第38話 本番

「久しぶり……だな冬馬。水族館以来か」


「……無粋なヤツだな。せっかくのなっちゃんとのデートなんだから自重してくれよ」


「私はデートになんて誘ってない」


「相変わらずつれないね。まあいいや。とりあえずなんか注文させろよ」


(呑気なものね)


彼らしいよ


「おまたせしました。森伊蔵になります」


「さすが大手企業のホープともなれば羽振りがいいな」


「先輩達に教えられてな。お前は将来有望な国立大学の学生さんってとこだろ?」


「ただの学生だ」


「まあいいや。とりあえず乾杯でも—」


「しないよ」


「クックック、ですよね。で、なっちゃんが今日誘った理由は何?」


「……秋穂のことよ」


「ああ、意外な理由だったわ。そんなに仲良くなかったよな?」


「そうかもね、でも姉妹よ」


「で?何が聞きたい?別れた理由?」


「……まずはそれから」


(随分と余裕があるのね)


確信めいたものがあったんだろうね

僕らは何も知らないって


「ま、いっか。単純に遠距離になったからだよ。まあ、そこまで好きじゃなかったんだろうな」


「無難な答えだな」


「まあ、お前から奪っといて何なんだけどな。そんなもんだろ?」


「知らないよ」


「秋穂と話はしたの?」


「いや、特に。泣かれでもしたら面倒じゃん」


「誰の責任よ!」


「なっちゃん」


「自己責任ってやつだろ?俺じゃないぞ」


「最低!」


「やれやれだな」


(人って残酷になれるものなのね)


そうかもね


「飽きただけだろ?」


「……よくわかってらっしゃるな」


「そんなことだろうと思った」


「はるくん、よく冷静に喋ってられるね」


「なっちゃんのおかげで冷静だね」


(周りがエキサイトしてるから逆に冷静になれた?)


それもあるかもね

でも一番は安心感かな


「で、それだけじゃないんだろ?秋穂の名前が出てきたってことは何か聞いたんじゃないの?」


「そうよ!秋穂を襲った上に写真撮って脅してたってどういうことよ!」


「へぇ、あいつ言ったんだ。墓場まで持っていくかと思ってた」


「その言い方だと本当みたいだな」


「まあな、でも春斗。お前のせいでもあるんだぞ」


(責任転嫁も甚だしいわ!)


落ち着こうね


「春斗が抱いてくれないって悩んでたんだよ。私魅力ないんじゃないかって。だから教えてやったんだよ。無理矢理にでも抱きたくなるくらいだってな」


「……信じられない」


「写真まで撮ってか」


「ま、常套手段だろ。写真で脅すなんて。それでも2、3回ヤった後は自分から誘ってくるようになったぜ?俺のテクに溺れちまったわけだな」


「あなたね!」


「なっちゃん、とりあえず落ち着こう」


「頭悪い女は扱いやすくていいけど魅力ないんだよな。なっちゃんなら魅力満点だけどね」


「見境ないな」


「お前に言われたくないけどな。妹の次は姉って姉妹丼……じゃねぇか。秋穂とはヤってないんだしな」


「なっちゃん」


「何?」


「先帰ってくれる?」


「えっ?」


「いいから、ちゃんとタクシー使ってね」


「おいおい。こんな個室で野郎とサシ飲みなんて勘弁だぜ」


「まあそう言うなよ。少しの時間だ」


「はるくん」


「……」


「うん、後でね」


(きみは悪い人だね)


そうかもね


「さてと。腹割って話すか


「懐かしい呼び方だな」


「お前が言い出したんだぞ冬馬」


「だったかな。覚えてねぇよ」


「まあいいや。仕事どうなんだよ?いろいろと不正問題で揺れてる業界だろ」


「……うちは関係ねぇよ」


「だな。挙母はなかったな不正は」


「何が言いたいんだよ」


「不正はなくても不義理ではあったな」


(どこかのメーカーのお偉いさんの女優との不倫報道ね)


だね


「常務の不倫かよ。あんなの問題にする方がおかしいだろ」


「まあ、同意の上だろうしな。でも強姦だとどうだろうな」


「あっ?」


「ヒラ社員とは言え天下の挙母自動車の社員が強姦の上、脅迫してましたってマスコミの美味しい餌になるんじゃないか?」


「はんっ!何を言い出すかと思ったらそんなことか。立証できんのかよ?」


「自白しただろ?」


「それをどうや……てめぇ、録音してやがったな。スマホ出せよ」


「バカだなお前。なんのためになっちゃんを先に帰らせたと思ってるんだ」


「用意周到だな。でも音声だけじゃ証拠不足だな。加工した可能性もある」


「専門家が調べればわかるけどな」


「そこまでコストかけるか?」


「本当に音声だけか?」


「はっ?さすがにカメラは……」


「どうだろうな?でもお前が持ってる秋穂の画像があれば証拠として十分だろ」


「こっちの切り札まで潰しにきやがったか。お前が秋穂にそこまでしてやる義理なんてねぇだろ」


「勘違いするなよ。秋穂のためじゃない」


「なっちゃんのためか」


「一応気にしてるんだ。姉妹だしな。それにお前が下手に手出しできないようになっただろ?」


「なるほど。大学に行って悪知恵まで覚えてきたって訳だ」


「悪知恵って、お前に言われたくないけどな」


「言ってろよ」


「安心しろよ。俺もなっちゃんも今後お前に関わるつもりはないから。お前だってせっかく手に入れた社会的地位を失いたくないだろ?」


「……」


「せいぜい秋穂に刺されないように気を付けろよ。じゃあな。会計は済ましておいてやるよ」


(何を考えてたのかしらね?)


さあね?反省してるようには思えないよね


「……調子に乗りやがって!」


「この落とし前、どうつけてやろうな?」


何があってもあなたに危害は加えさせない


(私はきみが傷ついて欲しくなかった)


これはまだ結末ではなかったんだよね

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