第31話 変わるもの変わらないもの

「はるくん、おかしいところない?」


春になってあなたは一足早く社会人になったね


(ピカピカの一年生よ)


年齢バレるよ?


(年の話はだめよね?)


だね


「ん。いつもよりも落ち着いて見えるね。大丈夫、今日も綺麗だよ」


「あっ!もう、違うでしょ。綺麗とかじゃなくってね?あっ、もう……ありがとう」


「おかしいところなんてないよ。落ち着いた雰囲気だよ」


(初々しさも欲しいけど落ち着きも欲しいのよね)


贅沢だね


(あら、女性って全部欲しがるのよ?)


欲張りなんだ


(学習したでしょ?いろいろと)


だね


♢♢♢♢♢


『春斗?』


「……秋穂か」


彼女の連絡先はすでに削除してあったんだ


(そうだよね)


でも、電話をかけてきたのは彼女だとしか思えなかったよ


(うん)


『そう!お姉ちゃんに連絡先教えてもらったんだ』


「教えてね」


『春斗、番号もアカウントも変えてるから電話もSNSも繋がらないんだもん。苦労したんだよ?』


「用件はなんだ?」


『用?そろそろ私が恋しくなってきたんじゃないかなって思ってね。私も悪いことしちゃったかなって思ってたんだよ?』


「そうか。もうどうでもいいから忘れてくれていい。恋しくなることも会いたいと思うこともない」


『そんな強がらなくてもいいんだよ?そうだ!私ね。就職したんだよ!だからね、週末会いに行ってあげるよ』


はっきりと伝えたかったんだ


(終わってるって?)


「くる必要はない。と、言うかこないでくれ。お前とは2度と会うつもりはない」


『は?何言ってるの?彼女と会いたくないって—』


「お前とはとっくに終わってるだろう。それを選択したのはお前だ。現状はなっちゃんから聞いてる。戻りたいところがあるなら冬馬のところにでも戻れよ」


「へぇ?春斗までお姉ちゃんなんだ。みんなしてお姉ちゃんお姉ちゃんって。いつもいつも私が欲しいものを奪っていく!』


(小さい頃から我慢してたみたい)


あなたと比較されてきたんだね


「自分で手放したんじゃないか。なっちゃんのせいじゃない」


『春斗だって、私を守ってくれなかったじゃない!私ね襲われたんだよ?冬馬くんに襲われて!写真撮られて!脅されて!春斗は全然助けてくれなかったじゃない!私だけ悪いみたいに言わないでよ!』


「はっ?襲われた?何を言って—」


『春斗にわかるわけないよね?私が悩んでたの、全然知らないよね?それなのに私だけが悪いの?ねぇ春斗、何か言ってよ』


「……そんな、なぜ今更そんなことを言うんだよ。脅されてたならなんで二股だったんだよ。何が本当のことかわからないよ!」


「はるくん?」


『私だって昔のことはどうでもいいわよ。いまさらなんともならないもん。だから春斗は反省して私のところに戻ってこればいいよ』


「反省?」


『そ、私を守れなかったこと。それで許してあげるよ。だから—』


「俺が守るべき人はお前じゃない。例えお前が言ってることが本当でも元に戻ることはない。冷たいと、最低と罵ってくれて構わない。お前とはもうこれっきりだ」


『何言ってるの?私は怒ってないんだよ?だから安心して戻っておいでよ』


「俺の居場所はここなんだよ。なっちゃんの隣が俺の居場所だ。お前は自分の居場所を探せよ。じゃあな」


『春斗?ちょっとま—』


(困惑してたね)


どこまでが本当でどこからが嘘なのか


(私達ではわからない)


「はるくん、大丈夫?」


「なっちゃん」


「教えてもらえる?」


♢♢♢♢♢


「おい今井。移動になったんだって?」


「そうなんすよ。4月から元町工場らしいっす」


「お〜、名古屋近くなって良かったな。お前どこも行くとこがないって嘆いてたもんな」


「波乗りするわけじゃないっすからね。乗るなら女の上っすね」


「お前、最低だな」


「自覚してるんで。まあ、それでも女に不自由してないのは人徳っすね」


「まあ、いいさ。本社も近くなるからあまり暴れるなよ」


「肝に命じときますよ」


♢♢♢♢♢


「許せない!」


「なっちゃん」


「確かに、どこまでが本当かわからないけど、冬馬くんの行動からすると十分に考えられる」


「そうだね」


「……はるくん」


「ん?」


「もし秋穂が言ってたことが本当だったら、はるくんは……ど、」


「いまさら俺にはどうしようもできないよ」


「うん」


「いま、俺にできることをするよ」


「できること?」


「なっちゃんを大切にすること。それしかできないから」


過去には戻れないから


(そうね)


「だから、心配しないでよ。俺はいつまでもなっちゃんと一緒にいるから」


「うん」


♢♢♢♢♢


「じゃあ行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい」


「……どうしよう」


「何が?」


「行ってきますのチューができないの!口紅が取れちゃう」


「あ〜、それは大変な悩みだね」


「あっ!小バカにしてるでしょ?」


「してないから。はい、おいで」


「ふふふふ。よくわかってらっしゃる」


「スーツじゃないからシワにならないでしょ」


(いってらっしゃいのハグ)


目で訴えてたよね?


(……よくわかってらっしゃる)


あからさまだったよ?


「ご飯遅くなるけどごめんね?」


「俺も簡単なものくらいならできるよ?」


「本当は全部やりたいんだけど、様子みてから相談させてね」


「もちろん。少しは頼ってね」


「いつも頼りにしてますよ?」


「そう?」


「うん。じゃあ、行ってくるね」


「はい、いってらっしゃ、んっ!」


「んっ、はぁ〜。やっぱり我慢できなかった。どこかでこっそり塗り直します。じゃあね!」


「まったく」


変わらないね


(変わらないよ)


好きだから?


(愛してるからよ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る