クーラーが毎日欠かせない時期がやってきた。

 八月に入ると、テレビではにわかに、戦争をテーマにした番組が多くなる。

 お盆もやってくる。

 俺の実家はとなりの市にあるから、気軽に行って帰ってこれるけど、埼玉に実家のある橘さんは、足の選択だけでも大変そうだ。


「え、お盆?」

「うん。橘さんはどうするつもりなのかなあって」

「どうするもなにも、休みは取ってないから、普通に仕事だよ」

「あ、やっぱり……」


 土日祝日の休みさえ、カレンダー通りにはいかないのだから、いわゆるお盆休みというものもないだろうな、とは思っていた。

 それでも訊いたのには理由がある。

 十四日は、橘さんの誕生日なのだ。

 俺は、ソファーで寛いでいる橘さんのとなりに腰を下ろして、二人ぶんのアイスコーヒーをローテーブルに置いた。

 目の前のテレビでは、プライムタイムの映画が始まるところだった。まさにその戦争映画だ。


「佑は? 墓参りには行くでしょ」

「うん。日帰りで行ってこようかなと」

「日帰りなんて言わないで、泊まりで行ってくればいいのに」


 まさかの発言に、俺は思わず、橘さんを凝視した。

 橘さんも、よかれと勧めたことなのに予想外の表情が返ってきたからか、びっくりしていた。


「え?」

「だってさ……十三日に泊まったら……」


 十二時におめでとうが言えないじゃん。

 尻すぼみになった。

 サプライズ的なことを考えている身としては、とくに最後のほうははっきりとは言えない。ていうか、これでもかなりギリギリの会話だ。

 素で自分の誕生日を忘れているのか、大切な日ではあるけれど、俺を思って「泊まりで」と言ってくれたのか、橘さんの顔色からは読み取れない。

 俺の持っている情報が、そもそも間違っているのかとさえ、疑ってしまう。


「おーい。まんなかゆうさーん。生きてますかー?」


 じっと考え込んでいたら、そんな声とともに、目の前を、大きな手がちらちらした。


「すげえ穴が空きそうだった」

「え?」

「佑が真剣に見つめるから、こめかみの辺りに」


 はっとなる。俺は、いろいろとごまかすように、アイスコーヒーへ手を伸ばした。

 と同時に、テレビがプツンと切れる。

 ごくんと一口飲んで、となりを見やった。

 橘さんはリモコンを置いて、にやにやしながらこっちへ顔を向けた。


「そんな、目で訴えてないで、はっきり言ってくれればいいのに」

「は?」


 グラスをローテーブルへ戻したところで、ソファーの背もたれに追い込まれるようにしてディープキスをされた。

 ねっとりと舌が差し込まれる。

 うう。ヤバい。

 その縦横無尽な動きに、俺は翻弄され、息継ぎばかりに集中する。

 それでも、下のほうはしっかりと反応して、むくむくし始めていた。

 ソファーに寝かされる。


「いやあ、若いってほんとすごいねえ」

「……」

「もう膨らんでる」


 せっかくの余韻を掻っさらう勢いで、さらりと恥ずかしいことを言う。

 ほんと、この人って、どうでもいいことばっかり饒舌になる。


「やらしい染みができてんじゃないの?」


 顔を手で覆って、この拷問に耐えた。反論できないのは、あながち橘さんの言っていることが間違ってないから。

 あのキスと、その声と、この手。あんな言葉にさえ興奮している。

 橘さんは、俺のシャツを捲って、肌に舌を這わせながらズボンにも手をかけた。


「きょうはしゃぶってあげよう」

「っ!」


 俺は顔を上げ、しかしなすすべなく、橘さんの口内に収まっていく自身を傍観した。

 一番弱い裏側を刺激され、そうして滲み出たものをすすられる。吸い上げられる。橘さんの喉の動きに、腰から持っていかれた。

 頂点までの道のりをなんとか引き伸ばそうとするけど……無理だ。声も止まらない。

 腰を上下させ、俺は橘さんの口の中に放った。

 また喉仏が動く。橘さんはまるで儀式のようにそれを飲むと、舌なめずりをした。

 そのギャップ。仕事のときは怖いくらいにきりっとしているのに、こういうときの顔は、べつの意味で怖いくらい悪い。

 マジで、こんな人が警察官でごめんなさいと、俺が謝りたくなる。

 そして、そんな橘さんの姿に興奮する俺もごめんなさいと、平謝りしたくなる。


「ほんと、若いって素晴らしいね」

「……あんただってまだ二十代じゃん」


 腰から全身に行き渡る心地よさ。それもしばらくすると、重だるさに変わる。


「いやいや。二十代前半と三十路手前じゃあ、ぜんぜん違う。性欲は食欲に変貌しつつある」

「あんたの食欲は、そういうのとは関係ないと思う……」


 体を起こすのも面倒で、俺はソファーに寝転がったままでいた。

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