第3話 絶望再会
入学式を明日に迎えた朝、隣の玄関が開く音がしたんだ。
(挨拶できてなかった?)
そう
僕は手早く準備をして引越しそば片手にインターホンを押したんだ
(朝早くにね)
僕もなぜか必死だったんだ。早くスッキリしたかったんだろうね
『はい。どちら様ですか?』
声からして若い女性のようだった
(うれしかった?)
いや、何も思わなかったよ
でもね
僕はその声を聞いて鼓動が早くなったんだ
(緊張したのかな?)
そうとも言うね
「あ、隣に引越してきた古川と言います。引越しの挨拶にきました」
『えっ⁈ 古川? ちょ、ちょっと待ってね』
声を聞くたびに鼓動は早くなり、心臓の音がはっきり聞こえるようだった
『ガチャ』
扉が開かれた瞬間
体中から汗が流れ胃液が逆流したよ
「……秋穂、なんで———」
「えっ? 秋穂?」
何かを聞いた気がしたけど、僕は辛うじて引越しそばを渡し部屋に逃げ帰ったんだ
玄関の鍵をかけ
トイレで吐いた
『ピンポン、ピンポン』
その間何度もインターホンが鳴らされた
「なんで? なんで秋穂がいるんだ!」
彼女が高校卒業後どうしたのかは知らなかった
知りたくもなかったし
でもこんな形で再会するとは思わなかった
翌日は入学式だと言うのにこの日は一睡もできなかった
入学式
スッキリしない頭のまま新品のスーツに袖を通したよ
鏡で自分の顔をみるといつもにも増して酷かった
(折角おめかししたのにね)
元が元だけにスーツ着たくらいじゃ変わらないけどね
(自己評価低すぎるよ)
正当な評価だと思うよ
重い体を引きずるように大学に向かい入学式の行われる講堂に辿り着いた
席に座り周りを見渡す
「秋穂がいるわけないよな」
無駄だと分かっていながらも確認してしまう
もしいたら?
まさか同じ大学なわけがない
僕が知る限り彼女の学力で合格できる大学ではないから
(努力はしてたと思うけどね)
この大学に入るためのではないけどね
入学式はつつがなく進行し、学部ごとに教室に移動して今後のスケジュール説明が行われた
誰か知り合いがいるわけでもないので説明が終わると僕は生協で必要なものを購入して外に出た
目の前には異様な光景が広がっていたよ
(ふふっ、驚いたでしょ)
さすがにね
話には聞いていたけど、見渡す限りプラカードを持つ人、ユニフォームを着てチラシを配る人が所狭しと集まっていた
スーツを着た新入生はその中を通らないと帰ることができない
サークルの勧誘だ
(みんな必死なのよ)
「これ通らないと帰れないのか」
絶望感しかなかった
サークルなんて入る気ないし、どう断るか考えてた
「突っ切るしかないか」
意を決して集団に飛び込んだ
「テニスに興味ない?」
「サークルBBQです。一緒にアウトドアしない?」
「郷土研究会です。一緒に街歩きしませんか」
押し寄せる人波に負けないように僕は走った
「おっと。前見てないと危な、あれ? ねぇ君!」
僕は目の前の人にぶつかりそうになってしまい立ち止まった
「あ、すみません」
そこで初めて顔を上げた僕の目の前には
「……秋穂」
なんでここにいる?
まさかと思ったが彼女が目の前にいた
途端に胃液が逆流し吐き気を催す
でもこんなところで吐くわけにもいかない
僕は一目散に逃げ出した
「あ、待って。堀くん彼捕まえて!」
「えっと? あ、了解」
人垣でうまく動けない僕はあっさりと捕まってしまった
しかし僕としてはこの場に止まることはできない
「離して!」
全力で手を振り払おうとするが力負けしてしまう
(まあ、チカラ自慢だからね)
「ちょっと待ってくれ、って大丈夫か? 顔真っ青だぞ」
「だから離してって言ってる」
「いや、そう言うわけにはいかないんだ」
「堀くん、ありがとう」
「なつさん、やばいっすよ。こいつの顔見てください」
なつ?
聞こえてきた声は彼女のような声だった
「はるくんだよね? 大丈夫?」
はるくん?
秋穂はそんな呼び方をしない
そう思うと胸のつかえが楽になってきた
少し落ち着きを戻した僕は顔を上げた
「やだっ! はるくん顔真っ青だよ。気分悪い? ちょっとベンチ座ろう」
僕はその人を知っていた
(そうよ)
その人に手を引かれベンチに腰を下ろして改めてその人を見た
心配そうに僕を見つめるその人は確かに秋穂に似ていた
「なっちゃん」
その人は秋穂の2つ年上の姉
(
「はるくん、久しぶりね。それより大丈夫?」
最後に会ったのはあなたの卒業式だったかな
(うん、そうだね)
(卒業式の翌日にはこっちにきてたから)
昔から妹の秋穂とはそっくりだった
(そうね。たまに双子に間違えられたくらいよ)
僕も気が動転してたとはいえ見間違えたくらいだからね
(ひどいわね。しかも人の顔見て逃げるんだから)
それは許してよ
でないとあなたの目の前で吐くことになるじゃないか
(それもそうね)
「なつさん」
「堀くんありがとう。はるくん、これ飲んで落ち着いて」
ペットボトルを手渡された僕はキャップを開けようと回してみるが力が入らない
「貸して」
あなたは僕からペットボトルを受け取るとキャップを開けて手渡してくれたね
(まだ手が震えてたもの)
「あ、ありがとう……ございます」
「やだな敬語なんて使って。昔みたいに話してよ」
「なつさん知り合いなんすか?」
「うん、実家のお隣さん。幼馴染ね。小さい頃はよく一緒に遊んだわね」
その言葉で僕は昔の光景を思い出していた
なっちゃん、秋穂、冬馬、僕の4人でよく遊んでいた日々
しかし
その思い出もやがて苦々しいものになってきた
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
僕は財布からお金を出して男性に手渡した
「いや、金はいい」
「いや、そういうのは僕が嫌なので受け取ってください。新見先輩もありがとうございました。もう大丈夫なので失礼します」
「えっ? はるくん。ちょっと待とうよ。新見先輩ってそんな」
僕はあなたの言葉を遮るように「さようなら」と告げてその場を立ち去った
(すごく寂しかったよ)
仕方ないよ
僕は捻くれ者だから
(でもね、私はきみに会えてうれしかったんだよ?)
ありがとう
僕は彼女じゃなかったことに安堵したよ
これが僕とあなたの2年ぶりの再会
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