それは、ある種のメッセージだ。自分の存在をわからせるための。

 あいつは、捕まる危険をおかしてまで、橘さんのマンションへやってきた。そしてあの顔だ。あの目だ。

 あれは絶対、なにかを訴えようとしている眼だ。

 もう一度携帯電話を出し、橘さんにかけた。この考えをぶつけてみたくて、何回もコールを鳴らした。

 だが、どれほど忙しいのか、橘さんは出てくれなかった。

 俺は地団駄ふんで、とりあえず、コンビニの事務所を出た。

 すっかり日の落ちた駐車場を、いつものように見渡す。すると、見慣れたシルバーのセダンに、これまた見知った顔があった。


「晴海さんっ」

「お疲れさまです。こんばんは」


 絶対にナイと思っていた人が来てくれた。

 挨拶もそこそこに後部座席へ乗り込むと、俺は小さくガッツポーズをした。


「晴海さん、橘さんはいま警察署にいますか?」


 シートベルトには手をかけず、前の座席のあいだから声を飛ばした。

 晴海さんはハンドルを掴んだまま、ちょっと上を向いて考え、俺のほうに首をひねった。腕時計にも視線をやっている。


「どうですかね……たぶんいるとは思いますが」

「あの、橘さんとちょっと話がしたいんで、このまま警察署に行ってもらってもいいすか?」


 いくらホトケの晴海さんでも、やっぱりケーサツの人間だ。ダメ元で訊いてみる。


「わかりました」

「え?」

「じゃあ、署に」


 予想外というか、願ったり叶ったりというか、晴海さんはあっさり承諾すると、エンジンをかけた。

 ほんとにいいんですか、なんていう野暮なことは、このさい訊かない。

 俺はシートベルトをかけた。

 街のネオンがやけに輝いて見える。感傷にひたる間もなく、車は滑るように警察署へ入った。

 晴海さんは、警察署のドアを開けると、まずは俺を入れて、ここで待つように言ってから、奥へ消えた。

 待つように言われたのは、あの窓口の真ん前。受けつけのおっさんがいる。俺は、一応の会釈をして、壁際のベンチシートに腰かけた。

 晴海さんが消えた奥から、似たようなスーツの一団がやってきて、俺の前を慌ただしく過ぎ去っていった。

 それと入れ違うように、今度は、四人組が警察署へ入ってきた。晴海さんがさっき俺にしてくれたように、先頭の男二人が観音開きのドアを分け、後ろを歩いてきた紺のスーツの女性を入れた。

 その女性は、モデル並みにスラリとして、加えて艶やかな日本髪が、俺の目を引いた。まつ毛までばっちばちメイクだ。

 なのに貫禄はある。なんていうか、オーラが半端ねえ。

 そこへ、晴海さんの声が飛んできた。


「お待たせしました」


 俺は跳ねるように腰を上げ、振り返った。

 あの女の人を先頭にした四人組が俺たちの脇を抜けていく。そのスーツの襟には、赤い丸バッジがついていた。

 すかさず晴海さんが恭しく頭を下げた。

 ──やっぱり、ここのお偉いさんだったんだ。

 すれ違いざま彼女と目が合った。なぜか微笑まれる。遠くなるヒールの音を傍耳にしながら、俺は首を傾げた。


「すみません、真中さん」

「あ、はい」

「橘さん、まだ戻ってないみたいで」


 晴海さんの目にはばからず、俺は視線と肩をがくんと落とした。

 大体そうくるんじゃないかと思ってた。ここまですんなりといきすぎていたから。


「もしあれだったら上で待ちます? たぶん今夜中には戻ってくると思うし」

「……え」


 ほ、ほんとに。いいんですかっ。

 今度は、そんな野暮なことも、つい口にした。

 晴海さんを見上げる。手を合わせ、ついでに拝む。


「ああ~、晴海さん。ありがとうございます~」


 ちょっと困ったような顔をして、晴海さんは後ろに一歩引いていた。




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