三
それが橘さんのことだと、晴海さんはすぐに気づいてくれたらしく、声を上げて笑った。
「というか、よくわかってますね。真中さん」
「俺もメーワク被った一人なんで」
恥ずかしい食事につき合わされたり、ぴちぴちの服を貸すはめになったり。だけど、助けられた部分も大いにある俺は、ちゃんとフォローも入れといた。
晴海さんの車がゆっくりと左に曲がる。アパートの敷地内へと入った。
車が止まると、俺はすばやく降り、カバンから鍵を出して自分の部屋へと急いだ。
「……」
手を止め、ふと顔を上げた。どことなく、いつもの夜より街がざわついている感じがする。
しばらく立ち止まっていたけど、気を取り直し、部屋へ入った。
押し入れから大きめのボストンバックを出して、下着やシャツ、ジーンズを詰めた。化粧水やジェルも突っ込み、晴海さんを待たせてはいけないと、足早に車へと戻った。
「早かったね」
またバックミラーで目を合わせた晴海さんは、静かに車を出した。
しばらくコンビニ沿いの大通りを走る。
再び、細い道路へ入った。長いあいだ使われてないような小屋や、さびれた店舗、空き地が並ぶ閑散とした通りだ。畑や、まだ手つかずの田んぼなど、緑地も多そうだった。
晴海さんがなにかを呟いた。路肩に車を止める。
「どうしたんですか?」
「ん……ちょっとね」
奥歯にものが挟まったような返事をして、晴海さんは車をバックさせた。
タイヤが砂利を踏む。
どこかの空き地に車を停め、無線機のマイクを取った。晴海さんは、不審車両がどうのこうのと告げ、マイクを戻した。懐中電灯を手にしておもむろにドアを開ける。
「悪いけど、少し待っててもらえます?」
晴海さんはそう残して、ほとんど車通りのない道路を横断していった。そして、向こう側の歩道を小走りで進み、ここと似たような空き地へ入った。
民家という民家は辺りにない。電柱もわずかしかない。
晴海さんのシルエットを見失わないように、俺は目をこらし、行動を見守った。
懐中電灯が点いた。
どうやら、そこに停まっていた車を確認しているようで、フロント部分やトランク、車内にもライトを当てていた。
目の前の道路を、一台の車が過ぎていく。
相変わらずなにをやりとりしているのかわからない無線の声を掻き消すように、カバンから「うた」が鳴り響いた。
橘さんだ。
俺は慌てて出した携帯をすぐに耳へあてがった。
「もしもし?」
「佑、いまどこにいんの」
「どこって……」
窓の外に目を向けても、深まる闇は、そこの道路と、晴海さんのいる空き地しか教えてくれない。
「たぶん、バイト先の近くの裏道かな」
「晴海はどうした?」
「なんか、だれかの車を調べてる」
それから、ここへ至るまでのいきさつを、橘さんに説明した。
「あんたは? 仕事終わった?」
「うん。とりあえず一段落ついたから、家に戻ったんだけどさ。きみがまだ帰ってなかったから」
だからか。このちょっとした慌てぶり。
そう微笑んだ顔が横の窓に映る。その向こうで、灯りが揺れた。
晴海さんが車道を横切ってくるところだった。
「晴海さんが戻ってくるけど……。どうすんの?」
「したらさ、ちょっと代わってくれる?」
うんと、俺が答えたと同時に、ドアが開いた。
晴海さんが腰を下ろすのを見届けて、携帯電話を差し出した。
「え、なに?」
「橘さんからです」
少し間を置いてから、晴海さんは携帯を受け取った。しかし、耳に当てようとして、なぜか遠ざけた。
ちょっとこもった橘さんの怒鳴り声がする。
晴海さんは一息ついてから、携帯を耳に戻した。
「そんなことより、橘さんの言っていた車に似たやつ見つけたんで、確認に来てもらえませんか。ニコイチの」
ここの場所らしき住所を言って、晴海さんは携帯を切った。畳んで、俺に返す。
「橘さん、なんて?」
「いまからこっちに来るそうです」
「ふうん……。ていうか、あの車なんなんですか?」
「それは──」
今度はバイブ音がした。もちろん俺のじゃない。
スーツから携帯を出し、晴海さんは車を降りた。
残された俺は、シートに深くもたれ、その瞬間にため息を吐いた。
晴海さんと橘さんのやりとりが緊迫したものだったから、いろいろと訊きたいところだけど、首を突っ込むことはきっと許されない。
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