第77話 「…紅、行けるか?」

 〇高津万里


「…こう、行けるか?」


 カルロは…告白の中に、俺の名前を出さなかった。

 それを少し残念に思った辺り…

 俺は、あの人が罪を犯したとしても、父と認めたかったのかもしれない。

 そして、俺を息子と認めて欲しかったのだと。


 色々遠回りをした気がする。

 だが、それらも思い返せば笑い話に出来るほど…今の俺は、覚悟が決まっている。



『もちろんよ』


「…紅、ごめんな。」


『どうして謝るの?たとえこれが最後だとしても…あなたと一緒に戦えた。それが嬉しい』


「……」


 クリーンを出る時に、約束した。

 最後まであきらめない、と。

 しかし、もし覚悟を決める時が来たら…


 その時は一緒だ、と。



 俺は通信をオールに切り替えて、ハッキリと告げる。


「こちら万里。紅と潜ります。」


 さくらちゃんとカルロ…そして救助に向かった舞と通信が途絶えた。

 現地に到着した俺と紅は、もう…そのつもりでしかなかった。


 …自分の命を失ってでも、さくらちゃんと舞を救い出す。





 〇高津 紅


『紅…ごめんな』


「どうして謝るの?」


 CA5で海に潜りながら、大切な人の声に笑いながら返事をする。


「たとえこれが最後だとしても…あなたと一緒に戦えた。それが嬉しい。」


『…紅…』


 チップには、敵の狙いは私だから…と、瞬平の焦った声が入って来た。


 私は二階堂の人間だ。

 そこで最愛の人と結ばれ、かけがえのない家族と仲間を持つ事が出来た。

 もう…十分…


『…紅』


 私が覚悟を決めたその時。

 懐かしい声が聞こえて来た。


「…へき…?」


『ふっ…分かるのか』


「…うん…」


『今から言う事を頭にたたき込め』


 洞窟を出る時、四人で話し合った事の他に…

 へきは、私にいくつかの作戦を追加した。


「…分かった。」


『彼を…死なせてはいけない』


「ええ。必ず守るわ。」


『祈ってる』


ろく…ありがとう。」



 キッと前を見据えて、海中に入る。

 小さな島は簡単に一周出来るほどで。

 私と万里君は並んで進みながら…


『紅、キャサリンに入口が映ってる。俺はA地点から入る』


「了解。私はDから入るわ。」


 へきろくからの言葉に、これが最期なんて思いは捨てる事にした。


 必ず…守りぬいてみせる。




 大切なあなたを。





 〇高津薫平


「父さん!!母さん!!ダメだ!!奴らの狙いは母さんなんだから!!」


 隣で瞬平が叫ぶ。

 俺も内心焦りまくってたけど…

 パニくってる瞬平を見たら、妙に冷静になれた。



 ロンドンは富樫さんがMI6と上手くやってくれてる。

 パトナーの格納庫の武器対処はかしらのグループが。

 泉とSAIZOとアオイは砂漠で残党処理中。

 ボスはCK47の持ってるデータを分析中。

 さくらさん、舞さん、沙耶さん…と、うちの両親が日本。


 …正直、偽者甲斐さんの告白を聞いてもピンと来なかった。

 ま、行方不明の息子達に関しては、言いたいのに言えない感すごかったな。

 母さんと三つ子として育った、三枝兄弟…俺達の叔父さんになるんだなーって、そこはちょっと…ビックリしたけど。

 どーも全体的に本物甲斐さんの擁護的告白に思えて、うーん…ってなってる。



「おまえも何か言えよ!!」


 バーンと、瞬平に肩を叩かれた。


「いてっ。」


「平気なのかよ!!」


「平気なわけないじゃん。ただ…」


「ただ何だよ!!」


「今回の一条の狙いって、何だったのかなって。今更だけど。」


「え?そんなの、母さんを…」


「うん。けどそれって誰からの情報だっけ?」


「……」


「単なるすり込みじゃないかな。長年、まんまと騙されてたんだよ。俺達。」


「…そーゆー……」


 瞬平が唇を尖らせて黙った。

 まあ…ほんと、呆れるよ。

 騙された自分達にさ。



 俺が腕組みをしてモニターを眺めてると…ふいにメールが届いた。


「…瞬平、これ見て。」


「何っ……え…」


「急いで調べよう。絶対…」


「誰一人、死なせない。」


 そうだ。


 誰一人…絶対、死なせない。







 〇さくら


「う…」


 何だろ…あちこち痛い…


 そう言えば…カルロを抱えて砂浜歩いてたら…

 足元が崩れて…


「……」


 うつ伏せになってた身体を起こして、上を見上げる。

 何だろ…これどこ?

 辺りは砂だらけだけど…あきらかに建物の中だ。


 ガクン


「…っ!!何これ…」


 島の中にいたはずなのに、動き始めた。

 て言うか…


「カルロ…」


 どこに行ったんだろ。


 落ちてる血を辿って歩き始めると。


「さくらさん!!」


 突然、紅ちゃんに出くわした。


「え…ええっ…紅ちゃん、なんでここに?」


「この島自体が一条のアジトです。」


「え…?」


 呆然とするあたしに、紅ちゃんは。


「お願いします。私に力を貸してください。」


 真剣な目で、そう言った。





 〇二階堂 海


「千秋さん、聞こえますか?」


 俺の呼びかけに、CK47…千秋さんはゆっくりとまぶたを開けた。


 研究所から救出された後、ニューヨークの病院へ緊急搬送。

 投与された薬の分析をし、解毒も済んだ。

 しかし脳だけではなく…心にも影響がないとは言えない。


 長年一条に囚われていたのは、千秋さんだけではなかった。

 その人達も同じように、病院で治療を受けている。


 …ずっと甲斐さんとして現場を共にしていた人が…三枝の人間だったなんて。

 彼の告白を聞きながら、納得のいく事もあれば…首を傾げずにはいられない事もあった。


 それでも、今俺がすべき事は…



「千秋さん、一条のトップにお会いになられた事はありますか?」


「……」


 俺の問いかけに、千秋さんは苦痛に歪んだ顔をした。


「…では、研究所にいた頃、頻繁に来ていた人物の顔を覚えていますか?」


「…か…」


 …か?


「顔を…」


「顔?」


「いつも…顔を…変えていた…から…」


「…顔を変えていた……声は?」


「声も…顔に合わせて…」


「千秋さんは、それが同一人物だと?」


「…途中で…気付いて…」


「……」


「全部…ボイスレコーダーに…」


「え?フォルダは全部開けましたが…」


「隠しフォルダが…あります…」


 俺はそれを聞いて、瞬平と薫平に届けるはずだったボイスレコーダーを取り戻し、千秋さんの前で開いてEEと連携させた。


「…Rの…発音になると…声紋…が、独特で…」


「なるほど…同一人物と言えますね。」


 キャサリンで声紋の周波数の動きを見せると、千秋さんは『この装置は?』と、食い気味に身体を起こした。

 …さすが研究者。

 瞬平と話が合いそうだ。


「…俺は…大変な事に…手を貸してしまった…」


 うなだれる千秋さんの肩に手を置いて。


「あなたにしか出来ない事が、まだあります。」


 俺は、千秋さんに協力を仰いだ。




 必ず…



 誰一人、死なせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る