第76話 「……」

 〇東 舞


「……」


 あたしは、聞こえて来る父親の偽者…カルロの声を聞きながら。

 あちこちで拾い集めてたピースを繋ぎ合わせようとしていた。




 12月8日。

 あの日、彼…甲斐正義は、ジュエリーショップでの銃撃戦に、二階堂として人質の救助に入った。

 私は近くの建物の二階で、銃を構えて待機していた。

 狙うのは、店の前に立つ男達。

 彼にそう指示されていた。


 しかし、誰にとっても想定外の事が起きた。

 突然現れた女の子が、一人で全てを終わらせたのだ。

 あまりにも一瞬の出来事で、私は自分が銃を構えている事すら忘れていた。


 彼に指示を仰ごうとしたが、彼もまた…動揺していた。

 そして、うっかりしてしまったのだろう。

 私を誰と間違えたのか…彼が言ったのは。


『早く子供を連れて行け!!見つかったら殺せ!!』


 信じられない言葉だった。


 しかし、おかげで全て分かった。

 彼と一条が繋がっていた事が。

 世界から子供をさらって、一条に集める。

 もしかしたら…私の子供達も一条に連れて行かれたのではないだろうか。


 長男は、生きていれば15歳。

 双子は五歳だ。



 私は、遠方の任務に行っていた坂本に会い、協力を仰いだ。

 意外にも、彼からの任務に辟易していたらしい坂本は、私と組むと言ってくれた。


 そして、私達は決行した。

 甲斐正義を連れ去り、監禁したのだ。

 私にとって、懐かしく悲しい地であるシチリア島に。


 しかし彼は何も喋らなかった。

 その沈黙が不気味だった。

 自分が拉致される事すら予感していたかのような落ち着きに、私と坂本は焦りを感じた。

 もし、彼を連れ去った事が知られてしまえば、私達は一条のみならず二階堂も敵に回してしまうかもしれない。


 …そこで私は、生まれ変わる事を選んだ。

 幸い背格好は似ている。

 顔を変え、声も変え、甲斐正義として生きる事を決意した。

 カーラの復讐と、子供達を探すために。


 こうして、甲斐正義としての人生が始まった。

 二階堂に馴染むのは容易だった。

 ジュエリーショップの事件で一般人を死なせてしまった二階堂は、全体的に集中に欠け、私の思い通りに動く状況になるまで…そう時間はかからなかった。


 そうしている間にも、一条は二階堂への復讐と世界征服に向けての準備を進めていた。

 何とか甲斐正義に一条の狙いを喋らせなければ。


 しかし、シチリア島が一条に襲撃された。

 すでに三枝は組織としては成り立たない状態だったため、甲斐正義の見張りと世話役をしていた男三人が殺され、彼は連れ去られた。


 その後、彼の消息はつかめなかった。

 恐らく一条に連れ去られたはずとは思っても…二階堂の仕事をこなしながら、彼を探すのは容易ではなかった。


 そこで私は、坂本を頼った。

 すると…衝撃の報告があった。


『甲斐正義は、騙されて子供の運び屋をしていたようです』


 …何?


 彼は…

 二階堂に似た、もしくはその上をいく組成の手助けを、と騙されていた。

 連れて来られる子供達も、二階堂のように孤児と伝えられていたらしい。


 しかしふたを開けてみれば、兵として使えないと判断されると消される実情。

 そうとも知らず…彼は多くの子供を一条に運んだ。

 その大半が人間兵器として育てられ、感情が育った頃には殺される。


 彼は単身、一条に乗り込んだ。

 だが…

 自分が手を貸していた事に変わりはなく、むしろ罪を背負うカタチになった時は…家族はもちろん、二階堂がどうなるか。


 もはや彼は自分が手を汚す事でしか、全てを守れなくなっていた。

 しかしそれは正義ではないと気付いた彼は…


 12月8日、ジュエリーショップの立てこもりに気を取られていた地元警察を尻目に、すでに多くの子供達が一条によって拉致つれていた。

 彼は、その子供達を逃がすために動いていたのだ。


 …私のした事は…


『…何であれ、彼は一条に手を貸していた。気に病む事はありません』


 坂本にはそう言われたが、自分の決断を呪った。


 しかし時は戻らない。

 私は…私のやり方で、二階堂と彼の家族を守るしかない。



 私が甲斐正義になって13年経った頃、一条が日本で動き始めた。

 坂本と共に、慎重に動いた。

 もし、一条の手によって彼が関与させられていたら…


 何としても、阻止したかった。

 だが、彼が関与している情報は得られなかった。

 大きく動いていたのは、若い殺し屋達。

 …彼が何も知らず一条に送った子供達なのだろうかと思うと、胸が痛んだ。


 その翌年、一条のトップが何者かによって殺害された。

 それによって一条は壊滅状態に追いやられた。

 しかし、すぐに再生に向けての動きがある、と…坂本から聞かされた。


 もはや私達だけでの捜査では太刀打ち出来ない。

 そう判断した私は、二階堂で一条の捜査をしたいと持ち掛けた。

 すると…


『これは私の復讐でもあるんです。お願いします。私にやらせて下さい』


 坂本は、幼い頃に家族全員を一条に惨殺された、と…初めて語った。

 孤児になり、二階堂で育った、とも。

 成人を前に二階堂を抜け、坂本のルーツに沿って生きる事にした、と…。



 今後も私は二階堂で現場をこなしながら、一条を探る事になる。

 私は50歳、坂本は48歳。

 まだ動けるとは言っても、若い頃のようにはいかない。

 相手が一条となると、身体を酷使する必要がある。

 私が二階堂から動けない分、必然と坂本の負担が大きくなる。

 どうにか助ける事は出来ないか、私は考えた。


 坂本には、とても優秀な息子がいた。

 私と坂本は、本人の同意を得て…彼に装置を埋め込んだ。

 元々優秀だった息子はさらに優秀になり、親子での調査は二階堂のそれをはるかに超えていた。


 それからは、坂本に生まれた子供には装置を埋め込むのが常になった。

 そのせいで短命かもしれないとしても、その瞬間に実力以上の何かが引き出せるのは夢のような話。

 私も坂本も、何かにとり憑かれていたのかもしれない。




「……」


 カルロが『装置』の話しを始めた時。

 あたしは頭の中で、最近の会話を思い返した。



『実は、坂本家のみんな、身体に良くない装置を埋め込まれてるの』


 さくらさんが、あたしにそう打ち明けた時。


『…それは、誰に埋め込まれたんですか…?』


 あたしは、さくらさんに問いかけた。

 だけど。


『そこは調査中なんだ。分かったら知らせるね』


 …あの時、さくらさんは本当に知らなかったのか。

 それとも、本当に調査中だったのか。

 だとしたら、誰が調査してたのか。

 疑問は色々あるけど、一つ…思うのは。


「…遠慮は無用…」


 小さくつぶやいて、加速する。



 父親が、騙されて一条に手を貸してたと知って。


 バカじゃない?

 アホくさ。


 って思いと。


 …だから、突然『好きに生きろ』なんて言ったのかな。


 って………




『長年、一条は動かなかった。そこで私は…坂本に二階堂が不利になるようなデータを掴ませ、一条をおびき寄せる作戦に出た。早く動かさねば。私には…時間がない』



 …偽者だとしても。

 あたしは、この甲斐正義を名乗った男と、長年親子だった。

 ま、元々親子らしい事なんて何一つなかったけど。

 二階堂として。の生き方しか学ばなかった。

 それが、あたしの中での親子なら…


 元々の父も、偽者の父も。


 …あたしにとっては、完璧だ。



 それにしても…

 カルロ。

 万里君の事、一切喋らなかったな。

 二階堂に入って、きっと途中で我が子の存在は知ったはず。


 …あたしの父への贖罪も含め、色んな感情に纏わりつかれたに違いない。

 あーあ…

 ほんと…

 こういう世界って、感情のやり場に困る。



「…こちら舞、もうすぐHS4855に着きます。」


『舞、無理はするなよ』


 珍しく、早口な環さん。


 それに答える事なく、あたしは島に着陸…しようとして。


「…さくらさん、CA5が燃えてる。近付かないで。」


『え?でもこっちは…きゃっ!!』


「さくらさん!!」


『さくらちゃん!?』


『舞!!何があった!!』


「っ…さくらさんのCA5が炎上。さくらさんがカルロを担いで歩いていたと思われる周辺一帯の砂が地底に沈みました。」


『何?』



 父が死んでいた事。

 偽者を見破れなかった事。

 本当なら、悲しみや悔しさが募るのかもしれない。

 いや、瞬間的に何か湧いた気もしたけど。


 今は…何の感情もない。


 ただ、ただ…


 志麻に誇れる自分でいたい。

 だから…


「救助に向かいます。」


『待て!!舞!!』


『舞さん!!危険です!!』


 あたしは、誰の声も聞き入れなかった。

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