第82話 「はー…」
〇桐生院華月
「はー…」
スタジオを出ながら、小さく溜息を吐く。
今日は個人練。
新曲の歌詞が書けなくて…ちょっと焦ってる。
「華月。」
詩生が作った曲の中で、すごく心地良くて…だけど恋の歌とはイメージが違う曲がある。
何を書こう…?
人生について?
思い出?
それとも…
「華月ったら。」
「…え?」
考え事をしてたせいで気付くのが遅れたけど。
振り返ると、泉が腕組みをして唇を尖らせてた。
「泉!!」
その姿を見た途端、あたしは駆け出してた。
「泉ー!!会いたかった!!」
「うわっ!!」
泉に飛びついて、ギューッ!!と抱きしめる。
「どうして!?どうしてここにいるの!?」
嬉しくて大きな声で言うと。
「あんた、自分が有名人って分かってる?みんな見てるよ?」
泉があたしの肩に手を掛けて言った。
「あ…」
少しだけキョロキョロした後。
あたしは泉の腕を取って、スタジオに戻った。
「ここ、あたしが入っていいの?」
「大丈夫よ。」
「ふーん…こんな感じなんだ。」
「泉、元気だった?ずっと連絡取れなくて心配してた…」
「あー…ちょっと危険な現場に行っててさ。」
「…そっか…」
シンバルに触れる泉を、じっと見つめる。
…何ヶ月会わなかったっけ…
泉、なんて言うか…
「…泉、きれい…」
「は?」
あたしの言葉に、泉はふざけた顔で笑った。
「ほんとよ?何だか…スッキリした顔。」
前に会った時、セフレがいる。って告白された。
あの時も、きれいになったって思ってたけど…
今は、あの時とは違って…
「彼とは上手くやってんの?」
「ん?うん。まあまあかな。泉は?」
「あたし?あたしは彼氏なんていないし。」
「えーと…ほら…例の…あの人と…くっついたりしてないの?」
「例のあの人?」
「その…セ…セ…」
「ああ、セフレの、ね。」
小さく笑う泉。
…あれ…
何だろ。
「…ねえ、これ…もらってくれない?」
「ん?何?」
あたしは、バッグから人形を出して泉に渡す。
「ぷっ。何これ。」
「
「えー、そんな大事なもん、あんたが持ってた方がいいんじゃない?」
「あたしは幸せになったから、この子の役目はおしまい。泉に持ってて欲しいの。」
「……」
泉は
だけど…優しい目。
…何となくだけど…泉と会えるのは、これが最後のような気がした。
どうして…って思うけど、そう感じてしまった。
泉は危険な現場に出向く人。
きっと、今回の任務で…何か決めたのかな…
例えば…
もう、友達は要らない…とか…。
「…えっ。」
七海ちゃんの頭を指でもてあそんでた泉が、あたしの涙を見てギョッとする。
「なっなんで泣いてんの?」
「…わ…分かんない…」
「あーあー、もう…」
ハンカチで涙を拭いてくれる泉は、笑ってるけど…笑ってるんだけど…
「…泉…」
「ん?」
「…あたし、フェスで歌うの。」
「前に聞いたよ?」
「見に来て…なんて言わないけど…」
「……」
「絶対、聴いて。」
せっかく拭いてもらった涙は、またポロポロとこぼれて。
だけど泉をまっすぐに見つめて言った言葉には、何か力が宿っていたのか…
「…うん。テレビ中継あるんだよね。絶対見るよ。」
優しい笑顔で言ってくれた。
…泉も、気付いてるんだね。
あたしが、もう会えないって感じ取ってる事。
「…泉…」
腕を伸ばして、そのまま泉を抱きしめる。
「あはは…なーにー、もうっ。」
ギュッと背中に回された両手。
泉と友達になって…色んな事があった。
毎日会えなくても。
めったに会えなくても。
ケンカしても。
憎まれ口叩かれても。
秘密を持たれてモヤモヤしても。
それでも…泉が大口開けて笑ってくれたら。
あたしは、何でも許せちゃってた。
「…大好き…泉…」
「ははっ。だーかーらー、何よっ。」
泣いてる顔、見せたくない。
だから、あたしは泉に抱き着いたまま。
泉はケラケラと笑いながら…あたしの髪の毛をくしゃっと撫でる。
「もー。可愛いんだから。」
耳元で、囁くように言った泉の声が。
涙交じりだったなんて。
あたしには分からなかった…。
〇二階堂 泉
「よっ、お嬢。」
華月とスタジオの外で別れて本部に戻ろうとした所で、声を掛けられた。
「アオイ?あんた日本に帰ったんじゃ?」
「一応、お礼的なやつ?てか、華月ちゃんと知り合いとか…ビックリだ。」
「知り合い?マブダチってやつよ。」
あたしの答えに、アオイは首をすくめて見せた。
「…まさか、この戦いで親父に会うとは思わなかった。」
シモンズでコーヒーを買って。
公園の木陰で少し話をした。
アオイは昔、三枝である事が嫌で…
父親である三枝薫平を家に閉じ込めて火を放った。と言った。
三枝兄弟は昔、一条のトップを殺害した。
その後は一条にいた頃に犯した罪を償うため、世界中の孤児や遺族を支援する活動をしているらしい。
その合間に、紅さんの無事を確認したり…
一条の再生や、カルロについても調べ上げていたそうだ。
「ずっと『親父を殺した』って思ってた。だから、生きてる事にも驚いたけど…ずっと誰かの支援をし続けてたって知って、俺も変わんなきゃなと思ったんだ。」
「アオイが?変わるって…片桐拓人はどうすんの。」
現場では、色んな顔のアオイを見た。
だけど、あの後一本だけ見たアオイの主演作は…
とことんクールなイケてる男だった。
それがハマって見えてしまうのだから、元々アオイはイケてる奴なんだろうな。
知らないけど(笑)
「俳優業は続けるよ。でも、俺も片桐拓人だからこそ出来る事をやる。支援なら、片桐拓人が始める事で周りを巻き込む事だって出来るしな。」
そう言ってウインクするアオイは、すごくカッコいいし…清々しく思えた。
「お嬢、どっか行くんだって?」
「え?」
「SAIZOが言ってた。『泉が遠くへ行く』って。」
「うん。」
「ま、どこに行っても世界平和を願う気持ちは一つって事で。」
アオイはコーヒーを飲み干して立ち上がると。
「お互い、頑張ろうぜ。」
あたしに、拳を突き出した。
「もちろん。アオイも、頑張って。」
お互いの拳を合わせて、笑顔になる。
「来春公開の映画、もうすぐクランクアップなんだ。暇があったら見てくれよ。」
「分かった。」
「じゃあな。」
歩いてくアオイの背中を眺めて、小さく溜息を吐く。
背後に感じてるトシの気配から。
悲壮感しか感じ取れないから。
あー、もうっ。
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21時にもう一話更新します
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