第63話 「おい、もう一人はどうした。」

 〇東 志麻


「おい、もう一人はどうした。」


 洗脳されたフリをして一条に乗り込んだ俺と薫平は。

 ホテルの最上階にいたはずの紅さんがいなかった事で、若干疑われ始めた。


 それでも、ボスに対する薫平の見事な銃の乱射ぶりは。

 一条を騙すには、十分だった。



『紅さんをどこに?』


『ホテルの最上階』



 あの時の、さくらさんとの会話。

 さくらさんは『二階堂の』とは言わなかった。

 だから、別のホテルの最上階にいて…さくらさんは何かを企んでる。と思った。

 だが、あえて一条には『二階堂のホテルの最上階に、一条 紅がいる』と情報を流した。

 …薫平にも。



「丘に降ろした。」


「合流地点に来てないぞ。」


「返り討ちにあったのでは。」


「……」



 一緒にヘリに乗っているのは、首にRの刻印の男と、Sの刻印の男。

 もう一人、Jという刻印の男は、ヘリを乗り換える時に一人だけセスナに乗り込んだ。


 その昔は一条全員、偽名まで与えられたほどなのに。

 今はアルファベット。

 …人間を人間と思わない組織と言われるだけある。

 俺が見ただけでも、Sは三人いて。

 Sに指令が出るたびに、いがみ合っていた。

 Sは自分だ、と。



「丘の家の回収は終わったのか。」


「ああ。次は港の倉庫だな。」



 二人の会話を黙って聞く。


 一条の言う『回収』は爆破。

 正直…人材は大した事ないが、武器や装置は二階堂の上をいく物もある。


 今まで一条が動かなかったのは、水面下で地道に二階堂のそれらを調べ尽くしていたのかもしれない。

 そして、カトマンズが…始まりだった。


 現地に残されていた旧式の武器の数々。

 あれはもう不用品という事だったのだろう。

 二階堂は、不用品で片付けられようとしていたわけだ。

 全くもって…屈辱。

 そして、俺達が手も足も出なかった現場を一人で片付けたというSAIZO…

 その事も、屈辱でしかなかった。


 だが…




「おまえ、気に入らない。」


 俺の顔を見るなり、SAIZOは言った。

 こんな細身の男が、カトマンズを一人で…?

 つい疑いの目を向けたが、切れ長の目はそんな事より…


「泉に馴れ馴れし過ぎる。」


 俺と泉の関係が気に入らないらしい。


「仕方ない。小さな頃から一緒だ。」


「……」


「一緒に寝食を共にして来た。子供の頃の泉、めちゃくちゃ可愛かったぞ。」


 小さな情報を漏らすだけで、こめかみがピクピクと動く。

 こいつ、相当泉に惚れ込んでいるらしい。

 …まあ、分かる。


「…泉は、今だって可愛い。」


 突然、俺から視線を外して。

 SAIZOはポツリポツリと話し始めた。


「動きもしなやかで、銃の腕も抜群。跳躍した時の姿は芸術品だ。」


「……」


 ソルジャーとしての評価…?


「そんな女が、ベッドでは違う顔を見せる。俺だけに、だ。俺は、泉の特別だから。」


 …そう来たか。


 俺は…無敵の男に、どう対抗してやろうと思っていたが…

 何の事はない。

 SAIZOは、恋愛に関しては…まるで二階堂と同じだ。

 つまり、一般人よりも恋愛に慣れていない。


 俺は鼻で笑って斜に構えると。


「それがどうした。俺はおまえより先に、泉の全部を知った。」


 奴を煽りまくった。


 案の定、SAIZOはキレた。

 独占欲の強さは、今まで俺が知ってる中で一番だ。

 それでも…


「泉の中から俺を消そうと思う。手を貸してくれないか。」


 そう言うと…

 話しに乗って来た。



 しかし、こいつとは…騙し合いでしかなかった。

『坂本』に『残子』という仕来たりがあるのは聞いた事があったが…昔の事だと思っていた。

 あろう事か、SAIZOは泉の前でそれを遂行し、最悪に嫌われた。

 俺が打ち明けた作戦は、最初から何一つ成功しなかった。


 そんなわけで…俺も、筋書は無視した。

 泉に近付いて、奴をおびき寄せ。

 スタンガンで失神させた隙に、泉を二階堂のホテルへ。


 …ま、簡単にスタンガンをくらわされてくれた事には感謝する。


 まだ、今の俺では…SAIZOには太刀打ちできない。



 ―泉とは…物心つく頃から一緒にいた。

 瞬平と薫平も。

 もちろん、ボス…海君も。


 仲の良かった幼馴染は、ある時期が来ると特別な存在になった。

 もう、馴れ馴れしく話しかける事も出来なくなった。


 二階堂に生まれ育ったら、それは当然。

 なんの寂しさもなかった…はずだった。



 咲華と恋をし、俺の不甲斐なさで彼女を苦しめ…終わらせてしまった。

 あの時、俺は自分が死んだと思った。

 二階堂のために生きるはずだった俺が、恋を失って何も手に着かなくなるなど…

 あの荒んだ期間は辛く苦しかったが、今思えば俺の人生の大改革だったとも思える。


 咲華が…俺と築き上げるはずだった幸せを、ボスと。

 それも、酔っ払って。


 …ふっ。

 今、それを思い返しても、胸のどこも痛まなくなった。

 それは、やっぱり…


『あたし、今あんたの事をもっと知りたいって思ってる』


 泉が、SAIZOに言ってるのを聞いた時。

 激しく胸が焼け付いた。


 嫉妬だ。


 それに気付いた時、俺は少し呆然としながらも…すぐに納得してしまった。



 木登りが得意な泉。

 木の上から、俺と高津ツインズをシモベのように扱った後。


『次は志麻が王子様ね!!』


 順番に、誰かを王子様にしてくれた。

 王子になると、お姫様である泉と結婚出来るのかと思いきや。


『そっち寄ってよ。あたしもシモベなんだから』


 なぜか自分もシモベとなって…頭を下げるんだ。


 思えば、泉も二階堂脳だ。

 子供の遊びなのに、いつもそこには『お姫様』はいなかった。

 いるのは王子様だけ。


 …泉の中では、みんな平等だった。

 自分の生まれのせいで育つ環境が変わって来て。

 プライベートでも『お嬢さん』と呼ばれる事を、酷く嘆いていた。



 あの遊び、二度とするなって何度も叱られたっけな。

 特に両親から。



 くだらない俺の事を。

 好きでもないクセに、体を差し出してくれた。

 弱い心ごと、抱きしめてくれた。

 どれだけお人好しなんだ…

 だけど…愛しくてたまらない。と思った。



『泉が好きだ。いつも誰かを守る気でいる泉を守りたい』


 抱きしめて…そう告白した。



 最後だから。

 この記憶も…消すから。


 そう思いながら。




「おまえ、顔色悪いな。」


「まだ出血してるのか。」


 敵だと言うのに、意外と優しいRとS。

 演出のためとは言え、少し深く傷を負い過ぎた。

 きっとSAIZOも…そこそこなダメージを受けているはずだ。



「…大丈夫だ…」


「お前には最後に大役が待ってる。今は温存しろ。」


 そう言って、Rが操縦を替わってくれた。

 確かに、少し寒い。

 俺には向かう先でやる事がある。

 失敗は許されない。


「横になれ。」


「…助かる…」


 Sが用意してくれた毛布にくるまって、シートに沈み込む。


 何かを嗅がされたのか。

 出血のせいなのか。

 それまで、張り巡らせていたはずの神経が…少しずつ途切れて行く気がした。



「…眠ったか?」


「もう少しだ…」


 そんな会話が聞こえて来た時。

 ああ…バレてたのか…


 そう思った。





 夢から覚めた時。



 俺は。



 二階堂は。



 世界は…




 どうなっているんだろう……。

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