者の衣装を着ていても、ただの冒険者として認識される。


 俺は、案内人に言われた通りの道を進み、冒険者ギルドまでたどり着いた。

 冒険者ギルドは、町の中心に位置しており、その周りには大きな酒場や役所などが立ち並んでいた。

 冒険者の町らしいなと思いながら、ファンタジー感溢れる光景に胸がときめく。

 ちなみに、先ほどの露天商があったのは、中心部からだいぶ外周に位置していたようだ。


 冒険者ギルドは、レンガ造りの建物でいかにもといった感じだった。 

 その入り口は、西部劇に出てくるような両開きの扉で、中から冒険者たちの喧噪が聞こえてきた。


 (いよいよか。この扉をくぐれば、俺の冒険者生活が始まるんだ!)



 そう、始まるはずだった……。

 今思えば、ここまでが俺の異世界生活の最高潮だったのかもしれない。



 中に入るとそこには、たくさんの冒険者でごった返していた。

 クエストの依頼書が貼ってあるボードの前で、精査している冒険者たち。

 報酬を分け合って、歓喜している冒険者たち。

 テーブルに集まっては、何やら会話をしていて情報を共有している冒険者たち。


 俺は、そんな喧噪の中をくぐりぬけ、受付嬢のいるカウンターへと向かった。

 3つあったカウンターの内、空いていたカウンターへ行き、受付のお姉さんに話しかけた。


「すいません、冒険者になって、魔王を倒しに行きたいんですが?

 

「えっ、魔王ですか!?」


 驚いたお姉さんが椅子から勢いよく立ち上がった。

 その音で、喧噪に満ちていた冒険者たちにも一瞬、静寂が音連れた。

 そして、我に返ったお姉さんは、少し頬を赤らめ、誤魔化すように咳払いしつつも真剣な表情に戻って、話し始めた。


「いいですか?魔王討伐クエストというのは、最高難易度のSランクに認定されています。お兄さんを見たところ、立派な装備をされているようですが、いきなり、Sランクなんて受理できません!」

「それは、すいませんでした。初めて冒険者ギルドに来たもんですから」

「構いませんよ。その志は、立派なものだと思いますしね」


 お姉さんがニッコリとほほ笑んだ。

 なんて、良い人なんだろう。

 俺は、受付嬢のお姉さんを好きになりそうだった。


 そして、お姉さんから冒険者の仕組み話について詳しく話を聞かせてもらった。


 まず、冒険者には、階級が存在している。

 その一番下がFランクだ。

 俺のような冒険者を始めようとする者は、まずFランクから始めることになる。

 そして、E、D、C、B、A、Sランクまでへと、ランクは上がっていく。

 ランクを上げるためには、地道にクエストを達成していくか、昇格試験を受けることを求められる。

 そして、このランクによって、受けられるクエストが変わってくるのだ。


 まず、Fランククエストでは、ほとんどが雑用になっている。

 町の清掃活動や、露天商の手伝い、門兵の代理など、ほぼ日雇いバイトに近い。

 そのため、副業として冒険者登録をして、Fランクの仕事をこなす者もいるそうだ。

 そして、Eランククエストから、町を出て、モンスターを討伐するようなクエストになってくる。

 モンスターのレベルは、成人男性が武装をしていれば、危なげなく倒せるレベルのものだ。

 Dランクからは、冒険者としての力量が試されるレベルになる。

 モンスターのレベルも上がっていくので、下手をすると、命だって失うこともありえる。

 その分、普通の仕事をするより、よっぽど高い報酬は得られるわけだが。

 よほどのことがない限り、ほとんどの冒険者は、Dランクまで上がっていくので、駆け出し冒険者が目指す目標はDランクになる。 


 さらに、上のランクであるC、Bランクになると常人では到達できない。

 冒険者の町であるハウラスでも、その割合は非常に少ない。

 なぜなら、並外れた身体能力や、高い魔法のセンス、特殊能力の持ち主のように、秀でている能力が無ければ、クエストをこなすことが難しいからだ。

 まさに、天性の才というやつだ。

 Cランクを目指す冒険者の多くが、クエストに挑むが、その過酷さで道半ばで死んでいく者が大勢いるそうだ。


 そして、さらにその上であるAランクは、偉業者の証。

 都市部で国家級の危機を救った者や、魔王軍の幹部クラスを打ち倒した者に与えられるランクだ。

 Aランクになれる者は、特別な人間の中でも特別で、この町には、Aランク冒険者は存在しない。

 最上ランクのSランクに至っては英雄級のもので、吟遊詩人に語り継がれるような偉業を達成した者たちに与えられる称号のようだ。

 なので、歴史上に3人しかいないそうだ。


 といった感じで、ランクについて、一連の説明を受けた。

 俺が目指そうとしていた魔王の討伐は、最上位のSランクであり、それがいかに過酷なものかということを思い知らされる結果になった。

 だが、まだ身を引くには早すぎる。

 異世界転生した俺には、英雄級の力が眠っているかもしれない。


 なので、とりあえず、俺は冒険者登録をお願いした。


「では、冒険者登録を始めますので、こちらの申請用紙に記入をお願いします」


 そう言って、お姉さんから、1枚の用紙を受け取った。

 俺は、名前から年齢など書いていくと一つの空欄で筆を止めた。

 『住所』の欄だ。

 見ず知らずの異世界に住所など持っているわけなく、空欄のままで出すことになるのだが、それで大丈夫なのだろうか。

 自分が住所不定の怪しい人物になるとは、思いもよらなかったので思案にくれた。

 すると、その様子を心配したのかお姉さんが優しい口調で尋ねてきた。


「あの、どうかしましたか?」


「実は、その、訳ありで……」


 俺は、正直に事情を抱えていることを説明した。

 なんだか、この笑顔のお姉さんなら、許してくれそうな気がした。

 しかし、お姉さんは怪しい人を見るような目つきで俺をまじまじと査定し始めた。


(やっぱり、駄目だったか……)


 ここまで来て、冒険者になることもできないのかと諦めかけそうになっていると。


「あの、もしかして、その恰好は勇者様ですか?」

「あ、はい。一応、そうなるみたいですけど」

「やっぱり、そうだったんですね!いきなり、魔王討伐なんて、おっしゃるから変だなと思ったんですよ!勇者様なら、この用紙の記入は不要ですよ!」


 そう言って、お姉さんはすいませんでしたと、深々と頭を下げてきた。


 え、この恰好だけでいけちゃうの?

 正直、終わったと思っていたが、何とか首の皮1枚で繋がったようだ。

 だが、大丈夫なのか、これ。

 勇者詐欺とか流行らないか。

 あっさりと信用されたことで返って心配になった。


「では、勇者様。こちらのカードをどうぞ。これが冒険者カードになります。勇者様の身分を証明するものになりますので、決して無くさないでくださいね。そして、こちらでステータスの確認ができるので、触ってみてください」


 俺は、お姉さんから、冒険者カードを受け取った。

 カードに触れると、早速俺の名前と顔が登録された。

 一体、どういう原理なんだ。

 そして、ステータスも同時に表示されたので、さっそく、自分のステータスを確認してみる。

 どんな能力があるのかワクワクするな。


『レイジ』

 レベル1 職業:勇者


 HP       18  

 MP  0

 攻撃力  1

 防御力  1

 魔力  1

 素早さ   1

 ツッコミ力  999


 

 ん??

 見間違いかと思い、表示されたステータスをもう一度、確認した。

 それでも、同じ数字が目に見えた。


「何だよこれ!ツッコミ力、999!?」

 

 冒険者カードを左手で持ち換えてみたが、そのステータスは変わらなかった。

 お姉さんにも、見てもらい確認を取る。


「このステータス表示、間違ってないですかね?他のステータスも低いように見えますし」


 お姉さんは、俺の冒険者カードを見て、言葉を失った。

 その様子に俺は不安を覚える。

 すぐに、これは故障ですね、と言ってほしかった。


「冒険者カードに記載ミスは、起こりません。残念ですが、これが勇者様のステータスとしか……」


「本当にこれが俺のステータスなんですか?」


 俺の問いにお姉さんは少し肩を揺らした。

 変なステータスが表れたことで、俺のことを心配しれたのかもしれない。

 なんて、優しいお姉さんなんだ。


「はい、私もこんなステータス、見たことないので、ビックリしました。ツッコミ力が99、ブフッ」


 お姉さんが最後まで言う前に吹き出した。

 そして、絶えずお腹を抱えて笑いだした。


「なんですか、このステータス。ネタ以外のなんでもないじゃないですか。こんなツッコミ力が高いなら、勇者より芸人やった方がいいんじゃないですか」


 アハッハハハとお姉さんの笑いは止まらなかった。

 そこには、先ほどのまでの優しいお姉さんの姿は無かった。

 ただただ、俺の能力見て笑うドSの女性がそこにいた。


 俺は、お姉さんのあまりにもな豹変ぶりに驚きを隠し切れない。

 そして、なんだか胸が苦しくなっているのを感じていた。

 あれ、なんだろう、この気持ちは。

 自分のステータスが残念だったことに対する感情ではないこと確かだ。

 そして、お姉さんは間髪入れずに告げてくる。 


「このツッコミ力は本当にすごいですよ!旅芸人の方でも、ツッコミ力は10くらいが普通です。なので、勇者様は、旅芸人100人分のツッコミ力ですね」

「何それ、全然嬉しくないよ!旅芸人が100人いて、何になるんだよ!」

「きっと、楽しい宴会になりますね」

「宴会やりたくて、来てないから!冒険者やりたくて、来たんだよ!」

「このステータスの低さでは、何のモンスターも倒せませんよ」


 所々で、笑いながらのお姉さんにそう忠告された。

 もはや、笑いを堪えるつもりもないようだ。

 むしろ、小バカにしにきてる感じも受けられる。


(くっそ、全然、納得いかない!異世界転生して、こんなステータス、ありえないだろ!)


 俺は、勇者のはずだろと思っていると、突如冒険者カードが音を立てて反応した。


【職業が『勇者』から『ツッコミ勇者』になりました】


「やってられるか!!」

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