第68話 「…う…」

 〇東 志麻


「…う…」


 頭が…ボンヤリする…


 自分の感覚では横になっているつもりだったが。

 ゆっくりと開いた瞼。

 眩しさと共に入り込んで来たのは、爽快にも思える青だった。


 つまり…

 俺は、青空の中に立っている。


 ありえない…


 そう思いながら、動かない身体に視線を落とす。


 …なるほど。

 潜入はとっくにバレていたか…もしくは、最初からこうするために洗脳されたのか。

 俺の身体は厳重に縛られ、ご丁寧にも何やら爆発物らしき物までがセットされている。

 簡単に死なないようにするためか、酸素マスクも装着。


 俺が立っているのは、足元が板の感覚である以外は透明な球体の中。

 ありがたい事に背もたれがあるおかげで、気を失っていても立っていられたらしい。

 こんな飛行体を作れる奴が一条にいるとはな…


 …CK47か。


 ゆっくりと首を動かして周囲を見回す。

 俺以外は何もない球体だが、咄嗟にクリスマスドームを思い出した。

 もっとも…これは幸せなドームではないが。



『気が付いたか』


 聴こえて来た声は、Rのようだ。


『気分はどうだ』


「…この絶景…悪くはない…」


 はるか下にかろうじて見える、小さな街並みと緑。

 今、俺はどの辺りにいるのだろう。



「……」


 恐怖も絶望感もない。

 かと言って、希望や解決策があるわけでもない。

 という事は、もう俺は諦めてしまってるのか。


 二階堂を守る事も。

 SSに行く事も。

 大事な人達を守る事も。

 …生きる事も。



『おまえには、このままある場所に向かってもらう』


 …足の裏に感じる振動…

 きっとこのボードには、行先がインプットされていて。

 俺がどうなろうが…その場に行って爆発してしまうのだろう。



『二階堂に告ぐ』


 その時、Rの声が二階堂のチップに入り込んだ。


『え。これ誰』


 これは…瞬平の声。


『おまえらの仲間がフィーズDPを着けたまま、RTK882の上空を飛んでいる』


『何…?』


 ああ…これは…浩也さんの声だ…


『仲間が粉々になるだけじゃなく、多くの犠牲者を出す事になるぞ。どうだ』


『…何が目的だ』


 万里さん…


『とりあえず一条の者、全員返してもらおう』


 Rの言葉に答える者はいなかった。

 そりゃそうだろ…


 それにしても…フィーズDPか…

 爆発後、細菌が広範囲に散布されてしまう。

 そんな事になったら…



『検討しよう』


 聞こえた声に顔を上げる。

 ボス…?


『検討?仲間や人類の事を思えば、ここは即答する所だろう?』


『もちろん即答したい。しかし捉えた一条の者の大半が、医療機関に送られている。すぐには返せないのが現状だ』


『どんな状態でもいい。すぐに返せ』


『彼らの身の安全を考慮すると、早くても一時間はかかる』


『一時間?バカ言うな。今すぐだ』


『…では、すぐに埠頭に集めるよう指示を出す。それでいいか?』


『ボス!!そんな無茶な…!!』


 瞬平が止めに入った。

 それでもボスは…


『誰も殺さない、死なせない』


 …その言葉を聞いて…

 俺の中の何かが疼いた。


 誰も…殺さない…




 …死なせない。




 〇高津薫平


「え。これ誰。」


 隣で瞬平がまぬけな声で言った時。

 俺は、必死で色んな事を調べてるとこだった。


 今、志麻さんは妙な球体に乗って上空を飛行中。

 身体にはフィーズDPがグルグル巻き。

 行先は…どうやら日本。


 一条には優秀な奴がいる。

 それは分かってる。

 だけど、その他大勢は大した事ない。

 その大した事ない奴らは、CK47のおかげで自分まで凄いって思い込んじゃってる。


 ただ…

 そのCK47が作った球体…

 これ、かなり分析が難しい。

 志麻さんを助けるには、あの球体のロックももちろんだけど…

 フィーズDPの解除もしなくちゃいけない。



『とりあえず一条の者、全員返してもらおう』


『検討しよう』


『検討?仲間や人類の事を思えば、ここは即答する所だろう?』



 今、ボスと会話してる奴。

 二階堂の通信に入り込もうと必死になってるのが分かったから、入りやすくしてやった。

 そこから、全ての回路を探っていこうとして…


「あー。ダメだ。レベル5の所で暗号の羅列が開くたびに変わってく。」


 俺がボヤくと。


「そうなると、CK47が組んだプログラムで対応しないと固定できない…か…」


 瞬平は眉間にしわを寄せて、少し考える風に首を傾げた。


「もしくはひたすら先読みした暗号を打ちまくるか。」


「え。おまえ、そんなのできんの。」


「いや、瞬平が。」


「な…何だよそれ。」


「おまえなら出来る。」


 瞬平の背中をポンと叩いて言うと。


「…ったく…代わって。」


 瞬平は手元のキャサリンを俺にスライドして、キーボードを打ち始めた。


「さっすがー。」


 その速さに拍手をすると。


「いいから。そっちも早く。」


 低い声で返された。


「アイアイサー。」


 目の前に開いたキャサリンで、瞬平が調べてた事を引き継ぐ。


 富樫さんはロンドンに到着後、一条のアジトを押さえて武器も押収。

 格納庫も見付けてくれて、今応援隊も入って検証中。


 一番安心と見られて、実は一番危険にさらされてる日本はというと…


「…あ。」


「何。」


「マジか…」


「だから何。」


「さくらさん、日本に向かってる。」


「はっ?」


「てか…あの人ほんと…」


「…来る。」


「え?」


「来た。」


「誰が。どこに。」


「志麻んとこ。」


 キーボードを打ち続けてる瞬平の邪魔にならないよう、モニターを自分の前でアップにする。

 すると…

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