第85話 「はい、お茶。」
〇神 千里
「はい、お茶。」
「サンキュ。」
『今日はモデルからシンガーに転身、現在は音楽活動の傍ら、自身のブランドを立ち上げた華月さんをご紹介します』
テレビに映る娘の姿を、大部屋で知花と二人、お茶をすすりながら眺める。
「…華月は大丈夫なのか?」
「どうかしらね…」
二階堂 泉…海の妹が。
カリブ海で行方不明になって…半年が経とうとしている。
俺も知花も、華月の親友が二階堂家の次女とは知らなかった。
俺達が、華月の友人と認識したのは…マネージャーを務めてくれていた、
「千里、お茶のおかわりは?」
「いや、いい。」
「そ?」
「膝枕が欲しい。」
「甘えん坊さん。」
「…言うようになったな。おまえ。」
隣に来た知花の膝に頭を乗せて、テレビを眺める。
とびきりの笑顔のようにも見えるし、空元気のようにも思える。
昔よりは強くなったが…
俺だって、アズが行方不明になったら…
「…華月は大丈夫。」
俺の心を読んだかのように、知花が言った。
「
「……」
まあ…
そうだよな。
俺にも…
何があっても、そばにいてくれる…知花がいるもんな。
「…ふふっ。本当に甘えん坊さん。」
知花の手をギュッと握ると、心地いい笑い声が降って来た。
…らしくないって驚かれるかもしれないが。
今夜は、晩飯作りを手伝ってみるか。
おい。
明日の天気の心配なんてするなよ?
〇早乙女華月
「元DEEBEEのフロントマン、詩生さんとご結婚されて…SNSに投稿されるお写真が、とても可愛らしいと話題になってますね。」
今日はテレビ出演。
新曲もだけど…三ヶ月前に立ち上げたブランドの宣伝も兼ねてる。
「ありがとうございます。あたしより彼の方が可愛い物が好きなんですよ。」
「えっ、それは意外ですね。」
いくつかの質問に答えた後、あたしのブランドを身に着けたモデルさんが登場する…って流れ。
サプライズのていで。って言われてるけど、ちゃんと驚いた顔出来るかな…
あたし、こういうの苦手~。
CMが開けて、いよいよサプライズ。
「実は、華月さんに会っていただきたい方がいらっしゃいます。」
「えっ、誰ですか?」
「こちらの方です!!どうぞ!!」
スタジオの中央のセットが開いて。
そこから、あたしのブランドのパーティードレスを着た女性が現れた。
わっと歓声が上がって…
「えっ…」
あたしも、つい立ち上がった。
キム・トア!!
ええっ!?
あの、キム・トアなの!?
「華月さん、事前アンケートの『お会いしたい方は誰ですか』という質問に、キム・トアさんのお名前を書かれてましたよね。」
「はっ…はい…え…ほっ…本当に…っ…?」
キム・トアさん。
今、世界中のデザイナーが、彼女に自分の服を着て欲しがってる…
女優でありモデル。
長い下積みを経て、トップに躍り出たという…
あたしが欠かさずチェックしてるSNSのダントツ一位は、このキム・トアさん…!!
ああっ!!
どうしよう!!
ファッションもメイクも、ライフスタイルも。
お手本にしたいと思ってる、あたしの女神が…!!
「はじめまして。華月さん、あなたの服、とても素敵。」
「あっ…ありがとうございます…あたし、あなたの大ファンで…」
英語であいさつをされて、慌てて答えたけど…
ああ、ちゃんと喋れてる?あたし…!!
「そんなに緊張しないで?」
キム・トアさんは優しく微笑むと、あたしの背中に手を添えて一緒に座るように促した。
ガチガチにテンパってしまってるあたしは、隣に座ったキム・トアさんの横顔に見惚れて…MCの女性の声も耳に入らない。
「彼女のブランドは幅広い年齢層に楽しんでもらえるデザインに価格設定、それも魅力的だけど、あたしが注目してるのはカテゴリの多さ。今日はこの総レースの素敵なドレスだけど、普段はガーリーなジャケットとデニムを合わせたりしてるの。」
そう言って、スマホを差し出したキム・トアさん。
そこには、あたしのブランドを身に着けた彼女の写真が…
え…えええええ~!!
感激…!!
「何を着てもお美しいですね。華月さん、何かご質問ありますか?」
し…質問!?
ああ…どうしよう…
こんな事なら、サプライズの中身まで聞いておけば良かった…!!
「あ…あの…あたしの事、以前から知って下さってたのですか?」
うわーっ!!
あたしったら、支離滅裂!!
言った後で後悔してると…
「ええ、もちろん。好きな歌があるの。」
「えっ。」
シンガーとして知ってくれてたの!?
「キム・トアさんは、MOON SOULのファンでもあるそうですね。」
ええっ!?
「そうなんです。特にー…友達に送った歌が好きです。」
「え…っ…」
「私はずっと夢を追い掛けて、親友と呼べる存在が一人もいませんでした。あの歌を聴いて、華月さんにこの曲を贈られた親友はなんて幸せなのだろうと思いました。私もそんな関係を築ける人と出会いたいです。」
「……」
あれは…泉に贈った曲。
最後に会った日、きっともう会えないって予感した数週間後…
泉は、カリブ海で消息を絶った。
…今も、見つかっていない…
「華月さん。」
番組が終了し、控室に戻ろうとすると…
キム・トアさんに声を掛けられた。
「はっはいっ。」
「サインをお願いしていい?」
ドレスからカジュアルな服に着替えてるキム・トアさん。
うわあ…まさか『絵心ないデザインTシャツ』を着てもらえてるなんて…
「えっ!!あっあの…あたしも…いいですか?」
「もちろんよ。」
ニッコリ。
震える手でサインを書いて、交換した。
ああ…写真…写真も欲しいな…
あたしがそう思ってると。
「一緒に写真もいい?」
うわー!!
心読めるの!?
「…あたしからもお願いします。」
「じゃ、ユン、撮って。」
キム・トアさんはスマホをおつきの人に渡すと、あたしの肩を抱き寄せた。
ああ…なんて素敵な人だろう。
あたしより二つ年上…
スタイルもいいし、優しい笑顔…
ここまであたしを惹き付けた人、詩生以外では初めてだ。
「ありがとうございました。」
「こちらこそ。いつか共演できる日を楽しみにしてるわ。」
「わあ…あたしも、楽しみにしてます。」
ああ…!!
サイコーな一日…!!
「それと、優しいご主人と末永くお幸せにね。」
「え?」
詩生?
〇早乙女詩生
「…ふっ…」
テレビでテンパりまくってる華月を見て、小さく笑った。
泉ちゃんが行方不明になって、ずっと元気がなかった。
だから、何とか…華月が元気になる方法を考えて。
毎日華月が欠かさずチェックしてる、女優でモデルのキム・トア。
…どーにかなんねーかな。
って。
無謀にも、インスタでDM送ってみた。
すると…
『共演出来る番組を用意して下さい』
…マジか!!
超いい人か!!キム・トア!!
ピロン
華月からLINEが来た。
開くと、そこにはキム・トアと写った写真と、もらったサインの写真。
「ふっ。サイコーだな。」
華月のこんな笑顔…ほんと、久しぶりだ。
『今から帰るね』
そのトークに、『まってるにゃ~』のスタンプを返す。
華月を待つ間、録画した番組をもう一度見た。
本気で驚いて、本気で感激して、本気でテンパってる華月。
あー…ほんと良かった。
俺、グッジョブ。
なんて、自画自賛してると、窓の外で車のドアを止める音が聞こえた。
「詩生!!」
「おー、おかえり。良かったな。あこがれの人に会えっぶわっ!!」
玄関で、突然華月に激しく抱き着かれた。
「あっ…あっぶねー!!おまえ、何…」
「ありがとう…詩生、ごめんね…」
「…は?」
「キム・トアさんが言ってた…詩生が、あたしのために…って…」
「……なんだよもー…口止めしたのに……」
めちゃくちゃカッコ悪くて唇を尖らせる。
くそーっ!!
言うなよな!!
「詩生、大好き。愛してる。」
「っ…」
いきなり、両腕を掴まれて…そのまま激しく唇を重ねられた。
「…本当にごめん…あたし、ずっと詩生に心配かけてたんだよね…ごめん…」
「…そこは、ありがとうって言われたい。」
「うん…ありがとう…嬉しかった…」
ゆっくりと抱きしめて、頭をポンポンと叩く。
俺と歩く事を選んでくれた華月。
俺は、どんな華月でも受け止めるよ。
だけど、基本…悲しむ華月は見たくないんだ。
だから…今回は、彼女に助っ人を頼んだけど…
「…すげーライバルになりそ。」
小さくつぶやくと、華月は不思議そうに顔を上げた。
「何?」
「何でもない。」
「もー、何よぅ。」
「俺が緊張した。」
チュッと音を立ててキスをして。
はにかんだ華月を抱きしめる。
「さ、一杯飲むか。」
「うん。あ、でもその前にシャワー。」
「じゃ、つまみ作っとく。」
「もー…最高の旦那サマ♡」
「ははっ。」
キッチンで簡単なつまみを用意して、ソファーに座る。
華月を待つ間、キム・トアのインスタを開いてみた。
番組の事でも載せてねーかな。
「…やっぱ寿司屋には行くんだな。」
来日してすぐの写真は、寿司屋。
あ、ここって高級店じゃん。
さすがだなー。
その次は、キャラクターグッズの店。
へー…こういうのも好き、と…
それから…公園。
…公園?
これ、見覚えある公園だな…
「……あれ……」
写真の隅っこ。
キム・トアのバッグから顔を出してるコレ…
「
写真を拡大して、マジマジと眺める。
「……」
これって、華月が持ってた…どこかの国のお守りとかいうやつに似てるな…
お守りなら、色んな人が持ってて当然なんだろうけど。
俺は、華月以外の人が持ってるのを見た事がない。
て言うか…最近持ってるとこ見ないな。
「お待たせ…あっ!!」
シャワーから出て来た華月が、俺のスマホを見て声を上げた。
「なっ何…」
「さっき一緒に撮ったやつ~!!」
見ると、今見てた公園の写真はなくなってて。
新しい投稿で、華月とのツーショットが出て来た。
「……」
頬を掻きながら、首を傾げる。
「うわー…すごい…どうしよう詩生…あたしの憧れが、あたしの服着て笑ってる…」
相変わらず、おかしなテンションの華月に小さく笑う。
「良かったな。」
肩を抱き寄せて、膝の上に誘う。
「詩生のおかげ。ありがとう。」
「…どういたしまして。」
華月の笑顔に満たされた。
今夜、キム・トアにDMを送ろう。
華月の最高の笑顔も。
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