ちょっとムカついたけど、もしかしたら新人かもしれないと思って、黙ってドアオープンのボタンを押した。すぐさま玄関へと向かう。

 廊下の途中で、ローテーブルに置いてきた携帯がまだ通話中だったことに気づいて、俺はまたリビングへ戻った。


「橘さん? あれ?」


 再び玄関に向かいながら話しかけてみたが、橘さんからの応答はなかった。

 画面は通話中になっている。

 俺が肩をすくめたのとインターホンが鳴ったのは、ほぼ同時だった。俺は、つながったままの携帯を肩に押しつけ、スニーカーをつっかけ、玄関の鍵を開けた。

 携帯から、ようやく橘さんの声が聞こえた。

 でも俺は、なんの反応もできないでいた。いきなりドアが開いて、男が押し入ってきたからだ。

 思わず後ずさったところに、段差があって、俺はしりもちをついた。

 男は、さっきの宅配業者とは違った。キャップを目深にかぶっているところは同じだけれど、あの制服は着ていない。

 それに、こっちを見下ろすあの目つきに、俺は見覚えがある。

 ──あいつだ。


「なんで」


 ようやく出せたのは、その一言だけ。玄関に落としてしまった携帯から橘さんの声がしても、それを取ることはできなかった。

 眼前にそびえ立つ男が首を動かす。

 足元の携帯に気づいたらしく、そっちに目をやって、苦痛そうに眉を歪めた。そして、俺の前から静かに姿を消した。

 なにがなんだかぜんぜん理解できない。

 ただ、心臓だけは、うるさいくらいに警鐘を鳴らしていた。

 ようやく耳に入ってきた橘さんの呼び声で、俺は慌てて、携帯に手を伸ばした。


「橘さん、あいつが来た」

「……あいつ?」

「俺を襲ったヤツだよ! どうしよう、逃げてった。追いかけなきゃ……!」


 俺は立ち上がり、閉まったドアを開けようとしたけど、橘さんに大声で止められた。


「そんなことよりも大丈夫? なにもされなかった?」

「……うん。それは大丈夫」


 こっちで行方を追うから、きょうは絶対に外へ出るなと、橘さんは念を押して電話を切った。

 俺は、よもや、またあいつが現れると思ってもいなかったから、心臓のドキドキがいつまでも収まらなかった。

 だけど、落ち着いていくに従って、なんでいまこのタイミングで現れたんだろうと、疑問にも思った。

 それに、あの目の感じ。

 俺を襲おうとか、連れ去ろうとか考えているやつのものには見えなかった。どちらかというと、なにかを訴えているように見えた。




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