第6話 新見秋穂

「私ね、ずっと春斗のことが好きだったの。だからね、私と付き合ってくれないかな?」


高校に入学した4月。


秋穂は内に秘めていた春斗への想いを打ち明けた。家が隣同士の幼馴染。小さい頃からずっと一緒にいた春斗に特別な感情が芽生えたのは小5の時。

学校行事の一環で行われたキャンプの山登りの最中に足を踏み外して痛めてしまった。

「いった〜」

班行動だったため近くに教員もおらず、みんなも疲労のため手を貸す余裕もなかった。

「ごめん、私ここで待ってるからゴールしたら先生呼んでくれないかな?」

みんなの負担にならないように山の中に残ることにした秋穂は寂しさに耐えながら迎えを待っていた。

後からくる班も気にはしてくれるものの助けを呼んでいることを告げるとそそくさと行ってしまった。


「秋穂?」


顔を上げると見慣れた幼馴染の顔。

「春斗」


「どうした?怪我か?」


心配そうに顔を覗き込んでくる春斗に、秋穂は今までと同じ説明をした。


「ごめん、みんな先行って。僕は秋穂とゆっくり行くよ」

「春斗?」

助けを呼んでいるにも関わらずに春斗は一緒にいることを選択してくれた。

「全く。寂しがり屋のくせに無理しちゃって。そろそろ暗くなりそうだから無理してでも動こう」


春斗は背中に背負ったリュックを身体の前に背負い直すと、身を屈めて秋穂に乗れと促した。


「荷物もあるから無理だよ。春斗だって力ない上に疲れてるんだから」


「それでも大丈夫な理由があるんだよ」


動けない秋穂に近づき強引に背中に乗せる。

無理をしてるのは小刻みに揺れる背中が証明している。

それでも春斗は一歩ずつ着実に歩み続けた。


「ねぇ春斗、やっぱり無理だよ。私待ってるから先行ってよ」

「もう薄暗いから無理。それにしてもやっぱりないな」

「何が?」

「胸。ひょっとしてって思ったんだけどおこちゃま秋穂に期待するのは間違いだったか」


たちまち秋穂の顔が赤くなり春斗に罵声を浴びせる。


「ばか!スケベ!変態!そんなこと考えてたなんて信じられない!」


そんなやり取りをしながらも着実にゴールに近づいて歩みを進める春斗の背中に秋穂はギュッとしがみついた。


小さい頃から一緒にいる春斗がこの状況でそんなことを考えてるわけがないのはわかってる。


「ん?秋穂、いま明かりが見えなかった?」


春斗の肩越しに前方を見ると微かに光が動いたような気がした。


「うん、見えたよ」


程なくして迎えに来た教員によって2人は保護された。


中学時代は恥ずかしさから素直になれなかった秋穂は、春斗に話しかけるのすらままならなくなってしまい、気がつけば片思いだけの3年間を過ごしてしまった。


そして高校。

春斗と同じ学校に行きたいがために必死で勉強して合格できた。


『勉強が頑張れたんだから恋愛だって』


そんな秋穂の思いは成就した。


『僕も秋穂のことが好きだよ、よろしくな」


こうして幼馴染の交際はスタートした。


「おはよう春斗」

「おはよう秋穂」


朝は家の前で待ち合わせて学校に行くようになった。クラスの違う2人が一緒にいられる時間は学校では限られていたため、秋穂はいろんな口実を作って春斗の元に通った。


「ねぇ春斗。明日お弁当作ってくるから一緒に食べよう?」

「ねぇ春斗。勉強わからないところがあるから図書室で教えてよ」

「ねぇ春斗。ジュース奢ってあげるからプリント運ぶの手伝って」


春斗の返事はいつも「いいよ」だった。


秋穂のわがままにも嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。


そんな春斗に対して、秋穂は少しだけ不満があった。


『私ってそんなに魅力ないのかな?』


付き合いはじめて半年が過ぎても手を繋ぐのも秋穂からだった。ファーストキスだって半ば強引に秋穂からした。


「ねぇ春斗。私は少しだけ不満があります。わかりますか?」

頬を膨らませながら春斗に問いかける。

「えっ?ごめん。見当つかないや。知らない間に怒らせてた?」

「やっぱりわかってないんだ!もういい。答えがわかるまで朝は手を繋いで登校します」

「それ、かなり恥ずかしいよね」

「私だって恥ずかしいんだから早く答え見つけてよ」

秋穂は右手を差し出して春斗に繋ぐように促した。

「はいはい。頑張りますよ」

諦めた春斗はしっかりと秋穂の手を握った。

「うん。遅刻しちゃうから行こう」

秋穂は満足そうに歩きだした。


「へえ、アイツら付き合ってるのか。秋穂のやつかわいくなってるな」


偶然にも窓からその光景を見ていた冬馬は、これまでに見たことない秋穂に興味を抱いた。春斗達とは違う高校に進学した冬馬は、元々勉強嫌いと言うこともあり学校をサボりがちだった。



「秋穂」


帰宅部の秋穂は帰りは1人になることが多い。友達と帰っても最寄駅が違うため駅からは1人で歩いて帰る。


そんなある日、いつものように改札を抜けると冬馬が手を振っていた。


「冬馬くん。久しぶりだね、隣の家なのに全然会わないと思ったら学校サボってるんだって?おばさんが嘆いてたよ」


「ん?知らねぇよ。それよりお前、春斗と付き合ってるのか?毎朝デレデレの顔してるだろ」


「ちょ。覗かないでよ変態!」


「おうおう真っ赤な顔しやがって。でも何か不満あるんだって?今朝聞こえてきてたぞ。良ければ相談乗ってやるぞ幼馴染として」


「嘘!聞こえてたの?も〜恥ずかしい。春斗のせいだよ」


「まあ、いいじゃねぇか。帰りの公園で聞いてやるよ。行こうぜ」


「えっ?誰も相談するなんて言ってないって

。おーい冬馬くん」


声をかけるが冬馬は先を促してきた。


「もう強引だな!」


仕方なく冬馬の後についていった秋穂は、自分の警戒心のなさを痛感することになった。

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