二
それは、ある種のメッセージだ。自分の存在をわからせるための。
あいつは、捕まる危険をおかしてまで、橘さんのマンションへやってきた。そしてあの顔だ。あの目だ。
あれは絶対、なにかを訴えようとしている眼だ。
もう一度携帯電話を出し、橘さんにかけた。この考えをぶつけてみたくて、何回もコールを鳴らした。
だが、どれほど忙しいのか、橘さんは出てくれなかった。
俺は地団駄ふんで、とりあえず、コンビニの事務所を出た。
すっかり日の落ちた駐車場を、いつものように見渡す。すると、見慣れたシルバーのセダンに、これまた見知った顔があった。
「晴海さんっ」
「お疲れさまです。こんばんは」
絶対にナイと思っていた人が来てくれた。
挨拶もそこそこに後部座席へ乗り込むと、俺は小さくガッツポーズをした。
「晴海さん、橘さんはいま警察署にいますか?」
シートベルトには手をかけず、前の座席のあいだから声を飛ばした。
晴海さんはハンドルを掴んだまま、ちょっと上を向いて考え、俺のほうに首をひねった。腕時計にも視線をやっている。
「どうですかね……たぶんいるとは思いますが」
「あの、橘さんとちょっと話がしたいんで、このまま警察署に行ってもらってもいいすか?」
いくらホトケの晴海さんでも、やっぱりケーサツの人間だ。ダメ元で訊いてみる。
「わかりました」
「え?」
「じゃあ、署に」
予想外というか、願ったり叶ったりというか、晴海さんはあっさり承諾すると、エンジンをかけた。
ほんとにいいんですか、なんていう野暮なことは、このさい訊かない。
俺はシートベルトをかけた。
街のネオンがやけに輝いて見える。感傷にひたる間もなく、車は滑るように警察署へ入った。
晴海さんは、警察署のドアを開けると、まずは俺を入れて、ここで待つように言ってから、奥へ消えた。
待つように言われたのは、あの窓口の真ん前。受けつけのおっさんがいる。俺は、一応の会釈をして、壁際のベンチシートに腰かけた。
晴海さんが消えた奥から、似たようなスーツの一団がやってきて、俺の前を慌ただしく過ぎ去っていった。
それと入れ違うように、今度は、四人組が警察署へ入ってきた。晴海さんがさっき俺にしてくれたように、先頭の男二人が観音開きのドアを分け、後ろを歩いてきた紺のスーツの女性を入れた。
その女性は、モデル並みにスラリとして、加えて艶やかな日本髪が、俺の目を引いた。まつ毛までばっちばちメイクだ。
なのに貫禄はある。なんていうか、オーラが半端ねえ。
そこへ、晴海さんの声が飛んできた。
「お待たせしました」
俺は跳ねるように腰を上げ、振り返った。
あの女の人を先頭にした四人組が俺たちの脇を抜けていく。そのスーツの襟には、赤い丸バッジがついていた。
すかさず晴海さんが恭しく頭を下げた。
──やっぱり、ここのお偉いさんだったんだ。
すれ違いざま彼女と目が合った。なぜか微笑まれる。遠くなるヒールの音を傍耳にしながら、俺は首を傾げた。
「すみません、真中さん」
「あ、はい」
「橘さん、まだ戻ってないみたいで」
晴海さんの目にはばからず、俺は視線と肩をがくんと落とした。
大体そうくるんじゃないかと思ってた。ここまですんなりといきすぎていたから。
「もしあれだったら上で待ちます? たぶん今夜中には戻ってくると思うし」
「……え」
ほ、ほんとに。いいんですかっ。
今度は、そんな野暮なことも、つい口にした。
晴海さんを見上げる。手を合わせ、ついでに拝む。
「ああ~、晴海さん。ありがとうございます~」
ちょっと困ったような顔をして、晴海さんは後ろに一歩引いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます