第37話 前戯
「おはよう、なつ。急な変更で悪いわね」
「あ、柴田さん。おはようございます。予定が変わることはよくあるって藤田さんには常々言われてますから大丈夫ですよ」
(アポなしの追加取材なんてよくあったよ)
アポなし?
(現場で決めればいいって)
「ふふふ、予定打ち壊す張本人が偉そうに」
「柴田さん、悪役みたいになってますよ」
「あら、ごめんなさいね。で、今日の予習はちゃんとしてきた?」
「バッチリです。香嵐渓なんかは学生の時にも行ってますから予備知識はありました」
「よし、あとは伝える側としてちゃんと仕事してきなさいよ」
「了解です。ちなみに今日のパートナーはどなたですか?」
「あ、ごめん。私だったや。ついつい送り出すような言い方してたね」
「ま、まあよくあることですよね」
「なつ、それフォローになってないわよ」
「え〜、それはないですよ〜」
あなたとは気が合いそうな人だね
(どういう意味かな?)
無自覚なところ?
(失礼だね)
どっちに対して?
「スケジュールは昨日送った通りね。奥の方から攻めて最後に元町工場の祭りね。運営委員の人が対応してくれるから」
「わかりました」
「新見さんとは初だね。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。神谷さん」
「みっちゃんは若いけど学生の頃からコンテストで入賞してるくらいの腕前だからなつもいろいろ教えてもらうといいよ」
「先輩に対する敬いがない!知ってる?私の方がしばっちゃんよりも先輩だからね?」
「えっ?そうなんですか?仲良いから同期なんだと思ってました」
「いやいや。私はまだ20代だけどみっちゃんはすでに三十路だから」
「よし!その喧嘩買ってやろうじゃないか!しばっちゃん表でな!」
「いや、お2人とも高速ですからね?おとなしく座っててください」
♢♢♢♢♢
「よしっと、こっちはOKだよ」
「本日はご協力ありがとうございました」
「新見さん、どう?」
「はい、とりあえず書き殴っておきました。あとはこれをブラッシュアップしていきます」
「取材しながら頭の中でできるようにならないとね。とりあえず場数こなすしかないかもね」
「はい、頑張ります」
「さて、この今日は移動が多いから要領よく行くよ。という訳で五平餅買ってくるから車で待っててね」
「あっ、へっ?」
「ほらっ、ちゃっちゃと行くよ」
「でも、私が一番下っ端なんで買いに行ってきますよ」
「なつは運転手でしょ?休めるときは休みなさい。メリハリつけなきゃね」
「あ〜、了解です。とは言ってもパートナーによりますので柴田さんのときはそうさせてもらいますね」
「まあ、それはそうなんだけどね、あっ!みっちゃん帰ってきたよ」
「おまたせ〜、焼きたてホヤホヤだよ。さっさと食べて次のとこに行こうぜ〜」
軽い感じの人なんだね
(後輩にみっちゃんって言われるくらいだからね。でもみんなに慕わられてるのよ)
「神谷さん、いただきます」
「どうぞ〜、口の周りに味噌いっぱいつけながら食べてね」
♢♢♢♢♢
「よし、いい時間についたね。実行委員はテントにいるって言ってたけど……、あった!ちょっと私挨拶に行ってくるね」
「よろしく、じゃあ新見さん。私達は取材の準備するよ」
「了解です。私タブレットあればいいのでカメラバッグ持ちますよ」
「大丈夫?結構重いよ?」
「平気です、私こう見えても……、なん、で?」
「新見さん?」
(見間違いであって欲しかった)
「あれっ?」
(見間違いだと思い込みたかった)
「なっちゃんじゃない?」
「……冬馬、くん」
「おまたせ。取材許可もらったから、なつ?」
「あ、取材クルー?なっちゃんが?」
「ええと、あなたは?なつの知り合い?」
「幼馴染なんすよ、夏祭り実行委員の今井です。なっちゃんとは幼馴染なんす」
「幼馴染?じゃあなつの婚約者?」
「ふふふ。まさかですよ柴田さん。はるくんがこんな軽薄な人なわけないじゃないですか。幼馴染だからってみんなと仲良いわけじゃないですよ?」
「あ、そうなの?まあ、仕事できてることは忘れないでね。みっちゃん、なつと一緒に写真お願い。じゃあ今井さんはコメントお願いしてもいいですか?」
「あ、いいっすよ。美人にインタビューされるなんて緊張しますね」
「新見さん、行くよ」
「あ、はい。すみません」
世間は狭いね
(実感したよ。そのうち知り合いに会うとは思ってたけどね)
「訳ありみたいね」
「えっ?」
「幼馴染。彼のことはしばっちゃんに任せておきなさい。あなたは自分の仕事に集中ね」
「……ありがとうございます」
「ははははは、いいっていいって。ちゃんと先輩頼りなさい。それなりに人生経験積んでるから」
「さすがアラフォーですね」
「待ちなさい!私まだアラサーだからね?勝手に年齢層上げないで!」
♢♢♢♢♢
「なるほど、日頃からお世話になっている地域住民のみなさんとのコミュニケーションも取れるように一般開放されてるんですね」
「ですね。僕らも社員である前にこの地域の住民ですからね。言葉だけじゃなくて態度で表さないとね」
「さすが世界の挙母自動車ですね。自社のみならず地域貢献にも目を向けられていらっしゃるとは!」
「先輩方から代々引き継がれてきている考えなんでね」
「さすがですね。そろそろ時間ですね、本日はありがとうございました」
「いえこちらこそ。あ、この記事いつ載るんですか?」
「来月号に掲載予定です。委員長さん宛に一部送らせていただきますのでみなさんで読んでくださいね」
「あ、いただけるんすね。ありがとうございます」
「では私達はこの辺で。みっちゃん、なつ。そろそろ行こうか?」
「ん。こっちは大丈夫だよ」
「それでは伊藤さん、今井さん。本日はありがとうございました」
「あ、なっちゃん」
「……何?」
「せっかくだからこの後飲みに行かない?」
「私はまだ仕事」
「終わってからでいいよ。こっちもまだ片付けとかあるし」
(まさか仕事中に誘ってくるなんてね)
見境ないからだよ
「それ以前に、なんで冬馬くんと……」
「なつ?」
「……そうね。21時に栄の和時っていうお店に来てくれる?」
「お!デート成立だね。じゃあとりあえず連絡先教えてよ」
「いや、会えなければそれでいい。場所はスマホで検索してみて。私の名前で予約しておくから」
「……はいはい。っとこれでいい?」
「そこね。30分は待つからそれ以上遅れたら帰るからね」
「へいへい。じゃあ楽しみにしてるね」
「……」
「なつ大丈夫なの?」
「何がですか?」
「あまり仲良くないのよね、さっきの幼馴染」
「ですね。でも大丈夫ですよ」
「そう?気をつけてね」
(避けては通れない気がした)
(そのままにしておくなんてできなかった)
わからなくもないよ
(だから私は……)
「いらっしゃいませ」
「すんません。新見で予約してるはずなんすけど」
「あ、はい。お連れさまがお待ちです。ご案内しますね」
「失礼します。お連れさまがいらっしゃいました」
「なっちゃんお待た……せ。よう、久しぶりだな」
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