第84話 「お嬢さん、そろそろ時間です。」
〇二階堂 泉
「お嬢さん、そろそろ時間です。」
本部の最上階から窓の外を眺めてると。
背後から富樫の声がした。
「うん。すぐ行く。」
ゆっくりと振り返り、その姿を目に留めて…ホッとする。
富樫の持ってるシモンズのコーヒー。
ほんっと…あたしの好み、よく覚えてくれたなー。
先月、この街でテロが起きた。
気が付いた時には、戦いが始まっていて。
あたしは…不本意に何が起きたのか覚えていない。
だけど。
誰かが。
身を挺して、あたしを守ってくれた。
確かに大怪我はしてたけど…あれだけで済んだのは、誰かが守ってくれたから。
…誰だったの…?
あたしは今もそれを思い出せないまま。
だけど、それが志麻って奴だった事は分かってる。
だって…誰もが彼の話をしないから。
そして、志麻と呼ばれてたその人も…ここにいない。
真相を話したそうだったトシにも、それは聞かなかった。
もう過ぎた事だし。
あたしは…もうすぐいなくなる。
何も持って行かなくていい。
「ああ、間に合った。」
会議室に行くと、父さんと兄貴と瞬平がいた。
薫平は二階堂に戻ったものの…
シチリア島に行った万里さんと紅さんの所に行き来してて。
今後は、二階堂と三枝の両方で動く事になるそうだ。
テーブルの上には、ピザやドーナツ。
首をすくめながら兄貴の隣に座る。
「ここで観ていいの?」
プロジェクターに、任務以外の物が映し出されるなんて。
二階堂始まって以来じゃないかな。
そんな事を思いながら、足を組んでコーヒーを口にした。
『Yeah!!みんな楽しんでる!?』
大画面には、
わっちゃんの甥っ子で、昔、紅美にベッタリくっついてた奴。
二人きりで会うような関係じゃなかったけど、大勢の中の一人って感じで会う事はあった。
まさか、世界に出るシンガーになるなんて。
ビックリだよ。
「まさか沙都がな…」
隣で小さく笑う兄貴の言葉に、あたしも笑う。
きっと、兄貴の頭の中でも『紅美ちゃん』って言いながら、紅美の後ろを付け回してる沙都の姿が浮かんでるんだろうな。
…わっちゃんと言えば…
姉ちゃんが、わっちゃんと別れた。
あんなに仲睦まじかったのに…
やっぱアレかな。
わっちゃんの単身赴任かな。
それとも……
って。
いや、それは二人の問題だもんね。
あたしが気にする所じゃない。
「兄貴、残念だね。咲華さんと一緒に見たかったでしょ。」
ドーナツに手を伸ばして言うと。
「当然。でも、今は安全な場所にいて欲しいからな。」
あっさりと本音を口にされて、瞬平が小さく『ごちそうさまです』って言った。
今、咲華さんはリズと一緒に実家に帰ってる。
あと三ヶ月もすれば、兄貴との赤ちゃんが生まれる。
ここにいる間に、色んな事があった。
それでも、思ったよりずっと気丈な咲華さんは…兄貴の支えであり続けた。
「来週には少し日本に帰れるだろうし、その時また一緒に見るよ。」
…酔っ払って結婚したクセに、誰よりも幸せみたいな顔するんだもんな。
ほんっと、兄貴のこんな顔見れるなんて…
咲華さんには感謝しかないよ。
大きな戦いが終わった今、あたし達の任務は少ない。
時々入って来る情報に会議室を出たりしながら、一日中…Beat Landのフェス中継を眺めた。
『We are MOON SOUL!!』
歌う華月を…初めて見た。
その時、会議室には父さんとあたし二人きりで。
自然と流れてた涙に気付いた父さんが、あたしの頭を抱き寄せてくれた。
「…泉。」
その声も…涙声で。
あたしの涙は、そこからしばらく止まらなくなった。
「…あたし、自分の決断に誇りを持ってる。」
「……」
「二階堂 泉はいなくなるけど…あたしはどこに行っても、父さんの娘だよ。」
「…泉…」
父さんの涙があたしの手の甲に落ちた。
大好きな父さん。
カッコ良くて、クールで、仕事が出来て…本当、完璧。
しいて言えば…
あたしに甘かったかな。
ダメだよ、それ。
「…自慢の娘だ…本当に…自慢の……」
「はっ…ははっ…最悪なパイとか…食べさせちゃって…ご…ごめ…っ…」
「…料理は…上手くならなかったな…ふっ…」
「うわ、何それ…ひど……」
泣くつもりなんてなかったのに…
華月の歌に…泣かされた。
それは、MOON SOULの三曲目。
思えば…華月はあたしが遠くに行く事、見抜いてたのかもしれないね。
Dear my friend 覚えてる?
はみ出したネイルみたいに
ハネてた頃のあたし達
友情は最強で脆弱
だからいつも知りたかった
あなたの本音
いつでも会えるなんて思ってたら
時間は意地悪に駆けてくから
会いたい時に会えないあなたに
ただ あたしの想い 伝えたい
Dear my friend 遠い場所にいるあなたに
届けるつもりで歌うから
どうか忘れないでいて
友情は最強で最高
だからどこに居ても輝いていて
あの夏の思い出のように
いつでも会えるなんて奇跡でしかないから
この瞬間を胸に焼き付けて
会いたくても会えないあなたに
ずっと あたしの想い 伝えてく
あなたはいつまでもあたしの友達
かけがえのない存在
大好きだよ
大好きな友達
永遠の友達
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