第75話 『…が…っ……は…』

 〇さくら


『…が…っ……は…』


「こちらさくら。誰か聞こえる?」


『……い……―…―…』


 …やばい。

 通信出来なくなった。

 キャサリンで見えてた爆破地点も見えなくなった。


 このまま飛ぶのは危険だよね。

 通信出来る場所まで引き返して…


「……」


 ふと見下ろした場所に。

 小さな島が見えた。

 あんな所に島なんてあったかな。


 かすかに作動したキャサリンで調べてみると、特に危険な物は感知されなかった。

 …けど。

 目視出来るほど近付いてみると、見た事のない乗り物が見えた。


「…もしかして…」


 乗り物がある島の反対側にCA5を着陸させて、そこから島の中を走った。

 あたしが間違ってなければ…あれには、偽者甲斐さんが乗ってたはずだ。


「……どこ…?」


 乗り物は破損して、もう動かないようだった。

 操縦席には人影がない。

 その代わり…


「血…」


 その血痕は、機体から浜辺、それから島の中へと続いていた。

 あたしは警戒しつつ、その血痕を辿る。

 だけどそれはしばらくすると、また海へ。


「……」


 キャサリンを開くと、さっきよりちゃんと起動してる。

 て事は…妨害電波が弱い…と。

 状況から見て、偽者甲斐さんが妨害してた可能性が強い。


「…んー…」


 あたしは辺りを見渡して、そのままアーサーVも起動した。

 島の中の体温反応をチェック。

 …反応、ある。

 海じゃなくて、この少し先だ。

 だけど…ちょっと反応が薄い。

 って事は…


 偽者甲斐さん…弱ってる。



 もう、偽者とかどうとかは頭から消し去る事にした。

 あの洞窟で甲斐さんを見付けた時は、頭に血が上ったけど…

 今の甲斐さんは、万里君の父親で。

 何かを企んでたとしても、長年二階堂に仕えてた人。


 色々解せない事がある。

 だから、どうしてもそれを聞きたい。


 アーサーVの体温反応を手掛かりに、あたしは浜辺を走った。

 そして、岩間を抜けて少しだけ木々が茂った場所に…


「…見付けた…」


 そこにいた甲斐さん…だった人は、大怪我をしてる。


「…う…」


「喋らないで。すぐ手当するから。」


 あたしがテキパキと道具を出して手当を始めると、甲斐さんだった人は少しだけ息を整えて。


「…ここに…私の…全てが…」


 消え入るような声でそう言って、ポケットからチップを取り出した。


「……」


「早く…ここから、脱出…を…」


「…置いてけない。」


「バ…カな…私の…ことな…ど……この島…は…爆破される…早く…」


「……」


 あたしは無言で手当てを進めて。

 意識が朦朧としてる甲斐さんだった人の死角に移動すると、チップをEEに差し込んだ。


「…こちらさくら。誰か聞こえる?」


 海の音を聞きながら、通信を試みる。

 すると…


『こちら万里。さくらちゃん、無事?』


「あ…良かった。今、HS4855の小さな島にいるの。」


『こちら薫平。見えました。赤い点滅が少し小さくなりながら東に移動中。さくらさん、応援が行くので追わずに待機して下さい』


「ラジャ…」


 甲斐さんだった人をチラリと振り返る。

 …真っ青。

 傷の手当はしたけど、正直…いつまで持つか分からない。


「…これを聞いて辛くなる人もいるかもしれない。だけど、みんな聞いて。」


 …もう、いいよね。

 全員に知らせても。

 誰かが知る事じゃない。

 二階堂全体が、知っておくべきだよ…


『こちら瞬平。何の事』


「…今、偽者の甲斐さんから、チップを受け取ったの。聞いて欲しいって。」


『……』


 万里君が息を飲んだけど。


『さくらさん、お願いします』


 そう言ったのは…舞ちゃんだった。


「…分かった。」


 何とか…彼をこの島から連れて出なきゃ。

 あたしは横たわる甲斐さんだった人を運ぶ手段を考えながら、聞こえて来る声に耳を傾けた。





 私の本当の名前は、カルロ。


 今日は、すべてをここに打ち明ける事にする。

 私が甲斐正義になった理由も…すべて。


 私は…イタリアの特別高等警察にいた。

 その頃から、二階堂という組織の甲斐正義とは面識があった。


 彼は優れた統率力の持ち主で、その実力を目の当たりにするたび…いつも胸が高鳴った。

 私より六歳年上ながら、すでに二階堂のトップ補佐。

 彼のような能力、人望を身に着けたい。

 私は、常に彼の動向を観察した。


 ある日、彼から私に極秘任務の依頼が来た。

 シチリア島のマフィアグループに潜入して欲しい、というものだ。

 憧憬の人からの依頼に、どんな任務であろうと遂行してみせると息巻いた。


 私はそのグループの一員となり、色々な事を探った。

 そして…そこがマフィアではなく、三枝という組織である事をつきとめた。

 つまり、二階堂と同じような組織だ。


 潜入したマフィアグループが、国の正当な組織と判明したにも関わらず。

 私はそこに居続けた。

 離れがたい理由があった。

 ボスの娘、カーラの存在だ。

 私より一つ年下で、明るく聡明な女性だった。


 私とカーラの関係を知ったボスが、グループの秘密を打ち明けてくれた。

 そして、私の事などとっくに調べていた、とも…

 それを知りながら、みんなは私を受け入れてくれた。


 その頃から…私は彼への報告をやめた。

 私自身、警察を辞め、三枝に迎えてもらうための準備を始めた。

 何かを察したのか、彼からの連絡もなくなった。


 カーラとの間には子供も生まれた。

 男の子だった。

 しかし、息子は…一歳の誕生日を迎えてすぐ、何者かに連れ去られた。

 どれだけ探しても、息子は見つからなかった。

 カーラだけではなく、三枝全体が暗い雰囲気になり、中には私のせいだという者もいた。

 それでも私はそこにいた。

 私を受け入れてくれたボス、カーラを守り抜く決心をしたからだ。


 そして、それから九年。

 カーラは双子の男児を出産した。


 連れ去られた息子が生きていれば十歳。

 悲しみは消えないが、私達はまだ若い。

 この新しい命と共に、生き抜いていこう…と決意した矢先…


 カーラが出産した病院で、事件が起きた。

 鉄壁の警護だったにも関わらず、すべての赤ん坊が連れ去られたのだ。

 その時、異常に気付いたカーラが…

 非常階段から外に出る犯人達を見付け、非常ベルを鳴らした事で…命を落とした。


 …私は、最愛の妻と、三人の息子を失った。


 誰がこんな事を…


 打ちひしがれる私の前に現れたのは、甲斐正義だった。

 共に犯人を捜そう、と。

 もはや、犯人への復讐心しか残っていなかった私に、この時…少しでも彼を疑う気持ちがあれば。



 彼には、二階堂から抜けた『坂本』という主従関係にある男がいた。

 私より二つ年下の坂本とは、度々行動を共にするようになった。


 そんなある日、坂本が私に言った。


『甲斐さんと一条の関係、どこまで知ってる?』


 一条…初めて聞く名前だった。

 坂本にしてみると、自分の主が連れて来た新参者が、どこまでの情報を得ているのか知りたかっただけ。

 彼にとっての特別な存在は自分だけだと、単なる嫉妬心によって重要な情報を漏らしてしまった事になる。

 それがキッカケとなり、私は甲斐正義を疑うようになった。


 独自で調べた一条は…極悪非道極まりない組織だった。

 そしてそこには、世界から赤ん坊が集められている。と、坂本から聞いた。

 坂本がどこまで信用できる男か分からなかったが、少なくとも…甲斐正義よりは信じられると思った。



 私は甲斐正義の動きを見張った。

 使われるフリをして、彼の懐に入り込んだ。


 やがて、坂本が任務で遠方に送られ、彼は私をそばに置くようになった。

 好都合だった。

 探るだけではなく、彼の能力を間近で吸収できる。

 それはいつか、自分に役立つはずだ。


 カーラが死んで五年。

 ついにその時が来た。


 彼は私に、『共に世界を守ろう』と言った。

 実際、その頃ニューヨークでは銃撃戦が多発していて。

 ゾーイ港での銃撃戦は、私も鎮圧に走った。


 しかしその裏で…

 彼は騒ぎに便乗して子供を連れ去るという作戦を立てていた。

 それを知ったのは…


 12月8日。

 ジュエリーショップでの、銃撃戦の時だ。





「…え…」


 つい、声が漏れた。


 この人…




 あの現場にいたの…?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る