第30話 愛情

「ただいま」


あなたは僕の胸に飛び込んできたね


(私は上手に笑えてたかな?)


少しだけ寂しそうだったかな?


(そっか)


「おっと、おかえりなっちゃん。先輩方もおかえりなさい」


「うん。ただいま春斗くん。お迎えありがとうね。なつ、2人で話したいでしょ?私達電車で帰るからラブラブで帰ってね?」


「由季?大丈夫よ。はるくんがせっかく大きい車借りてきてくれたんだから一緒に帰ろうよ」


(気遣いできる優しい子なのよ)


愛されてるね


「遠慮しなくても帰ってからゆっくりイチャつきますので」


「あ〜、私も君みたいな彼氏が欲しいよ」


「涼子には無理かな?」


♢♢♢♢♢


「で、何があったの?」


「……うん。」


言いにくいかったの?


(どこから話せばいいのかわからなかったの)


気を使わせちゃったね


(大事なことだからね)


「なっちゃん?」


「うん、ちょっと長くなるかもしれないけど聞いてね」


「大丈夫だよ。最後まで聞くよ」


「うん、あのね—」


(きみは最後まで穏やかに聞いてくれたね)


驚いてたよ


(そんな素振りも見せずに私を気遣ってくれたよね)


あなたはひどく焦燥していたから


「……そうか」


「なかなか言えなくてごめんね」


「いや、謝らないでよ」


「もう関わることなんてないと思ってたでしょ?」


「どう、かな?将来的なことで言えばあるかもとは思ってたよ」


(ふふふ。ね)


そう。あなたとのね


「……そう、なんだ」


「まあね。家がどうのこうの言うつもりはないけど、あ〜、なんだ。ほらっ」


「ん?」


(照れてたの?)


……どうだったのかな?


「ね。まあ子供が生まれたりしたらってね」


「ん?あっ!うん!そ、そうだね。子供ね、子供。……私達の」


あなただって照れてたじゃないか


(真剣な話だったのに、突然うれしい話になったんだもん。ギャップ萌え?)


いや、萌えないよね


「俺たちはいいにしても子供がね」


「……はるくん」


「あっ!こらっ、まだ話の途中なんだから甘えないの」


「ふふふ。せめて、ね?」


「あ〜、膝の上に乗ったら顔見て話せないでしょ」


「大丈夫。はるくんが覗き込む、私は振り返る」


「ん?覗き込む、んっ、ってキスしたいだけでしょ!」


「えへへへ。そこに唇があるから」


「登山家じゃないんだから」


(うれしかったんだもの)


あなたには笑顔が似合うけどね


「あ〜、もう、話戻すからね」


「うん、ごめんね」


「たとえ秋穂から電話がかかってきても大丈夫だよ。もうなんとも思ってない」


「つらくない?」


「まあ、どんな理由があったのかはわからないけど裏切られた事実は許せないけどね。それでも」


「それでも?」


「いまは幸せだからさ。例え目の前に冬馬と秋穂が現れてもつらくはないよ。だって、そんな過去はもうどうだっていいくらいに今が幸せで将来が楽しみなんだからさ」


「……はるくん」


「なっちゃんのおかげだよ。なっちゃんに再会してなかったら、きっとまだ腐ったままだったよ」


ありがとう


(うれしい、私がきみの役に立てたのね)


「はるくん。もしもの時は私が隣にいるからね」


「頼もしいなぁ」


♢♢♢♢♢


「お父さん、お帰り」


「ただいま」


家に帰り娘の様子を見る。

ここ数ヶ月はそんな癖がついてしまっていた。


"妄想性障害"


心の病を患ってしまった娘に、支えてやれなかった後悔の念に苛まれる。


「ごはんは?」


「まだだよ。お父さん待ち」


「それは悪かったな」



「秋穂。最近仕事はどうだ?」


「お父さん、それしか話題ないの?いつも仕事どうだばかりだよ」


娘との共通の話題なんてほとんどない。

なので父親が娘に話題を振るときは自然と仕事の話題になってしまう。


「難しいこと言わないでくれ。そうだな、この前研修旅行に行っただろ。どこが良かった?」


「やっぱりパリは良かったよ。本番のブランドショップも行ったし。まあ、高いからあまり買えなかったけどね」


「ルーヴルは行ったのか?」


「一応ね。でも絵画なんて興味ないからあまりだったかな?」


「そうか」


「あとはねぇ、あっ!そうそう。モンサンミッシェルにも行ったよ」


「そうか、人気の観光地だな。どんな印象だっ……、秋穂?」


いつも通りの会話。

特に変わったことはなかったはず。


「そう!モンサンミッシェル!お姉ちゃんに春斗の連絡先をの。春斗が待ってるから電話しなきゃ!」


突然秋穂は興奮しまるで高校生の、春斗と付き合っていた頃のようにうれしそうな表情をした。席を立った秋穂はリビングを出ようとしていた。


「待ちなさい秋穂。連絡するにしてもごはんの後にしなさい」


おかしいということにはすぐ気がついた。

夏希が教えるわけがないと知っているから。

なにが本当で嘘なのか。

秋穂自身は自分の言っていることは正しいと思っているわけだから、表情や声色で判断することはできない。


「春斗が—」


「慌てる必要はないだろう。まずは食べてからゆっくり電話すればいいだろ?」


刺激をしない、否定をしない。

娘にいま必要なのは愛情だ。

それはいまの表情を見てもわかる。

ならば今、父親としてこの子にしてやれることは何か?この子の望みは何か?


「夏希に嫌われるな」


「えっ?」


「いや、なんでもない」


これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

正論だろう。

彼にしなければならないのは謝罪だ。

それをした上でお願いをしなければならない。

夏希なら他にいい男を見つけることができるだろう。

でも、病を抱えたこの子を立ち直らせて幸せにできるのは誰か?


「ごちそうさまでした。あ〜、久しぶりに春斗と話すとなると緊張するなぁ」


彼の気持ちは関係ない。

もう一度、秋穂とやり直してもらおう。


秋穂の幸せはそこにあるんだから。

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