第83話 「どうしたの?」

 〇二階堂 泉


「どうしたの?」


 振り返ると、トシは唇を尖らせたまま…あたしを睨んでた。


「何、その顔。」


「…装置を、とって来た…」


「…あー…」


 トシには、装置が埋め込まれてた。

 トシだけじゃない。

 トシの父と弟にも。

 それで、尋常じゃない動きが出来てたみたいだけど…


「…俺、もう…前みたいに動けない。」


 泣きそうな顔のトシに、小さく笑いながら近付く。


「前みたいに動けないのはー…辛いよね。」


「……」


「でも、トシには元々能力があるって、みんな言ってたじゃん。」


「…そんなの、完璧じゃない。」


「完璧って何よ。」


 それにしても…

 トシ、青空が似合わないな~(笑)

 おまけに以前みたいに人を射抜くような目力もない。


 でも、あたしは…あのトシも好きだったけど。

 この何だか自信なさそうにモジモジしてるトシも…好きだな。



「…ホテルの最上階での事…知りたいか?」


 さっきまでアオイと座ってた木陰に、今度はトシと座る。


 座ってすぐ。

 ずっと気になってた事を言い出されて、あたしは首を傾げた。


「んー…」


「……」


「あー…」


 気にならないといえば嘘になる。

 だけど、今それを知った所で……だよね。


「…いいや。知らなくても。」


 首をすくめると。


「………そっか。」


 トシは何か言いたそうに…あたしの顔を見て、俯いた。


 …いつもホテルの部屋でしか会ってなかったからー…

 こんな青空の下に並んで座ってるのは、何だかおかしな気分。


 ベッドの上では獣みたいだったのに、今隣にいるトシは、何だか幼さが残ってるようにも見えた。

 装置を取った事で、憑き物が落ちた…って感じなのかな。


 小さく笑いながら、トシの頭に手を乗せる。

 そのまま軽く髪の毛をかきまぜると、トシは眩しそうに目を細めてあたしを見た。


「…何、これ。」


「ううん。トシ、可愛いなと思って。」


「…なんか嬉しくない。」


「ふふっ。傷の調子は?」


「…あんなの、どうって事ない。」


 そんなわけない。

 トシの傷は結構深かった。

 それでも…あちこちに一緒に行ってくれた。

 さくらさんの指示にも、瞬平の指示にも、ちゃんと応えて…任務を遂行してくれた。


「トシ、ありがとね。」


「……」


 頭に乗せてた手を、ゆっくりと取られる。

 引き寄せられるかな…と思ったけど、トシは握手をしただけだった。


「…俺、初恋だった。」


「……」


「だから…一生忘れない。」


「…うん。ありがと。」


 あたしも…忘れない。

 そう言いたかったけど…言わなかった。



 トシの背中を見送って。

 あたしはその場に仰向けになる。


 あー…いい気持ち。



 本家が跡形もなく消えて。

 あの瞬間は笑ってしまったけど…すぐに寂しさが来た。

 だけどそれも一瞬の事。

 全二階堂の処理に飛んで、寝る間も惜しんで動いたおかげか。

 もっと…自分の能力を高めたい。って思えて。

 鍛える事や学ぶ事に時間を費やした。


 その合間に…みんなに会ったり、ね。



「…二階堂、泉…」


 青空に向かって、自分の名前をつぶやく。


 早乙女に恋をして、叶わなくて。

 聖と恋をしたけど、二階堂に生まれた事がそれを邪魔した。

 トシとも恋みたいな熱いじゃれ合いをしたけど…何か違ったって事だよね。


「…志麻…」


 相変わらず思い出せない、を想う。

 きっと調べても思い出せない。

 だとすると、あたしは意図的に志麻の記憶を消されたんだ。

 そう気付いてからは、気にしない事に決めた。


 #####


 ポケットでスマホが揺れる。

 それを取り出すと、富樫から。


『FUF55の処理に向かいますが、どうされますか?』


 あたしはそれを読んで。


「行くに決まってんじゃん…っ。」


 勢いをつけて、立ち上がった。

 すると…


「お嬢さん。」


 車に乗った富樫が、窓を開けてあたしを呼んだ。


「ここかなと思いまして。」


「じゃ、どうするかなんて聞かなきゃいいのに。」


「いえ、お忙しいようだったので…」


「何、見てたの?」


「えっ?あっ、いやっ…そのっ…」


「あはは。冗談よ。」


 助手席に乗って、シートベルトを締める。


「さ、行こう。」


「はい。」


 富樫の隣も…あとどれぐらいかな。

 そんな事を思いながら。

 あたしは、少しずつ色を変えていく空を見上げた。




 〇片桐拓人


「はーい!!片桐拓人さん、クランクアップでーす!!」


「お疲れさまでした~!!」


 大きな拍手の中、俺はみんなに深く頭を下げる。


 日本とアメリカで撮影があった、この映画。

 今日、俺は日本でクランクアップを迎えた。


「拓人君、また一緒にやろう!!」


 監督から、力強いハグをされる。


「ありがとうございます。是非。」



 この撮影の途中、とんだオファーがあった。

 …いや、あれは脅迫だったな。


 めくるめく愛の二日間になる予定だったのに…

 実際俺が足を踏み込んだのは、とんでもない現場だった。

 そこで…殺したと思ってた父親が生きてる事を知り。

 さらには、その父親が慈善事業をしてたり。

 …とにかく、サプライズだらけだった。


 それとー。

 人知れず鍛錬だけはしてたが。

 意外な形で、それが活かせた。

 …すげー経験だったな…。



「どうします?優里ゆうりさんの所に行きますか?」


 打ち上げの後、マネージャーの宮國みやぐにが運転しながら言った。


「あー…でもフェス前で忙しいだろうからな。」


「……」


「何だよ。」


「あ、いえ…拓人さん、何かあったのかなと思って。」


「何かって?」


「ニューヨークでのオフの後から、少し様子が違う気がして。」


「別に変わんねーよ。」


「でも、結構な額の寄付をしましたよね。」


「あー、好感度狙い?」


「えー…また、もー…」


「おかげで高齢層のファンも増えただろ?」


 そう言いながら、窓の外に目を向ける。



 思い返すと…夢のような出来事だった。

 ドラマでしか手にする事はないと思ってた武器。

 それも、本物…いや、ま、出て来るのはスライムとかレーザーとか…ダミーかよって思わされたりもしたけど。

 それでもすごかったな。


 二階堂…か。



「明後日の取材、何時だっけ。」


「16時ですね。」


「それまでは何もないんだよな?」


「はい。しっかり休んで下さい。」


 ん?


 いつもは『休みだからってぐーたらしないで、少しは部屋の片付けでもして下さいよ』なんて言う宮國が…どうした?


 俺が首を傾げて見てると。

 宮國がルームミラーでチラリと俺を見た。


「…公開が楽しみですね。」


 デビュー当時から、ずっと俺のマネージャー。

 人を覚えるのが苦手な優里が、『柔道選手みたいで、いがぐりっぽい名前の人』と、わりと早くに覚えた。


 …俺、なんだかんだ言って、宮國の事は信用してるんだろーな…。

 で、優里も何となく気付いてるから…覚えたのかもな…。



「もう一杯飲んで帰ろうぜ。」


 もう少し、こいつの事を知ってもいいかな。って気になって誘ってみるも。


「えぇ…もう帰りましょうよ。」


 宮國は、俺に気を遣うような奴じゃなかった…。


「ちっ…」


「また次の作品が楽しみですね。」


「……」


 ……ま、いっか。




 〇二階堂 環


「環。」


 本部で浩也さんと人事データを眺めてると。

 疲れた顔の織がやって来た。


「…大丈夫か?」


「…大丈夫じゃない…」


 織はそう言ったかと思うと…人目もはばからず、俺の胸に倒れ込んで来た。


「……」


「現場に出てる方が気楽…」


「ふっ。物騒な事言うんだな。」


 そのまま、頭を撫でる。

 浩也さんが苦笑いしながら『これはまた後で』と、席を外してくれた。

 ついでに、周りにいた富樫や木塚も。


「全部任せて悪いな。」


「…ううん…」


 織は今、以前とは全く違う本家の建築に関わっていて。

 それこそ頭の中はフル稼働…しなくてはならないのだろうが…


「…どうして、こうなっちゃったのかな…」


 俺の胸に顔を埋めたまま、織が弱音を吐いた。


「…俺達には分からない事だってある。仕方ないさ。」


「でも…」


「空の前でそんな顔をするなよ?」


 織の頬に手を当てて顔を上向かせて。

 すかさず額にキスをする。


「ちゃんと話し合って決めたって言ってただろ?俺達がとやかく言うべきじゃない。」


「…分かってるけど…」


 拗ねたように尖った唇にも、ついばむようなキスをする。


「…環、ずるい…」


「可愛い顔するから。」


「かっ…からかわないでよ…」


「俺は本音しか言わない。」


「……もう。」


 もう一度胸の中に来た織を抱きしめて…少しだけ目を閉じる。


 もうすぐ…泉がいなくなる。

 それは誇らしい事でもあり…とてつもなく寂しい事でもある。


 さらには…


 空が、離婚した。


 ずっと俺達に隠れて付き合ってた、大学病院の整形外科医、朝霧あさぎり わたると結婚して五年。

 一人娘の夕夏の親権は、渉が持つらしい。


「空の今後を応援してやろう。」


「…そうね…」


 空は、泉のように現場向きではない。

 本人は現場に出たがっていたが、向いていない事はうっすら気付いているようでもあった。

 二階堂以外で働く選択もあると伝えてみたが、まずは勉強がしたいと言っていた。



「…万里君と紅も…元気かしら…」


「元気さ…きっと。」


 あの事件以降、万里と紅は二階堂を離れた。

 話を聞いた時は、俺も驚いたが…二人は三枝兄弟と共に、慈善事業に力を入れたい、と。

 今は三枝のルーツとも言えるシチリア島に渡り、人手を集めているらしい。



 万里と紅が抜けた事は、二階堂にとって大きな損失になる…と思ったが。

 新たな力も加わった。



「…坂本歳三です…」


「坂本総司ですっ。」


「……坂本です。」


 森魚と息子二人が、正式に二階堂に加わる事になった。

 装置を外した自分達は、きっと役に立たない。と、最初は渋られたが。

 みんなからの執拗なラブコールに、森魚が折れてくれた。



「…二階堂は生まれ変わる。」


「環…」


「それを、ずっとそばで…一緒に見ていこうな?」


 耳元でささやくように言うと。

 織は少し赤くなった頬を押さえながら。


「…またプロポーズされたような気分…」


 そう言って、俺の頬にキスをした…。


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 本日二話目の更新。


 明日で終わるかな?(分かりません!!)

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