退屈すぎるから、橘さんが早く来てくれないかと、俺は目の前の道路をずっと見ていた。

 晴海さんはまだ電話をしている。

 それにしてもお腹が空いた。眠くなってもきた。コクリ、首が倒れかけたとき、この空き地に一台の車が入ってきた。橘さんのマイカーだ。

 電話を切り、晴海さんが車へ近づいた。

 橘さんは車を降りると、頭を下げている晴海さんは素通りして、俺のほうへやってきた。窓を覗くようにして身を屈め、にこやかに手を振っている。

 そんな橘さんの肩を、すかさず晴海さんが叩いた。それに促されるようにして、二人であの空き地へ向かっていく。

 俺はあくびをして、車の天井を押し上げるように伸びをした。

 二つの懐中電灯が右往左往する。ひとしきり車の周りを回って、橘さんと晴海さんはこっちへ戻ってきた。

 無線機がなにやら呼びかけている。いろんな声が飛び交い、にわかに騒がしくなった。

「逃走中」という言葉も聞こえた。


「ねえ、ねえ」


 窓を小突き、俺は外にいる二人に報せた。それに橘さんが先に気づいて、運転席のドアを開けた。


「どうした?」

「うん、あれ」


 俺が言う前に、無線機の向こうの異変を感じ取った橘さんは、鋭く晴海さんを呼んだ。それから勢いよく運転席につく。その衝撃で、車体が激しく揺れた。

 晴海さんは助手席に腰を下ろし、すぐさまカーナビへ目をやった。


「検問が突破されたみたいですね」

「……」

「シャブ、ポンプ……。もしかして神崎ですかね?」


 無線機のやりとりとカーナビへ、橘さんと晴海さんはじっと意識を傾けている。

 一方の俺は、「検問」という言葉を聞いて、さっき感じた街のざわつきを思い出していた。

 それに、神崎という名前──。


「向かいますか?」

「……いや」


 橘さんは短く言って、ちらっと俺に視線を投げた。

 晴海さんもこっちを見やる。

 急に注目されたことに驚き、俺はピンと背筋を伸ばした。


「本部の交機隊も加わってるから大丈夫だろ。晴海、とにかく佑を頼むわ」

「橘さんは?」

「この近辺を少し調べてから署へ戻る」


 晴海さんは頷き、助手席から降りた。

 それを見届けたあと、橘さんは体をひねって、こっちに手を伸ばした。


「たぶん今夜は帰れないと思うけど……」

「うん。わかってる」

「おやすみのチューの電話は必ずするから」

「……は?」


 それまでの橘さんはいつもと違い、かっこよさも九割増しだったのに、最後はザンネンな結果に終わった。

 俺の頭をポンポンする手と極めつきの笑顔。


「そんなのいらないから。なるべく早く帰ってこれるようにして」


 橘さんはくすっと笑い、「わかった」と頷きながら自慢の髪を掻き上げた。車から降り、それと交代するように晴海さんが乗り込んだ。

 橘さんは腕を大きく振って、動き出した車を見送っている。その姿が闇に紛れたころ、晴海さんが呟くように言った。


「ほんと仲いいですよね」

「……え?」

「橘さんと真中さん」


 ──しばしの沈黙。

 というか、改めてそんなふうに言われると、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 橘さんはああいうあけすけな人だし、晴海さんは、俺たちのことでなにか感じ取っているのかもしれない。


「そ、そうすね。いろいろ趣味が合うみたいで」

「へえ、シュミ……」


 と、なにやら含み笑いをされたことは、あえて考えないようにしよう。

 車を降りると、かすかにサイレンの音がした。風次第では、はっきりと聞こえるときもある。

 再び走り出した車。その運転席に向かって会釈をし、俺は足早にマンションへと引っ込んだ。




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