それにだ。俺をラチろうとしただけのヤツを捕まえるのに、検問までするかっていったら、大げさなハナシの気もする。

 ただ、それほど重要でもないことに、こんなにも警察が尽くしてくれるのか、いろいろ疑問は残る。

「神崎」という名前も思い出した。よくよく考えてみれば、少なくとも、晴海さんが口にした神崎は、なにかをしでかして警察に追われ、しかも、この辺に潜んでいるかもしれないのだ。


「まさか、ね」


 ……だが、もしそうだとして、俺を狙う意味がわからない。神崎なんて知り合いはいないし。だいたい、俺をどうかしたところで、向こうになんのメリットがあるんだろう。

 キャップのつばから、ちらっと見えた目は、ちょっとつり上がっていた。いわゆるキツネ目ってやつだ。

 あのときを思い返していた俺は、ふとあることをひらめき、寝室のドアを開けた。デスクの上にあるノートパソコンを立ち上げる。

 どうしても、いろんなことが重なりすぎていて、結びつけたくなってしまう。

 晴海さんが口にしていた神崎は、はたして「放火犯の神崎」なのか。そして、俺を襲ったやつはその神崎なのか。

「放火犯の神崎」は警察から逃げたんだから、最悪、指名手配になっていてもおかしくない。ネットで検索したら、顔写真くらい出てきそうだ。

 でも、どんなワードを入れてみたらいいんだろう。放火とかにして、「仲間求む」なんてサイトがずらりと出てきたら、かなり怖い。

 キーボードの上で人差し指をさ迷わせていると、沈黙を割くようにインターホンが鳴った。

 びっくりした俺は思わず椅子から飛び上がった。

 まさか橘さんじゃないよな、と思いながらリビングへ戻り、インターホンに出た。


「宅配便です」


 低い、愛想のない男の声だった。

 俺は、下の自動ドアを開けるボタンを受話器で押して、玄関の前で待つ。しばらくすると、またインターホンが鳴った。

 ドアを開けた先に立っていたのは、よく街中でも目にする制服を着た背の高い男。運んできた荷物を差し出し、ハンコをお願いしますと、小さな声で言った。


「ハンコが見つかんなかったんで、サインでもいいすか?」


 男はただ頷くだけ。

 どこでもそんな態度だとクレームがくるぞ。なんて、余計なことを心配をしつつ、ひらがなで「たちばな」と書いた。

 あの人の名前、読めはするんだけど、いざ書こうとしても木へんしか出てこない。


「ご苦労さまでした」


 ドアを閉め、どこから来た荷物かを確認しながら、リビングへと戻った。

 差出人は、埼玉県草加市にお住まいの橘さん。


「……もしかして」


 ダイニングテーブルに置いた荷物を見下ろし、俺は腕を組んだ。間違いない。この住所といい、お名前といい。

 思わず唸った。

 それと重なるようにして、ローテーブルのほうに置いといた携帯電話が鳴った。こっちは正真正銘、橘さんから。


「佑、おはようっ」


 いろいろと頭を悩ませていたのがアホらしくなるほど、底抜けに明るい声だった。


「おはよ──つうか、もう昼なんだけど」

「あらら。ご機嫌ナナメ?」

「ナナメにもなるよ。やっと帰ってきたと思ったら、また勝手に行くんだからさ!」


 橘さんが急に黙った。

 どんな顔をしているのか、想像がつくだけに、そこからは強く出れない。


「……ズルいし」

「ごめんごめん」


 ため息を吐いて、俺は気を取り直した。

 必要以上に文句を上乗せしても、橘さんを困らせる一方だろうし、女々しいわがままはあまり言いたくない。


「ところでさ、あんたに荷物が来てるよ」

「……荷物?」

「うん。埼玉県草加市にお住まいの橘さんから」

「あー」


 苦笑いも見え隠れしているような低い声だ。


「またせんべい?」

「いや……。というか、ちょっと待って」

「なに」

「荷物って、まさかドアを開けたの?」


 いつもの橘さんらしからぬ強い口調で切り返された。

 だけども、ドアを開けなければ、荷物は受け取れない。そんな当たり前のことをしただけなのに、なんで咎められるんだろうと、俺は口を尖らせた。


「開けないでどうやって荷物取るの」

「頼むよ、佑。それじゃあ、うちに泊まってる意味──」


 本日もう三度目になる音が、橘さんの声を遮る。

 俺は、携帯を耳から離さず、インターホンに目を向けた。

 たったいま、勝手にドアを開けるなみたいなことを言われたから、どうしようかとお伺いを立ててみたけど、なぜか通話口は無反応だった。

 またインターホンが鳴る。なんだか急かされている気がして、俺は携帯をテーブルに置き、インターホンの受話器を取った。


「先ほど伺った者ですが、もう一つ荷物があったんで」


 顔をしかめた。

 荷物を忘れるなんて、宅配業者として失格なんじゃないだろうか。

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