第69話 「織、異常はないか。」
〇二階堂 環
「
俺と織は、山岳地帯にある研究所に辿り着いていた。
防犯センサーが張りめぐらされた裏口から侵入し、二手に分かれた。
『ええ。赤外線センサーのトラップが多いだけ』
「それは異常ありと答えてくれ。E8だったな。すぐ向かう。」
『来なくて大丈夫。もうクリアしたわ』
「……頼もしい。」
『知らなかったの?』
織の言葉に小さく笑う。
俺は自分の妻の実力を見誤っていたのかもしれない。
いや…
危険に晒したくなかった。
二階堂として…あるまじき思いだ。
だが。
今は…
「織、E10に到着したら虹彩認識がある。突破出来るか?」
『当然』
「ふ…そうか。じゃ、その先のF8で落ち合おう。」
『ラジャ』
信じよう。
俺の妻は、とても有能だ。
「おまえっ…うわっ!!」
「何者っ!!がっ…!!」
R4の通路で研究者らしき人間数人と会った。
申し訳ないが丁寧に説明している時間はない。
さくらさんに渡された武器の中から、相手を傷付けずに確保出来る物をいくつか使って、その場で眠ってもらう。
後から来た沙耶と舞が、すでに20人を安全な場所へと移してくれた。
『E10を突破したわ』
「OKすぐ行く…いや…」
『環?』
通り過ぎようとした部屋の中に人影が見えて立ち止まる。
「…織、CK47を見付けた。」
『えっ。じゃ、すぐにそっちに向かうわ』
「いや、危険だ。」
『どうして?』
「彼は…スクリューHBの上に立たされている。」
『え…』
CK47…神 千秋氏は、その部屋の中で、不安定な逆さ円盤状の物の上に立たされている。
周りには手すりがあって、千秋氏はそれに掴まって…ようやくバランスを取っている状態。
これを見る限り…随分長い時間、そうされていたのが分かる。
「環。」
突然R5の扉を開けて、織が現れた。
「織、危険だと…」
「いい物があるの。」
織が、この緊迫した状況には似合わない明るい声で言った。
「いい物?」
「スライムよ。」
「……」
そう言って、織が見せたのは…組み立て式のライフル銃。
…これがスライム?
「撃ったのか?」
「ええ。さっきE2で二人ほど。これで足元を狙うから、環は…」
「冷却銃でスクリューHBを凍結させてる間に…」
「彼と同じ重さの物をすり替える。」
意見が一致して、二人で手を叩き合った。
だが…
『環!!急げ!!』
近くを見回っていた
「どうした?」
『建物が沈んでる!!』
「っ!!」
そう聞かされた途端、俺達の身体が大きく揺らいだ。
「ダメ!!」
織が叫びながら、部屋の中に飛び込む。
そこには、体勢を崩した千秋氏がいた。
「織!!」
俺の冷却銃と、織のライフルが同時に放たれて。
そして、もう一方から飛んで来たのは、バランスボールのような物体。
それがスクリューHBの上に乗った途端形を変えたのと、それとスライドするように千秋氏の身体が宙に浮いたのも…ほぼ同時だった。
「織ちゃん!!環さん!!こっち!!」
来てくれたのは舞だった。
外では千秋氏をCA5で吊り下げている沙耶もいる。
「スクリューHBが沈む前に離れないと。」
「研究所の人間は何人いた?」
「瞬平のくれたデータ通り、CK47でちょうど50人。」
「よし、出よう。」
窓の外が暗くなっていく。
どうやら、地下に入り込んでいるらしい。
『早く!!』
屋上に辿り着いた時には、土が降り始めて。
『掴まれ!!』
沙耶が下ろしてくれたワイヤーも、それらに阻まれて届かない。
…どうする…?
何か使える物は…
「……」
その時、沙耶のCA5の後ろに。
あと四基、飛んで来るのが見えた。
「織!!舞!!」
俺は二人の腕を掴んで、三人で身を寄せ合う。
そして、さくらさんに渡された武器の中から『コウモリ』と書いてあったペンを押すと。
バッ!!
大袈裟なほど大きな傘が開いた。
「こっ…これは予想外だったわ…」
「さくらさん、ほんと何者…?」
そんな会話をしてる間も、俺達のいる場所は沈んでいく。
「…しばるくんを使うぞ。」
「…環、名前は言わなくていいから…」
「ふふっ…ふふふふっ…」
危機に違いないのに。
俺達はこの状況に笑ってしまった。
『何楽しんでんだー!!早く上がって来いー!!』
しびれを切らした沙耶が怒鳴る。
『しばるくん』で固定された俺達は、土の重みで落ちてくる『コウモリ』に掴まって…その時を待つ。
『少し乱暴に引っ張る事になるけど、マットの上に降ろすから』
「あ…海?来てくれたのね…」
『ああ。間に合って良かった』
『あたしもいるよ!!母さん!!』
「泉も…?ふふっ…頼もしい。」
やがて…俺達の視界は暗闇になり。
『コウモリ』で保たれている空間が、いつまで持つか…と思っていると。
ドンッ…
「はっ…」
『今の音は!?』
「…スクリューHBを固定していたスライムが限界を迎えたらしい。」
土の隙間からかすかに漂って来る熱風の気配…
ああ…間に合わな…
『行くよ!!』
泉の声と共に。
バシュッ
「!!!!」
ワイヤーが『コウモリ』に引っ掛かった衝撃の後、俺達は強引に引っ張られて地上に飛び出た。
「きゃーっ!!」
「あははははは!!」
「………」
まるでテーマパークで遊んでいるかの如く、はしゃぐ織と舞。
俺は…無言のまま。
俺達が抜け出た瞬間、地面から火柱が上がって。
逆さになったまま、それを目の当たりにした織と舞は。
「…間一髪…」
「あたし達、ツイてる…」
そんな事をつぶやいた。
その後、海が言った通りマットの上に降ろされた。
『しばるくん』がゆっくりと解けて。
俺達三人は仰向けになった。
「…生きてるね。」
織がつぶやいた。
「うん…生きてる…」
舞もつぶやいた。
『
『みんな無事ですか!?』
瞬平と薫平の声を受けながら、身体を起こす。
「無事よ。」
『良かった…!!全通信に切り替えます』
通信がオンになった所で…俺は、あえて今、切り出した。
「…舞。」
「何………はっ…すっすみません!!」
突然舞が飛び起きて、俺に土下座する。
「ドサクサに紛れて、ずっとタメ口…!!」
「いや、それは…いい。それより…」
「…?」
首を傾げる舞に、頭を下げる。
「え…えっ?なっななななんですか…?」
「…ずっと、黙ってた事がある。」
「…え?」
ずっと…言えなかった。
話してしまうと…二階堂がどうなってしまうのか。
何かが変わるのが怖かった。
「環?」
織が俺の隣に座って、顔を覗き込む。
「…今、日本にいる甲斐さん…舞の父親は…」
「……」
「偽者だ。」
俺は通信をオンにしたまま喋った。
全員がこれを聞いている。
だが、驚き過ぎて言葉も出て来ないようだった。
「…ホンモノは…どこに?」
意外と冷静な舞が俺に問いかける。
「…地底湖のそばの洞窟の中だ。」
「……生きてますか?」
「…残念だが…」
「…そうですか。」
舞は小さく息を吐いた後、スッと立ち上がって。
「その偽者、いつからあたしの父親を名乗ってたんでしょうね。」
低い声で言いながら、空を見上げた。
「…不明だ。」
今は、そうとしか言えない。
調べなくてはならない事が、まだ山ほどある。
それには…
苦痛を伴う事も多い。
「…その件も含めて、全部一気に進めたい。瞬平、薫平、引き続き頼む。」
『…ラジャ。こちら薫平。一条の奴らがこっちの通信に入ろうと必死になってるみたいなんで、わざと入らせます。今、RTK882の上空に妙な球体に詰められた志麻が飛行中。たぶん厄介な爆発物…見た感じだとフィーズDPを装着』
フィーズDP…
その名前を聞いて、全員が息を飲んだ。
しかし…
「早急に解除を。出来るか?」
『うー…実はちょっと厄介…でもやります』
『こちら海。一条が通信に入ったら、冷静な対処は出来ないフリをして時間を稼ごう』
『助かります』
薫平がそう言ったのを聞いて、俺達も全員CA5に乗り込む。
「……」
見渡すと、沙耶と舞はもういなかった。
きっと…志麻の所に向かったのだろう。
『…いいのか?』
海が俺にだけ通信して来た。
「…危険だが…信じたい。俺達はサポートに回ろう。」
『ラジャ。俺はCK47の洗脳を解く』
「頼む。」
それぞれが…色んな想いを胸に飛び立つ。
それから数分後。
『二階堂に告ぐ』
一条が通信に入って来た。
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