第2話 合格逃亡
夏休みの間、僕はずっと布団を被って丸くなってた訳じゃないんだよ
(そうなの?)
うん
僕は逃げる計画を立てたんだ
合理的にね
(それが一人暮らし?)
そうだよ
ちょうど大学受験だったからね
秋穂からも冬馬からも家族からも
誰も知らないところに行きたかったんだ
(ふふふ。失敗しちゃったね)
結果的にね
(後悔してる?)
してるわけないよ
僕は志望校を変えて猛勉強したんだ。部屋に篭る理由にもなるでしょ?
(一石二鳥だ)
そうとも言うね
夏休み明け担任に相談した
「名大か。今の成績だと正直厳しいぞ」
だって
でも頑張るしかなかったんだ。志望校変えるにはランクを上げるしかなかったからね
(説得しやすいもんね)
うん
もうその頃は学校と家の往復。予備校にも行かなかった
我ながら無謀だったと思うよ
(ふふふ。きみらしいよ)
あなたはいつもそうやって僕を笑うよね
(あら、バカにしたわけじゃないのよ?)
どうだろうね
でもその甲斐あって年末にはB判定が出た
「春斗やるじゃない。この調子で頑張りなさい」
母は合格に近づいたことを喜んだよ
早く僕を追い出したかったからね
息子よりも体裁が大事だったんだ
「1人暮らしの費用は必要最低限しか出せないから、後はバイトで稼ぎなさい」
これも母からよく言われた言葉
(お金掛かるもんね)
妹も高校進学を控えてたからね
僕は受験勉強の気晴らしに株やFXの勉強もしたよ
早く自立したかったから
(前向きだね)
お金は大事だよ
クリスマスもお正月も関係なく勉強したよ
前年までとは大違い
とは言え受験生は多かれ少なかれ同じ境遇だったんじゃないかな
年明けからはほとんど学校には行かなかったよ
おかげで部屋からも出ることなく引き籠りのできあがりだね
(不健康だな〜)
健康なんて気にしたことなかったよ
(高校生ってそんなものよ)
健康なのが当たり前って感じするからね
試験当日
「今日は奮発してカツサンドだよ。これ食べてしっかり結果出しなさい」
母は考えが古いから受験に勝つって意味でこんなもの用意してたよ
(あら、ちゃんと気にしてくれてたんじゃない)
朝から揚げ物食べたせいで試験中は胃もたれしてたのに?
(普通の高校生なら問題ないよ?)
僕は普通じゃなかった訳だ
一抹の不安があったけれど僕は志望校に合格することができた
(おめでとう)
これで厄介者は排除決定
(捻くれてるな〜)
実はね合格発表のあった週末には下宿先が決まってたんだ
「ちょっと早いかも知れないけど引越しなさい。卒業式には戻ってこればいいから」
あからさまに追い出されたね
翌週には荷物まとめて引越してたよ
(念願の一人暮らしじゃない)
結局卒業式には出なかった
秋穂や冬馬に会いたくなかったし
引越しの日
僕は1人電車で行くことになっていた
家族はみんな外出
たった1人での逃亡
家を出て駅に向かう途中で思いがけないことが起こったんだ
(どうしたの?)
彼女と会ってしまったんだ
この世で1番会いたくない人物に
「春斗?」
背後から呼ばれたその声だけで誰がいるかわかった
秋穂だ
その瞬間僕の胃液は逆流し吐き気を催した
僕は全力で駆け出して公園のトイレで吐いたよ
しばらく動くことができずに公園のベンチに座っていた
おかげでバイト初日から遅刻するところだったよ
(何を始めたの?)
運送会社の荷物の仕分けだよ
知ってるよね?
(そうだったかな?)
そうやって僕は新しい街に馴染もうとしてたんだ
(街に?)
生活しなきゃいけないからね
まだ人間不信は治ってなかったんだよ
(そうだったね)
新しい街にきて一つだけ困ったことがあったんだ
(困ったこと?)
ご近所さんへの挨拶回りだよ
引越してすぐに母に連れて行かれたんだけどお隣さんだけずっと留守でね
挨拶出来なかったんだ
(それは仕方ないね)
この時は思わなかったよ
僕の運命を変える隣人が住んでいるなんて
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