四
退屈すぎるから、橘さんが早く来てくれないかと、俺は目の前の道路をずっと見ていた。
晴海さんはまだ電話をしている。
それにしてもお腹が空いた。眠くなってもきた。コクリ、首が倒れかけたとき、この空き地に一台の車が入ってきた。橘さんのマイカーだ。
電話を切り、晴海さんが車へ近づいた。
橘さんは車を降りると、頭を下げている晴海さんは素通りして、俺のほうへやってきた。窓を覗くようにして身を屈め、にこやかに手を振っている。
そんな橘さんの肩を、すかさず晴海さんが叩いた。それに促されるようにして、二人であの空き地へ向かっていく。
俺はあくびをして、車の天井を押し上げるように伸びをした。
二つの懐中電灯が右往左往する。ひとしきり車の周りを回って、橘さんと晴海さんはこっちへ戻ってきた。
無線機がなにやら呼びかけている。いろんな声が飛び交い、にわかに騒がしくなった。
「逃走中」という言葉も聞こえた。
「ねえ、ねえ」
窓を小突き、俺は外にいる二人に報せた。それに橘さんが先に気づいて、運転席のドアを開けた。
「どうした?」
「うん、あれ」
俺が言う前に、無線機の向こうの異変を感じ取った橘さんは、鋭く晴海さんを呼んだ。それから勢いよく運転席につく。その衝撃で、車体が激しく揺れた。
晴海さんは助手席に腰を下ろし、すぐさまカーナビへ目をやった。
「検問が突破されたみたいですね」
「……」
「シャブ、ポンプ……。もしかして神崎ですかね?」
無線機のやりとりとカーナビへ、橘さんと晴海さんはじっと意識を傾けている。
一方の俺は、「検問」という言葉を聞いて、さっき感じた街のざわつきを思い出していた。
それに、神崎という名前──。
「向かいますか?」
「……いや」
橘さんは短く言って、ちらっと俺に視線を投げた。
晴海さんもこっちを見やる。
急に注目されたことに驚き、俺はピンと背筋を伸ばした。
「本部の交機隊も加わってるから大丈夫だろ。晴海、とにかく佑を頼むわ」
「橘さんは?」
「この近辺を少し調べてから署へ戻る」
晴海さんは頷き、助手席から降りた。
それを見届けたあと、橘さんは体をひねって、こっちに手を伸ばした。
「たぶん今夜は帰れないと思うけど……」
「うん。わかってる」
「おやすみのチューの電話は必ずするから」
「……は?」
それまでの橘さんはいつもと違い、かっこよさも九割増しだったのに、最後はザンネンな結果に終わった。
俺の頭をポンポンする手と極めつきの笑顔。
「そんなのいらないから。なるべく早く帰ってこれるようにして」
橘さんはくすっと笑い、「わかった」と頷きながら自慢の髪を掻き上げた。車から降り、それと交代するように晴海さんが乗り込んだ。
橘さんは腕を大きく振って、動き出した車を見送っている。その姿が闇に紛れたころ、晴海さんが呟くように言った。
「ほんと仲いいですよね」
「……え?」
「橘さんと真中さん」
──しばしの沈黙。
というか、改めてそんなふうに言われると、めちゃくちゃ恥ずかしい。
橘さんはああいうあけすけな人だし、晴海さんは、俺たちのことでなにか感じ取っているのかもしれない。
「そ、そうすね。いろいろ趣味が合うみたいで」
「へえ、シュミ……」
と、なにやら含み笑いをされたことは、あえて考えないようにしよう。
車を降りると、かすかにサイレンの音がした。風次第では、はっきりと聞こえるときもある。
再び走り出した車。その運転席に向かって会釈をし、俺は足早にマンションへと引っ込んだ。
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