第20話 思惑

「あれっ?」


「どうしましたか?」


「……今更なんだけど私の成長期は終わってたんだなって実感したよ」


「ふふふ、並んでるとよくわかりますね。昔はお姉ちゃんの腕に抱きついて歩いてたのに、今だと少し屈まないといけないみたいですね」


「ちょっ、……確かに不格好になるわね。こうやって腕に抱きつかれるのなんて久しぶりよ」


抱きつく専門だもんね


(きみだけにね)


「今は兄さんに抱きついてばっかりだからですね」


「ふふ、羨ましいでしょ?」


「べ、別に羨ましいなんて……、それにもう成長の必要ないですよね?」


「ちょっと桜ちゃん、怖い目で胸見ないでくれる?」


「お姉ちゃん、自意識過剰だと思いますよ?いくら私の胸がお粗末だからって人を羨むようなことはしませんから」


コンプレックスだったの?


(繊細な話題だから触れちゃだめよ)


触れると変態扱いだよね


(うん)


「桜ちゃん、そっちはどんな感じなの?」


「……おじさんが謝りにきてくれてから、おばさんには避けられるようになったよ。お姉ちゃんの前で言うのも申し訳ないんだけど、それまでは蔑むような目で見られてたから」


「ごめんね桜ちゃん。つらい思いさせちゃったね」


「ううん。お姉ちゃんは悪くないしお兄ちゃんも悪いことなんてしてないって思ってたからそんなに辛くはなかったよ。それでもね……、は許せない。お兄ちゃんを裏切った上に反省なんて全くしてない。おじさんが家に連れてきたときも他人事のように笑ってた。あんな人のせいでお兄ちゃんは!」


「そう、やっぱりあの子は反省してないのね。きっと自分達がしたことを理解してないのね」


わかってたことだよ


(……それでもね)


関わる必要がないんだよ


(うん)


あなたが隙間を埋めてくれたから


(それならうれしいよ)


「こんなに他人が憎いって感じることがくるなんて思わなかった。私ですらこんな気持ちになるんだからお兄ちゃんがどれだけ苦しんだのか想像すらできないよ」


「うん。4月に再会した時、はるくんは私の顔を見て『秋穂』って。すぐにトイレに駆け込んで吐いたみたいなの」


「そんなに……」


普通なら間違えないのにね


(仕方ないよ。ショックだったけどね?)


ごめん


「しばらくは大変だったよ。口数少ないしご飯もあまり食べてくれなかったしね。夏過ぎくらいからかな?受け身だったはるくんが少しずつ話しかけてくれるようになって、ご飯も残さず食べてくれるようになったの。うれしくってちょっとだけ泣いちゃった」


知ってるよ


(あはははは。バレてたんだね)


うん


ありがとうね


「お姉ちゃん、これからもお兄ちゃんのことお願いします」


「あ、こらっ!頭なんて下げないの。私がはるくんと一緒にいたいだけなんだから。再来年、桜ちゃんがくるのを楽しみにしてるからね」


「うん。勉強がんばらないとね」


♢♢♢♢♢


「よし!これで落ちねぇ男はいないだろ!」


るんるんぶの部室には有志が数人で1人の女子生徒を取り囲んでいた。


「ちょっと堀くん。これ完全に君の趣味だよね」


中心にいる女子生徒を見た上級生がため息混じりに呟いた。


「いや、これは男の欲望が詰まった正しいJDファッションってやつっすよ。俺の趣味じゃなくて男の総意っす!」


堀が指差す女子生徒は白のタイトなニットワンピースに黒のニーハイとロングブーツという出で立ちだった。幼い顔つきに主張し過ぎている身体の凹凸。


「まあ確かにエロいな」


「さすが部長、やっぱりこれくらい攻めないとだめっすよね。普段からなつさんと一緒にいるんだからそんじょそこらの女なんて眼中にないはずっす。だからこその美樹セクシーバージョンっすよ」


それを見た由季が盛大にため息をつく。


「はぁ〜、あなた達本当にそんななことするの?」


「た、確かに私なんかじゃ夏希さんに勝てるところはありませんけど、残り少ないチャンスなんだから夏希さんとお話ししたいんです」


美樹は両手っ握り拳を作り力強く訴えた。


「あ〜、美樹ちゃん。そういうことじゃないんだけどね」


「まあまあ雨宮、好きにさせてやれよ。今までサークルの中心だった新見がいなくなったんだからこいつらの気持ちもわからんでもないけどな」


「でもね名倉くん、それで無関係の春斗くんにまで迷惑かけるのはどうかと思うよ。まあ、無駄なんだけどね?」


由季には確信があった。

深いとは言えない春斗との関係ではあるが、これまでの彼の言動や親友から聞かされた話、まあその大半が惚気話ではあったがそれらのことを考えても彼が夏希以外の女性に身を奪われることすらしないことを。


「いいか美樹ちゃん。身の危険を感じたら俺に連絡してくれ。すぐに駆けつけるからな」


「ありがとうございます堀先輩。それはわかったので少し離れてもらっていいですか?」


興奮のあまり美樹の両手を自らの手で包み込んだ。自然と2人の距離は近くなる。しかも堀の眼下には大きく開いた胸元から主張する美樹の双丘。知らず知らず堀の鼻息が荒くなっていたことに気付いた美樹が嫌悪感を露わにしていた。


「あっ、わりぃ」


慌てて離れたが他のサークルメンバーからも白い目で見られたことは言うまでもない。


「最低ね堀くん。自分の劣情を満たしたいがために美樹ちゃんを利用して。まさかと思うけど撮影なんてしてないよね?」


訝し目な表情で堀を見る由季に気後れした堀であったが、ここはちゃんと否定しないと今後に影響が出ると思い。スマホごと由季に渡した。


「確認してください。俺は潔白っす。ちょっと屈むと谷間が見えてお辞儀するとパンチラしてようが見えてしまったもの以外は全て濡れ衣っすからね?」


「それなら怪しげな言動は控えるべきよ。現に美樹ちゃんはドン引きだからね」


「堀先輩のためにこんな格好したわけじゃありませんから。私が夏希さんとの時間作るためですから。勘違いしないでくださいね」


美樹の堀を見る目は、汚いものを見るかのような冷たいものだった。


「ひぃ。ま、まじでごめん」


「美樹ちゃん、その辺で許してあげて。次に変な動きしたら私が責任持って対応するから」


「由季さんがそう言ってくれるなら……」


「よし、とりあえず新見の件は置いといて勧誘活動頑張ろう。新入生が入ってこなければ新歓やる意味ないからな。堀、期待してるからな」


名倉の問い掛けに気を良くした堀はサムズアップで応えた。


♢♢♢♢♢


「もしもし由季、どうしたの」


『ごめんねなつ。今電話大丈夫?』


「かわいい妹とデート中だから手短にしてよね」


『えっ?なつ確か』


「正確にはかな?今はまだ妹分よ」


知ってたんだね


(親友だからね。姉妹の仲があまり良くないことは話してたの)


『あ〜、春斗くんの妹ってことね。それにしても妹の前でもそんなこと言えるんだ』


「ちっちゃい頃から知ってるしね。これからもお兄ちゃんをよろしくって言ってくれたよ?」


『はいはい。手短な話を希望だったから惚気話は今度ね』


「何よ〜」


惚気話なのかな?


(う〜ん。そうなんじゃないかな?)


『とりあえず本題に入るわよ。なつ、サークル勧誘には来てくれるんだよね?』


あの人垣は凄まじいよね


(私の時も凄かったよ)


「うん、もちろん行くよ」


『でも新歓は不参加なのよね?』


「あ〜、うん。ごめんね由季。前に説明した通りだから。付き合い悪いとかサークル幹部なのにとか言われてるのかも知れないけど、はるくんに部屋で1人でご飯食べてもらうつもりはないから。そんなことするくらいならサークル辞めるよ」


ごめんね


(謝らないで。私がきみと一緒にいたかったの)


『ふふふ。結局惚気られちゃったか。ちょっと話さなきゃいけないこともあるから勧誘だけはお願いね』


「了解」



「ごめんね桜ちゃん」


「ううん、気にしないで。サークル?」


「うん、街歩きサークルに入ってるの。来週の入学式で新入生を勧誘するから来てねって連絡」


「お姉ちゃん目当てで入る男子もいるかもね」


「ふふふ、残念。私には大好きな彼氏がいますって言うわよ」

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