第67話 「これ…」

 〇二階堂 泉


「これ…」


 トシを追って飛び込んだ蟻地獄。

 そこには、砂漠の真ん中とは思えない近代的な空間があった。


「…研究所だったようだ。」


 後を追って来た兄貴が、床の表面に残るかすかな薬品の匂いを嗅いで言った。


『みんな無事か!?』


「ああ。下は研究所だ。人の気配はない。」


 兄貴が心配そうな声のアオイに答えて。

 素早くキャサリンを開いて周囲を探った。


「……」


「トシ?」


 ずっと無言のトシを不審に思って顔を覗き込むと。


「…さっきの通信、ホルマリン標体とミイラの事か。」


 トシはあたしをスルーして、兄貴に問いかけた。


 …って…ホルマリン標体とミイラ…?


「何それ。どこにあるの。」


 二人を見ながら問いかける。


 キャサリンは…何の武器も感知しない。

 でも、油断できない。

 丘の上でも騙された。



「…君は知ってたのか。」


 兄貴がトシを見据えて言う。


「……」


 トシは無言…って事は、知ってた…んだよね…


「…話しが見えないんだけど。」


「さくらさんが、RR445から地底湖に向かう場所に、ホルマリン標体とミイラを発見した。」


「え…っ…」


「甲斐正義。」


 え?

 どういう事…?

 甲斐さんが…何…?


「俺と親父、そして弟の身体には…甲斐正義に埋められた装置がある。」


「えっ?」


 驚きの声が兄貴と重なって。

 そんなあたし達に、トシは小さく鼻で笑った。


「…同期してたデータがなくなってるから、たぶん親父と弟からは装置が取り除かれた。」


「それでか…君のお父さんは病院にいた。」


「ちょっと待って。装置って何。」


 あたしが詰め寄ると。


「…人間離れした動きが出来る装置。」


 トシは少し寂しそうな目をした。


「それを埋め込まれたのはいつだ?」


「さあ…俺は物心がついた頃には。」


「じゃあそれをやったのが、本物の甲斐さんかどうか分からないんだな。」


「…偽者だと思う。」


「なぜ。」


「…どう考えても…二階堂に不利なデータの方が多かった。」


「……」


 …ちょっと待って。

 だとすると…


「…偽者の甲斐さんは…一条って事?」


「そうだろうな。」


「……」


 そんな…

 そんなのって…


「キャサリンが動いた。」


「え。何?」


「…この真下だ。」


 ########


「!!!!」


 突然、激しい揺れが起きた。


『下、大丈夫か?CA5で上から見てるんだけど、蟻地獄が大きくなってる』


「地上に出る。アオイ、ワイヤーを下ろしてくれ。」


『ラジャ』


「とにかく上がろう。詳しい話は後だ。」


 兄貴がそう言って、降りて来たワイヤーをあたしに渡す。


「トシ、早く。」


 ワイヤーを持って振り返ると。

 トシは、少し離れた場所にいた。


「トシ…」


「行け。」


「何言ってんの!?ここ、危険だよ!!」


「いいから行け。」


「な…兄貴…!!」


 あたしが言うより早く。

 兄貴はトシに向かって走っていた。


「誰も死なせない。その中には、おまえも入ってる。」


「……」


「早く来い!!」


 兄貴がそう言って、トシの腕を掴んだのと。

 大きな音と共に、足元が崩れ落ちたのは同時だったと思う。


「兄貴!!トシ!!」


 伸ばした手は、あと数ミリの所で届かなくて。

 その後、砂の中に飛び込んだあたしには…

 二人がどうなったかは分からなかった…。




 〇二階堂 海


「は…はっ…は…」


 間一髪。

 泉が伸ばした手は取れなかったが…ワイヤーの先端を掴む事が出来た。

 落ちて来る砂からSAIZOを庇うために、やぶれかぶれで腕に装着したEEを起動すると。

 思いがけず、簡易傘のような物が出て来た。


「ふっ…」


 ボロボロになったそれを地上で見て。

 小さく笑う。

 全く…瞬平も薫平も、おもちゃ箱のような宝箱を作るもんだな。


「兄貴!!」


「あああ…」


 座り込んでる所に、泉からのタックルをくらった。


 力なく仰向けになると、アオイがCA5で飛んでいる所が見えた。


「…無事か?」


 隣に倒れてるSAIZOに問いかける。


「…生きてる。」


「トシ!!あんたはもう!!」


 ペシッ!!


 泉がSAIZOの額を叩く。


「いて…」


「バカ!!」


 ペシッ


 ペシペシッ

 バシッ

 バシバシバシバシッ


「お…おい、泉…」


「……」


 可愛いもんだと思っていたが、だんだん本気になっている叩き具合に止めに入る。

 が、SAIZOは優しい目で泉を見つめていた。


 …彼と志麻の間で、どんな打ち合わせがあったかは分からないが…

 きっとSAIZOは、泉を諦めた。

 そう思った。



 油断はしたくないが、ここには人が立ち入ったら崩壊する装置があっただけだろうと判断して、俺達はカトマンズに向かう事にした。

 SAIZOが一緒にいる限り、一条に俺達の行動はバレているかもしれない。

 彼もそれを感じて、下に残ろうとしたのだろう。


 だけど…それなら。

 それを逆手にとればいいだけの話。



 泉がワイヤーを掴んだ時、俺達から離れたSAIZOの顔が浮かんだ。

 彼は…自分の知る甲斐さんが偽者だと知って、動揺していた。

 父親と同様、二階堂に仕える身だったはずなのに、知らぬ間に一条に操られていたという事になる。

 …屈辱だろう。



「瞬平、薫平。さくらさんは今どこにいる?」


 だいたいのメンバーの居場所はキャサリンに映し出されるものの…

 さくらさんだけが分からない。


『こちら薫平。RR445からは移動したみたいです。たぶんパトナーまでの山岳地帯にある研究所と製造工場に向かったんじゃないかと』


「…様子はどうだった。さっきから応答がない。」


『んー…』


 薫平は少し困ったような反応をした後。


『スイッチ入ったっぽい…です…』


 言いにくそうに、そう言った。


「…そうか。」


 さくらさんのスイッチ。

 それが悪い方に動かなければいいが…


「盗まれた戦闘機はどうなった。」


『あれなら瞬平が遠隔操作に成功して、埠頭の格納庫に入らせました。乗ってた奴らも全員確保済み』


「さすがだな。」


『単なるオトリに過ぎない分、下っ端が使われてた様子。遠隔操作になっても対処不能でした。研究所の方はそうはいかないと思うので…十分気を付けてください』


「ラジャ。」


 振り返ると、泉とSAIZOが向き合って何かを話していた。

 アオイはそれに気を利かせたのか、CA5に乗ったまま。


「…行くぞ。」


 二人に声を掛けて、CA5に乗り込む。


「うん。」


 少し涙目になってる風な泉が、俺の横を通り過ぎた。


 …泉と志麻とSAIZO…

 SSの件も含め、この先この三人の運命は…


 どう変わっていくのか。




 俺は、見守るしかない。



 腹の底から、もどかしくても。

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