第81話 ポワッ…ポワッ……ポッ…

 〇二階堂 泉


 ポワッ…ポワッ……ポッ…


『みんな!!離れて!!』


 薫平の声に、みんながその場から離れる。


こうさん!!そこから逃げて!!」


 門前に立ち尽くしたままの紅さんに声を掛けると。


『…来た』


 紅さんはそう言って…ロケットランチャーを構えた。


「え…」


 その方角には、バイクに乗った…カルロ…って言うか、甲斐さんにしか見えなくて…ちょっと戸惑う。


 バズッ!!


 紅さんが放ったのは、もちろんさくらさんの改良品。

 それでも威力は抜群。


 体勢を崩したカルロは、バイクから身を投げだされたものの。

 続けて紅さんが繰り出した捕獲網にキャッチされた。


 その様子にホッとしたのも束の間。

 まるで、バリアのように膨らんだスライムの中に、本家が丸ごと浮き上がったかと思うと。


 ポンッ!!


「わっ!!」


 とても…とてもぬるい、大きな音がして。

 そのスライムのてっぺんから、空に向かって煙柱が立った。


「……」


『…えーと…』


『他はどうだ』


『えー…無事です…』


「…良かった…」


『……うん……』


 あたし達は、丸い穴だけが残されたその地を見下ろして…


「…ふ…ふふっ…」


『あははは…』


『ふっ…』


 みんな、少し笑った。




 〇さくら


 CA5を降りて、紅ちゃんに駆け付ける。

 捕らえられたカルロは…それでもやっぱり甲斐さんにしか見えなかった。


「…おい。」


 そんなカルロに声を掛けたのは、SAIZO君だった。


「その傷…うちのじーちゃんにやられたのか。」


「……」


「えっ…トシのじーちゃんって…」


「何年も前から行方不明だった。死んでると思ってたけど…その傷のつけ方…坂本だ。」


 確かに…独特な傷だと思ったけど…

 まさか、SAIZO君のおじいさんだなんて…


 …あの島、他に体温反応はなかった。

 もしかしたら…もう…


「…連行する。」


 海さんがそう言って手錠を取り出そうと…


 はっ。


「危ない!!」


 一斉に、みんなが銃を抜いた。


 海さんは紅ちゃんを抱きしめて地面に転がって。

 みんなの銃が、多方向からカルロを撃った。


 それは、あたしが改良した銃。

 しびれたり、拘束されるだけのはず。

 なのに…


「…誰が…」


 カルロの額に、一発の実弾。


 弾道を振り返ると…

 そこに舞ちゃんがいた。


「舞さん…」


 泉ちゃんが戸惑いながら声をかけると。


「…父親と同じ顔だから、どうかとは思ったけど…」


 舞ちゃんはゆっくり歩いて来て。

 目を開けたままのカルロを見下ろした。


「…それでもやっぱり…」


 そう言った舞ちゃんの視線は、カルロから紅ちゃんに移って。


「ごめんね、紅。」


「……」


「…万里君のお父さんなのに、ごめん。」


「いえ…」


 …あれ。

 なんだろ…

 この二人の感じ…


「…誰一人、殺さない、死なせない。あたしはミッションが遂行できませんでした。すみません。」


 深々と頭を下げる舞ちゃん。

 すると…


「……あいつを生かしておいたら…大変な事になってたよ…」


 CA5に寄り掛かった千秋さんが言った。


「…え?」


「それに…額を撃ったのは…正解…あいつの心臓が…スイッチだったみたいから…」


「!!!!」


「それじゃ…島で命を落としてたら…」


「その時点で…世界が終わってた…」


「……」


 丸い穴が空いたままの本家の跡を、無言で眺めた。


 綺麗に跡形なく空き地となってしまったそこは。

 多くのソルジャーを世に送り出した場所。

 きっとこれからも…そうなるはずだった場所。


 …ううん。

 二階堂なら、大丈夫。

 これからの方が、きっと強靭な組織になれる。



『…みんな、お疲れ様。大変だろうけど、各々処理をお願い。本部のミサイル確認も』


『ラジャ』


 織ちゃんから指示が出て、みんなそれぞれ動き始めた。

 カルロは司法解剖のため、袋に入れて連れて行かれた。



 …あの時、カルロは紅ちゃんにナイフを向けた。

 その瞬間、紅ちゃんが目を閉じたのを…あたしは見た。


 どうして?



「…腑に落ちない顔ですね。」


 隣に来た舞ちゃんが、小さく笑った。


「…カルロ、本当は誰だったのかなって。」


「あれは…紅の長兄です。」


「え?」


「万里君とあいつとあたし…三人になった時、本人がそう言いました。妹を返せ、と。」




 〇東 舞


「最初は、万里君の父親のフリをしてました。許して欲しいって。」


 あたしは自分の爪先を見ながら、三号機での出来事を思い返す。


「でも…万里君はいつからか父親じゃないって疑ってたみたいで、揉み合いになりました。その時に、あいつが『妹を返せ』って。」


「……」


「混乱させようとしてるんだと思いました。だけど、一条じゃないと知り得ない事を次々と言われて…しかもそれは、あたし達が紅を疑ってしまうような事で。」


「汚い奴…」


「でしょ、ほんと。でも……あたし、一瞬でも紅を疑ってしまった…」


「……」


 あたしが俯くと、さくらさんが肩を抱き寄せてくれた。


「…舞ちゃん、みんなを助けてくれて、ありがとう。」


 心地いい声が、すっと胸に沁み込んで。

 あたしの目から、ポロポロと涙がこぼれた。



 …クソジジイ…

 何やられてんのよ…

 あんな奴らに…


 それに…あたし。

 志麻に誇れる自分でありたいと思ったクセに…

 紅を疑ったり…


 …嫌んなる…



「…泣いちゃえ泣いちゃえ…」


 あたしより背の低いさくらさんの肩を借りて。

 しばらく泣いた。


 背後に沙耶君の気配を感じたけど。

 今は…振り返りたくなかった。



「…舞ちゃん。世界を守る事が出来たのは、舞ちゃんの決断のおかげだよ。」


「……」


「あたしの無茶なミッションに付き合ってくれて、ありがとう。」


 ギュッと抱きしめられた。

 今は…この不格好なハグが。

 すごく、薬になる気がした。


「…こちらこそ…ありがとうございました…」


 鼻水をすすりながら顔を上げると。

 さくらさんの後ろに、環さんがいた。


「…いつの間にこっちに?」


 涙を拭って問いかけると。


「さくらさん、お疲れさまでした。」


 環さんが…


 さくらさんのこめかみに、手を当てた。




 〇二階堂 海


「咲華!!」


 俺がその背中に声を掛けると。


「えっ、海さん?」


「パーッ!!」


 咲華とリズが笑顔で振り返ったその先に…MM910が軽く会釈をして歩いて行く姿が見えた。


「こっちに帰ってたの?」


「ああ…ちょっと仕事で…リズ、元気だったか?」


 抱きかかえると、リズは溢れんばかりの笑顔で抱き着いてくれた。


「出掛けてたのか?」


「小々森商店さんに。前に話した事あるかな。はるかちゃんが帰省しててね?」


「ああ…昔から夏休みだけこっちに来てた?」


「そう。娘さん達にもお会い出来て良かった。」


「…そうか。良かった。」


 ホッと一息吐くと、咲華が腕を絡ませてきた。


「…お仕事お疲れ様。」


「……」


 返事の代わりに、額に唇を落とす。


 …色々、複雑な気持ちの残る戦いだった。

 それでも…俺達は再生に向けて、すでに動き始めている。


「残念ながら、まだ仕事の途中なんだ。」


「えっ、そうなの?」


「ああ。家まで送るよ。」


「嬉しい。」


 並んで歩きながら、桐生院家での日々を様子を聞く。


「体調は?」


「絶好調♡」


「良かった。」


 咲華とリズには、もうしばらく桐生院家で生活してもらう事になる。


「…大丈夫?」


「ん?何が?」


「海さん…泣きそうな顔してる。」


「……」


 立ち止まると、リズが不思議そうな顔で俺を見上げた。


 …弟のような存在が命懸けで潜入捜査してくれたというのに…一条にまんまとやられた事。

 その志麻は…この瞬間にも、SSに行ってしまっているかもしれない事。

 …甲斐さんが偽者だった事。

 ……本家が、消失した事。


 世界を守れた。

 それだけで…いい。

 色んな想いはあれど、俺の気持ちは以前に比べたらスッキリしている…はずだ。


 しかし、どこか腑抜けている気もする。



「…きっと、あたしの知らない所で色々あるのよね…」


 咲華がそう言いながら、俺の背中に手を当てた。


「泣きたい時だってあるわよね。うん。」


 首を傾げて、咲華を見る。


「海さん、今の仕事が終わったら、絶対お休みもらってこっちに来てね?」


「…ふっ…」


「あっ、笑った。もうっ。」


「ははっ…ごめん。ああ…絶対、来るよ。」


 今は…

 腑抜けててもいい。

 俺を、二階堂のトップとしてではなく。

 二階堂 海として、見てくれている咲華がいる。


 何もなくなった本家の上空を旋回した時…俺は笑った。

 勝手に抱えてしまっていた重責を、手放せた気がしたからだ。


 だけどこれからは…自分の生き方として、全てに責任を持ちたい。

 二階堂だけじゃなく。

 男として。

 人間として。



「ありがとう、咲華。」


 手を繋いで歩き始める。


 伸びた影を見ていると。

 腕の中のリズが、険しい顔で歌い始めて。

 それが義父さんの物真似と知り…


 泣くほど、笑った。




 〇高原さくら


「……」


 あれ。

 あたし…何してたっけ。


 天井を見ながら、パチパチと瞬きを繰り返す。


 えーと…


「さくら。何してるんだ?」


 ぬっと現れたのは…大好きな顔。


「なっちゃん!!」


 あたしは飛び起きて、その大好きな人に抱き着く。


「うわっ!!なっ何だ?」


「身体は?無事?」


「何言ってるんだ…退院したんだから、無事に決まってるだろ?」


「あ…あー…そっか…」


 なっちゃんは…華月に説得されて、入院した。

 すごく真面目に検査を受けて…

 何とか、退院にこぎつけた。


 …フェスは無理だろうけど。

 一緒に観る楽しみだって、あるよね…?



「新会長があっちの事務所の視察に行ったまま帰らないって、里中が文句言ってたぞ?」


「えー?」


「ま…俺が一番文句言ってたけどな。やっぱりさくらがいないと寂しい。」


「……」


「…どうした?」


 なっちゃんの胸に顔を埋めたまま。

 何か…忘れ物をしたような気持ちになって…泣きそうになった。


「さくら?」


 顔を覗き込もうとするなっちゃん。

 あたしは、その大事な人を不安にしちゃいけない…って。

 ギュッと目を閉じたあと、なっちゃんをギュッと抱きしめて…笑顔を向けて言った。


「アッチョンブリケ。」



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 本日二話目。


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