第80話 「織、こっちも頼む。」

 〇二階堂 環


「織、こっちも頼む。」


「任せて。」


「木塚、火野、そっちはどうだ。」


『こちら木塚。武器の回収は終わりました』


『こちら火野。志麻のチップに助けられましたね…』


「…全くだ…」


 危険を冒して、一条に潜入した。

 もうすぐ志麻は…SSに行く。

 この上なく頼もしい逸材を…

 二階堂は失う事になる。

 世界のためと分かっていても…痛い。


 真っ直ぐな目で、SSに行きを志願した志麻。

 世界を守るためなら、身を差し出す覚悟は出来ている、と。

 誰よりも熱意のある男。

 だが…

 嘘を吐くのが下手だ。



『環。聞こえるか』


 ふいに飛び込んで来たのは、先代の声。


「はい。何かありましたか?」


『今、さくらから連絡があった』


「さくらさんから?」


 俺の返事に、織が顔を上げた。


『………』


「……え?」


 先代の言葉…さくらさんの作戦に。

 俺は…


「決行しましょう。」


『いいのか?』


「考えてる時間はありません。」


『…よし。ゴーサインを』


 誰でもない。

 俺の決断だ。


 これで、世界が救えるなら。



 …二階堂が、生まれ変われるなら。





 〇二階堂 海


『ボス、今どこにいますか?』


 薫平にそう聞かれた時。

 俺はすでにCA5で日本に向かっていた。



 CK47…千秋さんに変わって数列を打ち込み、船体の分離と操縦回路への侵入が終わった所で…


「…ここは…ニューヨーク…」


 千秋さんが横たわったままつぶやいた。


「私は今から日本へ向かいます。今後の事は、部屋の外にいる捜査官が」


「俺も…っ…日本へ…」


「……」


 突然、強い力で腕を掴まれた。

 あれだけ薬漬けにされて…心身ともにダメージを受けていた人とは思えないほど。


「お気持ちは分かりますが、その身体では耐えられません。」


「頼むっ!!」


「……」


「危ない…危ないんだ……大切な人が…危険だ…」


 俺の腕にすがる千秋さんを見ながら。

 …ボイスレコーダーの中身を思い出した。


『千秋…』


『…愛してます…』


 隠しフォルダに紛れ込んでいた…二人の女性の声。

 一人は聞き覚えのない声で。

 一人は…よく知っている声だった。



「残して行くなら…俺はここでスイッチを押す。」


「…スイッチ?」


「いつも…来てた奴が…持ってるのと…同じスイッチだ…」


 そう言って見せられたのは、小さなボタン。


「これは?」


「…奴が…仕掛けてる…爆弾の…」


「……」


 それを聞いて、俺は頭の中に志麻のチップのデータを開いた。


 …どこだ。

 どこかに妙な図式があった。


「俺の持ってる…コレは…奴のスイッチを…止める事が出来る…」


「スイッチ…」


 頭の中の図式を、やっと読み解けた。

 あれは…そういう意味だったのか。

 二階堂にはないやり方。




『ボス、そのCA5から変な電波出てません?』


 薫平の声に、少しだけ背後を振り返る。


 俺には…あのまま千秋さんを置いていく事は出来なかった。


「…CK47が同乗している。」


『え?なんで…って言うか、せまっ……いですよね』


「何とかなってる。」



 間に合ってくれ。


 頼む。



 …間に合ってくれ…。






 〇高津 紅


「万里君!!」


「…大丈夫だ…」


 私が三号機に入った時。

 万里君は足を押さえて、舞さんに支えられていた。


「止血はしてある。でも、軽傷とは言えない。」


 舞さんが怒りのこもった声で言った。

 そして…


「……」


 何か言いたそうに、私を見つめた。


「さくらさんが、カルロを追いました。」


「…うん。あたしも行くわ。」


 舞さんが立ち上がって、CA5に向かう。

 その背中を見送って…


「万里君…ごめんなさい…」


 大切な人を…抱きしめる。


「…なんで紅が謝る?」


「……」


「俺が…甘かった。」


「…彼とは、話しを…?」


「……」


 万里君は痛みに顔を歪めながら。


「…特に…実のある話はなかったよ…」


 そう言って…目を閉じた。




 〇さくら


「っ…!!」


 カルロの乗ったバイクは水上に出たと思うと、マフラーから銃を乱射して来た。


「な…何よー…!!」


 あの告白で。

 万里君と…三枝兄弟のお父さんだって分かって…

 すごく、同情したけど…


 もー…許さない…っ!!


「くらえー!!」


 スライム弾をお見舞いするも、カルロはヒョイっとそれを避けた。


「…そっか。偽者でもケガ人でも甲斐さんだ。出来る奴だ。」


 舞ちゃん、追い付くかな。

 応援が欲しい。


 出来れば、たくさん…


『さくらさん!!』


 ふいに視界に入って来たのは…


誉人よひと君!?」


『遅くなりました!!指示お願いします!!』


「来てくれてありがとう!!じゃ、右から援護して!!」


『ラジャ!!』


 誉人よひと君が旋回して、スライム弾を発射する。

 だけど、それらも全て…カルロは上手く避けてる。


『さくらさん、舞です。あのバイク、たぶん自動察知で避けてますね』


「なるほど…優秀な作品だな…」


 追い付いた舞ちゃんが、『左から行きます』って加勢してくれたけど。

 カルロの乗ったバイクは、飄々と走りながら…刻々と本土に近付いてる。

 …まずいよ。


「舞ちゃん、誉人よひと君、あたし、どーしてもカルロより先に行かなくちゃいけないの。」


 二人にそう言うと。


『どこへですか?』


 同時に返事があった。


「二階堂本家。」


『え?』


「…ごめん…飛ばすね…!!」


 身体が、ミシミシ言ってる気がした。

 だけど心の痛みの方が強い。



『ばーちゃん!!何無茶してんの!!』


 瞬平君の慌てた声。


『さくらさん!!それ以上は無理だ!!』


 薫平君、普段はクールなのにね。


『さくらさん!!カルロの持ってるスイッチは、千秋さんが解除出来ます!!無理しないで下さい!!』


「海さん…それだけじゃダメなんだよ…!!」


 あたしは大きく左に回って、カルロの前に出た。

 すると、すかさず銃を構えられたけど…


『させない!!』


 舞ちゃんの援護で、カルロが体勢を崩す。

 その隙に…あたしは先を急いだ。


 みんなの声が耳に飛び込んで来る。


 何をするのか。

 どこに行くのか。


 カルロはきっと…あそこに仕込んでるんだ。



『さくらさん』


 色んな声が聞こえる中で。

 落ち着いた声が、あたしの心の痛みを…


『二階堂は、何があっても終わりません』


「環さん…」


『すでに全員避難済みです』


「……」


『よろしくお願いします』


「……分かった。」


 環さん…少しだけ、声が震えてた。

 そりゃ…そうだよね…

 ずっと、ずっとずっと、二階堂にいたんだもんね。


 あたしも…育った場所。

 ヒロと笑ったりケンカしたりしながら、夢を見付けた場所。


 感傷的になるのは、ソルジャーとしてはダメなのかもしれないけど。

 あたしは、それが二階堂のみんなのいい所だとも思ってる。

 人の痛みが分かんないと…誰かを守ったり、気持ちに寄り添ったり出来ないもん…


「…みんな、聞いて。志麻さんが持ち帰った一条データの中に、何だか分かんない図式があったよね。あれ、二階堂本家の下に爆弾があって、そのスイッチが入ると共に全二階堂も爆破されちゃう図式なの。」


『えっ』


『…はっ…本当だ…』


 あたしの言葉に、双子ちゃんが息を飲んだ。

 だけど…


「でも、たぶん一条はこれだけで済ませるはずがない。それであたし、バッファ式に解いてみた。」


『……』


『…これは…まさか…』


 みんな絶句してる中、かすかに千秋さんの声が聞こえて来た。

 だとすると、この作戦に千秋さんは関与してない。

 それどころか…


 カルロ…

 ううん…一条のは、誰も信用してなくて…一人でこれをやり遂げるつもりだったんだ。



「…これは、連動ミサイルの通過予測図…二階堂本家の爆破をキッカケに、全二階堂から世界中にミサイルが発射される。」


『そんな事させないよ!!』


 飛び込んで来た声は…泉ちゃんだった。


『泉!!どこだ!?』


『兄貴の対角から!!トシとアオイと一緒にCN764上空!!』


「…さすがだよ…頼もしい。」


『目的地まで2分。さくらさん、作戦は』


 海さんの言葉を聞いて、あたしはみんなにデータを送る。


「本家の下に仕込まれてる爆弾は…ミミット981のはず。だとしたら…」


『…イチかバチか…ですね』


 CA5に搭載してる物だけで、防げるかどうかは分からないけど…

 やるしかない。

 カルロがここに来るまでに…


「到着。カルロが来る前に始めたい。」


 あたしがそう言うと、東から三基、西から一基のCA5が見えた。


『さくらさん、紅です。カルロは私に任せて下さい』


「紅ちゃん!?どこ!?」


『本家の前にいます』


 下を見ると、紅ちゃんがロケットランチャーを担いで立ってる。


『到着!!始めよ!!』


 泉ちゃんの声に、あたし達はCA5から一斉にスライムと消火剤、それに…

 やぶれかぶれな『しびれる君』を本家に発射した。


「お願い!!効いて…!!」


 ポワッ…


『みんな!!離れて!!』


 薫平君の声がして。

 あたし達は、その場を離れる。


 ポワッ…ポッ…


 不思議な音が数回響いたかと思うと……


--------------

どーなる!?


今日は何話か更新します。

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