第7話 溺れ堕ちる

「ねぇ冬馬くん、男の子から見て私って魅力ないかな?」


公園のベンチに座り問いかけた。


「は?何ばかなこと言ってるんだよ。お前普通にかわいいだろ。胸だってある方だし。全然イケてると思うぞ。なんだよ、春斗にそう言われたのか?」


「ううん。春斗はそんなこと言わないよ。でも付き合って半年も経つのに春斗からキスすらしてくれないから。私って魅力ないんじゃないかってね」


「バカだなお前。俺だったら即押し倒してるぞ?こんな風にな」


突然冬馬に抱きしめられた秋穂は抵抗する間もなく唇を奪われた。


「ん〜!何するの冬馬くん、離して!いやっ!んっ、うぅん、はあはあ」


力で敵うわけもなく、秋穂の身体は冬馬の好きなようにされてしまった。

冬馬の手にはスマホが握られており、その一部始終を収められてしまっていた。


「わかってるよな?」


冬馬はスマホを秋穂に見せつけてた。


「また連絡するからな」


その場に1人取り残された秋穂はただ泣くばかり。


「なんで?なんでこんな—」


これ以降、秋穂はことあるごとに冬馬に呼び出されては身体を弄ばれた。

冬馬のスマホには秋穂のあられもない姿の写真や動画が収められており、断ればネット上に拡散すると脅された。

されるがままで争う術もない秋穂は、春斗や両親にも相談できずに耐えるしかなかった。


精神が蝕まれる中で、秋穂に変化が訪れてきた。


「あっ、ふぅっ、あん」


嫌悪している冬馬との行為の最中、快楽を覚えるようになってしまったのだ。頭でも心でも拒否してるのに身体だけは冬馬を受け入れてしまっている。


それを自覚しはじめた秋穂の心に、冬馬の何気ない一言が届いてしまった。


「お前、1番いいな」


正常な精神状態であればバカにしてるとも受け取れる言葉だが、今の秋穂には認められたという思いを抱いた。


幼い頃から優秀な姉と比べられていた秋穂は両親から顧みられることもなく育っていた。

そんな秋穂を姉は気遣ってくれていたが、恵まれた環境にいる姉にされることを素直に受け入れることは出来なかった。


そんな秋穂の心の拠り所となっていたのが幼馴染の春斗だった。

お父さんがほめてくれなくても春斗がほめてくれた。

お母さんが心配しなくても春斗が心配してくれた。

私がさみしいとき、いつも側に寄り添ってくれた。

だから私は春斗に依存した。


そう。


好きじゃなくて依存。


春斗は私を求めてくれない。

冬馬くんは私を求めてくれる。


じゃあ春斗はいらない。


求めてくれないならいらない。


秋穂の中で何かが壊れた。


今まで無理やりされてたセックスにも積極的になった。

自分から冬馬を誘うようにもなった。

春斗の存在が疎ましくなった。


自分から連絡しなくなった。

学校にも1人でいくようになった。

デートも断るようになった。


「ねぇ冬馬くん。春斗と別れるから付き合って」

すでに冬馬しか見えてない秋穂には当然の選択だった。

「付き合うのはいいけど春斗とはまだ別れるなよ。親公認だろ?お前の浮気だって思われると後々やっかいだ。とりあえずはこっそりな」

「うん。それでもいい」


二股


小さい頃から春斗が好きだった自分がこんなことするなんて想像すらしていなかった。

本当なら春斗とは早く別れたい。

でも冬馬に別れるなと言われた。

ならば別れられない。

全部冬馬に任せておけばいい。


冬馬会うときは決まって身体を重ねる。

2人にとってそれが1番の目的だった。

だからあのクリスマスの夜、夏希に会ってしまったのは偶然が重なったできごとだった。


いつもなら冬馬の家や公園、近くのホテルで過ごすことが多かったのだが、少しクリスマス気分を味わいたかった秋穂が駅前のホテルに冬馬を誘ったのだった。


「まさかなっちゃんに会うとはな。油断してたな」

「たぶん大学戻るところだからすぐにお母さんに伝わるってことはないと思うよ。とりあえず帰ってきたときには注意しないとね」


浮気と指摘され、思わず春斗と別れたと言ってしまったために夏希以外の人にバレないようにしなければいけない。


幸いにも夏希は下宿先に戻る途中で、実家にも頻繁に戻ってくるタイプでも積極的に連絡してくるタイプでもない。


あとは嘘をどうやって真実にするか。


そして季節が変わった夏のある日、はやってきた。


『秋穂!お前、俺との約束ドタキャンしといて何してるんだ』


♢♢♢♢♢


秋穂が母に話したのは浮気は自分がしていたということだけ。その事実だけ伝えれば十分だった。


「あなたが浮気をした。春斗くんは悪くない。そういうことね?」


母は頭を抱えながら秋穂に確認した。


「そう」


秋穂は俯きながら短く答える。


「はぁ、本当にろくでもないことしでかしてくれたね」

ため息を吐きながら悪態をつく。


しばしの沈黙が訪れる。

時計の音が妙に耳に響く。


「……さい」


「えっ?」


母の言葉を聞き取ることが出来なかった秋穂に、


「嘘を突き通しなさいって言ったのよ。これは私達だけの秘密にするわ。夏希にも黙ってなさい。何か言われたら誤魔化せばいいから」


意外な言葉に秋穂は呆然としてしまった。


「今更、今更どのツラ下げて謝れって言うのよ。幸いにも春斗くんはもういない。きっと実家に戻ってくることはないでしょう。古川さんもあんたには近づけないって言ってるんだから」


「で、でも」


自分にとっては都合のいいことだが、あまりのことに頭が追いつかない。


「あんたに拒否権はないよ。これ以上、私の手を煩わせないでちょうだい」


秋穂はただ頷くしかなかった。

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