第64話 『沙耶、舞、聞こえるか?』

 〇東 舞


『沙耶、舞、聞こえるか?』


 数分前。

 CA5に乗り込んで、クリーンを発った。


「こちら舞、聞こえます。」


『沙耶、OK』


 …一生、CA5になんて乗れるとは思わなかった。

 正直、女のあたしがどんなに頑張っても、自分が思うような評価はしてもらえない。

 だって、二階堂って昔から古臭い。

 ま、うちのクソジジイ(父)が幹部で先代以下の者を牛耳ってた感あるから…仕方ないのか。

 母さんが言うには、本当に昔から頑固で上から目線だったみたいだし。


 先代はすごく信頼してくれてたのだろうけど、クソジジイは何なら自分が二階堂を動かしてる。ぐらいに思ってたかも。

 だって、コソコソ動いてたの…あたしは知ってるから。



 幼い頃、織ちゃんと陸ちゃんの守護役として、二階堂に仕え始めた。

 自分でも割と何でもできる天才って認識してただけに…最初は屈辱だったな。

 子供ながらに。


 だけど…そんな気持ちはすぐに吹っ飛んだ。

 美しい双子は、二階堂なのに二階堂じゃなくて。

 だからこそ。

 あたしは、その任務に燃えた。


 に徹するって、微妙に難しかったわ。


 …ぶっちゃけ…普通は楽しかった。

 織ちゃんと他愛もない会話でじゃれ合うのも。

 学校帰りの寄り道も。

 普通の女の子の日常って、こんなにくだらなくて愛しいんだ。って…


 織ちゃんといる時のあたしは、ふわふわした夢を見てるみたいだった。

 そこから離れると、年に数回帰って来るクソジジイとの訓練のために、毎晩とんでもない特訓をしてたから。


 …ほんっと、あのクソジジイ…



「…ちっ…」


『え。何今の舌打ち』


『舞?』


 ああ、危ない。

 心で舌打ちしたはずが、うっかり。


 ぶん、と、頭を一振りして。


「…何でもない。万里君、何か変わった事は?」


 背筋を伸ばした。


『志麻が乗ってたヘリがレーダーから消えた。乗り換えたのかもしれない』


 万里君は、いつもと変わらないトーンで言ったつもりなのだろうけど。

 語尾が少し弱かった。

 …志麻に危険が迫ってるんだ…


 今までも、とんでもない現場はいくつもあった。

 あったけど…


『奴らの行先は判明してないが、恐らくパトナーかカトマンズには向かってるはず』


『瞬平と薫平が割り出してくれる。何としても先回りしよう』


 あたしが少し不安な気持ちになってると。

 二人が力強い声で言った。


「…うん。絶対…」


 絶対…志麻を…


『…誰一人、死なせない』


 沙耶君が、つぶやいた。

 さくらさんが言った『誰一人、殺さない、死なせない』とは違ったけど…


「うん。誰一人ね。」


 あたしは背筋を伸ばして前を見据える。


 誰一人…

 敵も味方も。


 誰も、死なせない。




 〇高津瞬平


『瞬平、椅子の右側にあるボタン押して』


 かしらから僕の所に来るように指示された薫平が、家の外までやって来た。

 言われた通り、椅子の右側にあるボタンを押すと…


「うわっ…」


 突然、僕の右側にあったモニターや通信機器が動き始めて。


「……」


 あっと言う間に…もう一人分の、作業スペースが出来上がった。


 そして。


「お待ち。」


 出来上がったスペースに、上から薫平が降って来た。


「…何、その楽そうな登場。僕、オーブンレンジから入って来たのに。」


 薫平から目をそらして、低い声でつぶやく。

 本当は少しワクワクしてる気もするけど…そんなのバレたくな…


「こういうの出来たらいいなと思って用意してたけど、まさか本当に出来ちゃうとはねー。」


「…なっ…」


 気まずさも手伝ってうつむく僕に反して、薫平はあっけらかんとした様子で言いのけた。


 何サラッとそんな事…!!


「瞬平、そっち開けてみ?タッチパネル出て来るから。」


「……」


「あれ?何怒ってんの?」


 そう言って、僕の顔を覗き込む薫平。

 僕はー…


「…怒らずにいられるかよ…」


「えー、オーブンから入るのダメだった?」


「そこじゃない!!」


 狭いから、勢いよくとはいかなかったけど。

 僕は薫平の肩をバンと叩いて。


「どれだけ心配かけたら気が済むんだよ!!」


 大声で怒鳴った。

 その声に驚いたおはじきが、わざわざ僕の前を通って薫平の膝に来た。

 そして、そこから薫平と同じようにして…僕を見る。


「なのに…こんなに飄々と…」


「……」


 いつだって…一緒にいたのに。

 突然、薫平が二階堂をやめて…僕は自分が半分使い物にならなくなったと思った。

 なのに、そう思ってたのは僕だけだったみたいで…

 薫平は自由気ままに…


 …そう思ってたけど、実は外から母さんを守るために奮起してた。

 それが分かった時、僕も自分を取り戻した気がした。


 やっぱり、僕の片割れはすごいんだ。って…

 認めたくないようで、ずっと認めたかった。

 薫平は僕で、僕は薫平。

 本人に言ったら気持ち悪がられそうだから、言った事はないけど…


 薫平の隣には、僕がいなきゃ。

 そして、僕も隣には薫平に居て欲しいって思ってる。



「…悪かったって。」


 ポンポン、と。

 薫平が僕の頭を撫でる。


「なっなんでおまえはー!!」


「これ、スイッチ入ってるけど、まだ続ける?」


「…え?」


 薫平に言われてスイッチを見ると。

 CA5に乗り込んでる面々に繋いだ通信が…


「!!!!!!!!」


 大口を開けてうなだれてしまうと。


『気にするな、瞬平。仲睦まじいのは昔から知ってる』


 ボスの声が聞こえてきた。


『そ。やっぱり二人は一緒じゃなきゃね』


 泉まで…


『久しぶりに我が子達が揃った感動を噛みしめたい所だけど、二人とも、早速頼む』


 父さんの声が聞こえて、尖ってた唇がほどけた。


 そうだ。

 一条がどこで何をしようとしてるのか、突き止めないと。

 それと…志麻の居場所も。



「ラジャ。久しぶりに本気出しちゃうよ。瞬平が。」


 僕がモニターを見ながらキーボードを叩き始めると、薫平がそんな事を言いながらキャサリンを開いた。


「…るさいな。おまえも本気出せよ。」


「俺はいつも本気だっつーの。あ、先月作ってたEE、志麻さんのチップに連携させといた。あれって追跡出来たりする?」


「え…いつの間に…」


かしらとボス以上に耳のいい奴じゃなければ、きっとバレない。」


「……」


 …ずるいよ。

 薫平はいつだって素直で。

 ほんと、ずるい。


 そう思いながらも、僕の指は高速で動いた。

 志麻の居場所を追跡するために。


「…出た。あちらさんにも新しいマシンがあるみたいだね。みんな、キャサリン開いて。」


 僕がそう言うと、まずは薫平が顎を触りながら唸った。


「んー…CA5に劣らない優秀作だね。志麻さんが乗ってるマシン、現在RDS8859辺りか…」


 まずキャサリンが捉えたのは、志麻が乗ってるマシンの追跡レーダー。

 確かにヘリやジェットより高速な乗り物のようだ。


 続いてEEによって映し出されたのは…


『えっ…』


 聞こえて来た声は、舞さん…志麻のお母さん。

 いつも冷静な舞さんが声を出したのも無理はない…

 見えた映像は…


「…これ…」


 つい、中途半端に口にしてしまった。


 これ…倒れてるんじゃ?

 EEが捉えた映像、床に横たわってる位置だよ。

 …志麻、死んでるわけじゃないよな…?


「EEで体温感知は無理?」


 珍しく、平静を保ってる風な薫平が焦った声で言った。

 ま、僕以外には焦ってるなんて分からないだろうけど。


「今やってる……大丈夫。脈もある。」


「…良かった。」


 僕らの会話には誰も入って来なかった。

 だけど…


『必ず救出する』


 かしらが、一言。

 そう言ってくれた。


 僕は薫平と顔を見合わせて、小さく頷くと。


「えーと…RDS8859から広範囲で戦闘機の格納庫と爆発危険物探知をかけて…っと…」


「あ、港…ヘリの爆発は防げたようですね。お疲れ様です。富樫さん、そこ片付いたら本部に戻って、イギリスに飛んで下さい。ルートは送ります。」


『ラジャ』


「あー…出た。格納庫発見。たぶん新型の戦闘機。」


『どこだ』


「第二陣の現在の飛行現場から、南に500kmの地点。」


『よし。海、泉、そっちを頼む。同行者を指名してくれ』


 えっ?


 つい…薫平と顔を見合わせた。



『ラジャ。アオイとSAIZO、一緒に頼む』


『はいよ』


『…承知…』


「…ルートを送ります。マニュアル操作をオートに変更してください。」


『ラジャ』


 こうして…

 僕達の両親と、沙耶さんと舞さん、かしらと姐さんが…志麻の救出に向かった。

 恐らくそこは、格納庫よりも過酷な現場な予感がした。


 なのに、かしらが自らそちらを選んだ事に。

 僕達は…



 胸のざわめきを、止める事が出来なかった…。




 あ。



 あれ?


 おばあちゃんは?

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