第70話 『泉』

 〇二階堂 泉


『泉』


 CA5に乗って飛び立ったあたしに、兄貴から通信があった。


「何。」


『俺はCK47の洗脳解除をしながら敵との通信をする』


「分かった。それで?」


『SAIZOが一緒にいる限り、泉とアオイの行動は向こうに読まれる可能性が高い』


「撃墜される心配だったら無用だよ。」


『そんな心配はしてない。彼が一緒にいるのを有益に』


「…うん。サンキュ。」


 兄貴…トシの事、認めてるんだな。


 春のカトマンズでは、トシに屈辱を味わされた二階堂。

 でも今は、まるで仲間みたいに信頼してくれてる。



「それで…日本の方は?」


界人かいとさんと誉人よひとさんに連絡した。埠頭近辺で怪しい動きがあったようだが、そこは鎮圧されている』


「そっか…」


 偽者でも…長年甲斐さんとして接して来て…

 あたし達にとっては、おじいちゃんみたいな存在だった。

 ずっと、何かをされて来たわけじゃない。

 だから余計に気分が滅入る。


 それと…

 あたしには、ずっと…ずっとずっと。

 モヤモヤし続けてる事がある。


 志麻。

 志麻って…誰よ。



『こちらこう。フィーズDPと球体の解除にはCK47の洗脳を解くしかありませんが、CK47は生きてますか?』


 突然、それまで音信不通だった紅さんの声が聞こえて。


『どこ行ってたんだよ母さん!!……あっ…す…すみません…』


 思わず叫んだ瞬平が、慌てて平謝りした。


『こちら海。CK47生きてます。ただ…意識レベル低下中。相当薬を使われた可能性が』


『分かりました。向かいます。二分で行けます』


『ラジャ』


 紅さんが無事だった事に安堵した。

 本当なら…一番に狙われる存在…


 …あれ…?

 偽甲斐さん…

 ずっと紅さんのそばにいたって事になるよね。


 …どうして狙わなかったんだろう…?




 〇高津 紅


「救護セットと解毒剤です。」


 私がそれらを差し出すと。

 海君は安堵した表情で。


「助かりました。」


 手早くCK47の手当に取り掛かった。


 私もそれを手伝いながら…先程までの事を思い返す。




「これは…」


 万里君と向かったのは、RR445から地底湖に向かう途中にあった洞窟。

 さっき、さくらさんから連絡があった。

 ホンモノの甲斐さんを頼めるかな。って。


 だけど…その甲斐さんは…


「本当に…これが甲斐さんなの…?」


 ミイラの前で立ち尽くす私に、万里君が言った。


「…紅。」


「…何…?」


「…隠してた事がある。」


「……」


 目を伏せた万里君を見上げると、背後に気配を感じた。


「…っ!!」


 慌てて武器を構えると。


「…あ…」


 そこにいたのは…


「…分かる?」


 肩に、万里君の手が添えられて。

 私は…忙しく瞬きをした後、彼を見上げた。


「…どうして…?」


「色々…複雑な理由がある。」


「……」


「それを、全部話すよ。」



 洞窟の入り口に立ってるのは…よく似た二人。

 そして、私はその二人を…知っている。


 昔、私達は三つ子として共に戦った。

 悪として…善と。



 


『こちら薫平。瞬平が球体の飛行操作回路に入りました』


 はっ…


 薫平の報告に、海君が小さく頷いた。


 頼もしく育った我が子達の活躍…

 特に今回は、私も現場で戦う事が出来て。

 それを、より痛感した。


 今は…この現場に集中しなくては。



「千秋さん、分かりますか?千秋さん。」


 海君が声を掛けると、CK47は顔をしかめながら…うっすらと目を開けた。


「…君は…」


「あなたの作ったフィーズDPと球飛行体。ロック解除するにはどうすれば?」


 珍しく、早口な海君。

 まだボンヤリしているCK47は、作業服のファスナー部分を触って。


「…ここに…」


「?」


 何かが入ってる?


 海君が作業着を脱がして探ると、そこからペンが出て来た。


「ボイスレコーダーだ。」


 すぐさまそれを操作すると…


「…分かった。ロック解除は、スニーEW数列だ。」


『スニーEW!?』


 それは…恐ろしく取り留めのない数列。

 …間に合うの…!?


「あと、球体を開けるには……直接誰かが球体上部に乗る事で現れる開閉ボタンを操作するしかないらしい。」


『なー……』


 みんなが途方に暮れた声をあげた。

 海君も私も小さく溜息を吐いてしまう。


 すると…


『あたしが行きます!!』


 舞さんの声が飛び込んで来た。



 〇東 志麻


『まだか。早く指示を出せ』


 Rのイライラした声を聞きながら。

 俺は…今の自分に何が出来るかを考えた。


『重症者もいる。そうスムーズに話は進まない』


 ボスは、時間を稼ごうとしてる。

 だとすると、瞬平と薫平が、この球体と爆弾のロック解除を探ってるはずだ。

 しかし…



「……」


 ふいに、足元にわずかな解放感を覚えた。


 …これは?


『志麻、聞こえる?志麻が喋ると傍受されちゃうから、瞬きで答えて』


 瞬平の声が聞こえて、俺は言われた通り瞬きをする。


『今、足元少し軽くなったよね。オート操作を解除した。ここからは俺が志麻を安全な場所に飛ばすよ』


 …カイロニ ハイッタ ノカ…


『入った。手強かったけど』


 …サスガ…


『まあ…それは置いといて。かしらと姐さんがCK47を保護したよ。もうすぐ爆発物も解除するから』


 ……


『今は、信じて耐えて』


 …ラジャ…




 そうは言ったものの…

 意識が朦朧とする。

 薬のせいもあるのだろうが、出血し過ぎた。


 …だが、何としてもこの場を超えなくては。

 俺は…


 SSに行かなくてはならないんだ。



『…ん?』


「………」


 Rのいぶかしげな声に顔を上げる。


『なんだ…?あれは…』


 …あれ…?


 ………どこからだ?

 音が聞こえる。

 何か来た。


『あれは…おまえの母親か…?』


「!!!!」


 目を見開いた。

 前方から、CA5が飛んで来てる。

 だが…それに母が乗ってる…と?


『よくもうちの息子を酷い目に!!』


 聞いた事のない母の声が聞こえて来て。

 次の瞬間…


 ギュイン…ッ…


 かろやかな音と共に、何かが俺の頭上を通り抜けた。


『ハッ…』


 それは…Sの声。

 首だけ振り返ってみると、斜め後方でスライムのような物に包まれてゆっくりと落ちて行くCA5に似た飛行体が見えた。


「え…」


『志麻!!今開けるから!!』


『舞!!無茶しないで!!』


「母さん…!!何を…っ!!」


 母の乗ったCA5が、すごいスピードで頭上を通り過ぎたかと思うと。


 トンッ…


 CA5から飛んでいたらしい母が。

 球体の上に降りて来た。


『今開ける!!』


『なんだおまえは!!こうなったら…爆破してやる!!』


『そうはさせない…よっ!!』


 母とRと瞬平の声が混ざった。

 一瞬、何かが光って。

 瞬間的に、俺は爆発して死んでしまうと思ったが…閃光は何かによって遮断された。


 それまで拘束されていた身体が、ふっ…と軽くなって。

 背もたれに縛られていた事で立っていられた俺の体は、開いた球体から飛ばされてしまいそうに…


「志麻!!」


「……」


 間近で聞こえたのは、母の声。

 背もたれに括られたワイヤーチューブを腰に巻き付け…落ちそうな俺を抱きしめている。


「しっかりして!!まだよ…あなたはこんな所で終わっちゃいけないの…!!」


「…母さ…ん…」


「志麻…!!」


 ギュッ…と抱きしめられた。

 ケガのせいで、身体のどこかが痛い気もしたが…それよりも心地良さが勝った。


 …母に抱きしめられた思い出が…俺には、ない。

 もちろん、幼い頃にはそうした事もあったのだろうが…

 物心ついた頃には、朝子が抱きしめられる姿も…片手ほどしか見ていないと思う。


 二階堂に生まれた俺は、二階堂のために生きるよう育てられた。

 両親共に、立派なソルジャー。

 甘えなど…


「…もっと…こうしていれば良かった…」


 耳に届いた母の言葉は、意外なものだった。


「もっと、もっと抱きしめて、こんなにも愛してると伝えれば良かった…」


「……」


 母の涙が俺の頬に落ちて来るよりも先に。

 俺の涙がこぼれた。


「あなたは良く出来た息子。自慢の息子。大事な息子…」


「か……」


 言葉が出なかった。


『…あまり笑わない子だったが、どっちが先に志麻を笑わせるか…って、俺と舞で競争した事もある』


 気が付くと、俺達の横にCA5が現れて。

 そこには父が乗っていた。


『…身体は無事か?』


「…ああ…いや…結構…辛…い…」


『…だな…舞、そこに飛び移れるか』


「ええ…」


 そう言うと、母は俺を抱きしめたまま、CA5の下に用意された袋の中に飛び込んだ。


 ポンッ


 俺達の重みでウレタンマットが飛び出て来て。

 それは…今まで生きて来た中で、一番幸せに思える瞬間だった。


 …そうか…

 俺は…


 愛されていたのか…。




 そう思いながら…




「…志麻?」



『志麻!!』




 目を閉じた。

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