第39話 決意

「ただいま」


「はるくん!」


心配かけたみたいだね


(いつも心配してるよ)


「大丈夫?なんともないよ。それよりどうだった?」


「大丈夫。ちゃんと録れてるよ」


「良かったよ。突然だったから不安だったけど上手くいって良かったよ」


「バイト休ませちゃってごめんね」


「こっちの方が優先度高いからね。なっちゃんが一人で先走らなくてよかったよ」


熱くなり過ぎるのもね


(冷静だったと思うけど?)


一人で飛び込まなかったのはね


「訴えるかどうかは秋穂次第だし、俺達は予防線を張れたから良かったかな?これでちょっかいかけてこなければいいけどね」


「そうね。このことは秋穂に伝える?」


「……機会があればね」


「そっか」


「変わらないからね」


「えっ?」


「事実がどうであれ変わらないよ。俺の隣にいるのはなっちゃんでしょ?」


「……うん。でも……」


「秋穂に悪いって思ってるの?」


「正直わからない。でも良かったとは思えない」


「そうだね。でも過去に戻ることはできない。現状を受け入れるしかないんじゃないかな?変えられるのは将来だけだよ?」


「それって……」


「俺達の将来は変わらないよ?変わるのは秋穂の将来。でもそれは自分で変えなきゃいけないでしょ?」


「そう……だね」


「心配しなくてもどこにも行かないから」


「うん、信じてる。だから、危ないことはしないでね?」


「了解」


♢♢♢♢♢


「はぁ〜、調子乗ってんなぁ」


個室に1人取り残された冬馬は飲みかけていた焼酎を一気に飲み干した。

久しぶりに見た春斗の堂々とした姿。

最近は弱々しい姿しか見てなかったから忘れていたが、元々春斗は明るくしっかりとした性格だった。中学時代、教師や大人から信頼されていたのは春斗のそんな一面からだった。


「大人になったしな、秋穂の時みたいには

いかないか」


自分に不利な手札まで握らせてしまったのは不用意だったとしか言いようがない。春斗がいることは想定内だったが、裏を取ってきたのは完全に想定外だ。


「どうすっかなぁ、別に無理する必要はないけどやられたままってのもな」


冬馬としては夏希に固執する必要はない。むしろ今となってはデメリットしかない。

グラスを回し焼酎の渦を見つめながらさっきまで対峙していた春斗の表情を思い出す。


「はっ!女の前だからってイキがりやがって」


いつの間にか空になっていたグラスに春斗の顔を重ねる。その表情は地元の商店街で見た秋穂に裏切られたと知った時のもの。


「上手く立ち回れば秋穂も使えるか」


面倒になって捨てはしたもののリスクの元凶でもある秋穂をコントロールすることができれば自分が圧倒的に有利になれる。


「多少強引にでもヤっちまえば言うこと聞くだろう」


店員を呼びビールとつまみを追加して気持ちを切り替える。


「お待たせ致しました。生中とどて煮になります」


運ばれてきたどて煮に舌鼓を打つ。


「旨いな、さすが編集者セレクトの店だぜ。これから楽しませてもらえそうだぜ。とな」


♢♢♢♢♢


「なつ!」


「あ、おはようございます」


「おはよう、昨日あれからどうだった?なんともなかった?」


「あっ、そっか柴田さん聞いてたんですね。はるくん、彼と一緒でしたので何も問題ないです」


「あらやだ。誰が惚気ろって言ったのよ。こっちは心配して全然寝れなかったのに」


「それはすみませんでした。ちなみに柴田さん。何時に寝たんですか?」


「ん〜?2時には寝たかな?」


「いつも通りじゃないですか!」


ネタ?


(じゃないけどね)


「あはははは。多少の心配はしたけどね。なつから誘ってたってことは勝算ありってことなんだろうなってね。それが彼氏くんだったのね」


「残念。違いますよ」


「えっ?違うの?じゃあどんな手使ったのよ?」


「違うって言うのは彼じゃなくって婚約者ってことです。婚約者ですからね?」


「はっ?結局惚気?しかも重要ですと言わんばかりに2回言ったね?」


(重要でしょ?)


あ〜、まあ、ん〜?どうなの?


(重要なのよ、重要!)


2回言ったね!


「えへへへへ。式には呼びますからね」


「嫌味な後輩ね!独り身の私に見せつけるって訳ね?いいでしょう。なつも立派な社畜に育ててあげるから」


「いやいや、待ってください!柴田さん結婚前提でお付き合いしてる彼氏さんいましたよね?」


「いつの話してるのよ!半年前にフラれたわよ!リスケに継ぐリスケ!どれだけリスケを繰り返してもデートができないあげくに社畜の君とは結婚できないよって言われたのよ!」


「え、え〜」


「ふふふっ、なつだって立派な……いたっ!」


「なに後輩いじめてるのよ。パワハラよパワハラ」


「いった〜、朝から何するのよ、みっちゃん!」


「神谷さん、おはようございます。昨日はいろいろ勉強させていただきありがとうございました」


「おはよう新見さん、昨日はお疲れ様」


「ちょっとみっちゃん!私はスルー?」


「わ・た・しが先輩!」


「お、おはようちゃん」


「新見さん、こんな風にならないようにね」


「はい」


「はいじゃないでしょはいじゃ!そこは否定しなさい」


「もう、私板挟みじゃないですか」


「悩みなさい新人さん」


「悩むところ違いますよね?」


「まあいいじゃない。なつだけ幸せにさせてたまるか!」


「あら?私も幸せですけど?」


「神谷さん、ご結婚されてるんですか?」


「うん、2年目よ。まだまだラブラブ」


「チッ!」


「舌打ちしないのしばっちゃん。さ、こんなところで立ち話もなんだからさっさと出社するわよ」


あなたのまわりは面白い人ばかりだね


(そう?)


「ただいま〜」


「お帰り。今日は遅かったね」


「昨日の取材の記事をまとめるのに時間かかっちゃった。ごめんね家事任せちゃって」


「いいよ。今までなっちゃんに任せちゃってたんだから。これからはちゃんと分担しようね」


「結婚に向けて?」


「うん。お互い無理しないようにね」


「はい。了解です」


あなたが働き出して変わったこと、変わらないこと。


(負担増やしちゃったね)


分担だよ


2人の将来のために、ね

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