BOSS
一
次の日は、昼からのシフトだった。
きのうの動揺は残っている。でも、なんとなく、解決の日も近いような気がして、俺は出勤することにした。
きのうのことで、やっと、警察の護衛の意義を理解できた。暴漢は時と場所を選ばない。神出鬼没のケーワイなんだ。
終始ぴんと張り詰めた空気の車から降り、俺はほっと息をついた。
コンビニの駐車場には、珍しい姿があった。
店長が掃除をしている。
俺が挨拶をすると、店長は手を上げて、ご苦労さまと応えた。それから道路のほうへ視線をやって、意味ありげにニコニコし出した。
「いまの車、普通のとちょっと違うね」
「え?」
「真中くんさ、最近、よくだれかに送り迎えしてもらってるよね。しかも、いつも違う人」
俺は目を見開いて、一歩身を引いた。
「バイトのあいだでも、いろいろと噂になってるみたいだよ」
「う、うわさ?」
「運転手が、みんなビシッとスーツを着ていて、体格もよさげだから、まるでボディーガードみたいだって。それで、じつは真中くんはどこかの御曹司で、お忍びで、庶民の生活を体験してんじゃないか。とかなんとか」
「……」
とにかく開いた口が塞がらなかった。
御曹司というのは悪い気もしないが、想像がふくらみすぎると変なキケンが伴う。
まるでそこに地雷があるような。弁明すればするほど深みにはまる底なし沼のような。
「でも、僕はわかってるよ。真中くんはどう見ても御曹司って感じじゃないしね。あの人たちはみんな警察の人でしょ」
どう見てもってくだりはいささか納得できないけど、とりあえず、店長のタルみたいな体をコンビニの裏まで押しやった。
いやはや、さすがのチェックマンだ。そういえば、あの車が普通じゃないというのもお見通しだった。
「……なんか俺、変なヤツに襲われちゃって」
「え?」
「あんまし大きな声では言えないんですけど」
店長の顔が思いきり曇った。
俺はカミングアウトしておきながら、店長のマジな雰囲気に焦ってしまった。
それのフォローというかたちで、結局は、ことの成り行きをぜんぶ話してしまった。その最後に、大したことないと両手を振ってみせる。
「だけど真中くん。そうして警察沙汰になってるんじゃないの」
「……まあ。でも、もう少しで捕まりそうなんで」
努めて明るく言った。
たぶんウソにはならないと思う。
もちろん、橘さんからちゃんと聞いたわけじゃない。なんとなくそんな気がするんだけ。ていうか、そうであってほしい。元の自由な生活に、早く戻りたい。
「事情はわかったけど、僕は一つ疑問がある」
「は?」
「どうして、きみを襲った犯人(やつ)は、顔を隠さないで現れたんだろうね。真中くん、顔を見たんでしょ?」
俺は、目をしばたたいてから頷いた。
店長によれば、犯罪者の心理として、夜に襲うとか、なるべく顔を隠すとか、とにかく目立たないように行動するのが普通だという。
言われてみればそうなのかもしれないけど、ああいう人間に普通の神経なんてないと思う 。
さながら推理小説の主人公のように、俺と店長はあごに手をやって、そろって首をひねっていた。
だが、バイト仲間の声がして、こんなことをしている場合じゃないと事務所へ急いだ。それでも店長は、しばし一人で考え込んでいたみたいだった。
仕事が始まってしまえば、ゆうべの不安は忙しさに紛れた。シフトが一緒だったやつとも、他愛ない話で盛り上がれたし。まあ、俺のウワサとやらはさておき。
気分転換ってわけじゃないけど、やっぱりこういう場も必要だと思った。
きょうの仕事も無事に終わり、シフトが一緒だったやつもみんな帰ると、ロッカールームは急にしんとなった。ひとりになった途端、きのう見たあの目が浮かんだ。
なんで顔を隠さなかったんだと指摘した店長の言葉も思い出した。
その理由はいろいろ挙げられると思う。単なる気まぐれかもしれないし、顔を知られても捕まらない自信があったのかもしれない。それは結局、本人に聞かなきゃわからない。
俺は携帯を開いた。
思った通り、橘さんからはなんの音沙汰もない。それが事件の解決も近いことを意味しているなら、ぜんぜん苦じゃない。
携帯をカバンに戻したとき、きのうのあいつが、橘さんの声のする足元を見てなにか言いたそうにしていたところがよぎった。
そういえば、橘さんもあいつの顔を見ているんだ。
モンタージュ作成に協力を、とか、せめてなにか特徴を、とか、ぜんぜん訊かれなかった。それに、あいつらから俺を助けたのは橘さんだ。
もしかして──。
と俺は、あいつが顔を隠さなかった理由を一つ浮かべた。
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