第62話 『志麻さんが危ない…っ!!』

 〇二階堂 泉


『志麻さんが危ない…っ!!』


 飛び込んで来たのは、薫平の…らしくない叫び声。


「…しま…」


 その名前をつぶやく。


 …しまさん…………って…?



 あたしが伏し目がちに首を傾げると。


『誰一人、死なせない』


 すでに、ここにはいない兄貴の声が聞こえた。


 …そうだ。

 誰一人、殺さない、死なせない。


「あっ、泉ちゃん!!」


 さくらさんの声が聞こえたけど、あたしはバイクに乗って駆け出してた。



 さっき瞬平から入った情報を頭の中で整理する。


『一条の拠点は、パトナーとカトマンズの間。車では移動しづらい山岳地帯。そこに研究所と工場があるよ』


『たぶんヘリの乗員は、どこかでジェットにでも乗り換えるだろうね。僕らが戦闘機に気を取られてる間に、何か始めるつもりじゃない』


 確かに…盗まれた戦闘機がNYに向かってる、なんて…

 世界規模で大注目だよ。



 一条の目的は、二階堂をつぶす事なんかじゃない。

 世界を…


「…っ…」


 考えると身体が震えた。

 一条が、こんなにも恐ろしい存在に育ってたなんて…



『泉、聞こえるか』


 ふいに耳に飛び込んで来た声…これは…


「父さん?」


『ああ。今どこに向かってる?』


「…クリーン。」


『なぜクリーンに?』


「分かんない。分かんないけど…あそこに行ったらどうにかなりそうな気がして…」


 根拠はない。

 ないんだけど…

 なぜか、クリーンが頭に浮かんだ。


 二階堂での任務を終えて、心穏やかに余生を送る人達が住む場所。

 争いなんて、ない場所。

 なのに…


『…ふっ…』


「え。何。」


『いや…』


 父さんは小さく笑うと、通信をオールに切り替えた。


『全二階堂に告ぐ。クリーンに最新のFRT-CA5がある』


『え…えっ?CA5って…』


『なぜクリーンに…?』


『最新のって…』


 あちこちから驚きの声が漏れた。

 そのどれもが、あたしと同じ気持ちだ。

 だって、CA5は…カトマンズ事件の時、薫平が無断で使って壊した。


『クリーンにいるのは、二階堂の精鋭だ』


 その言葉に、あたしは目を見開いた。

 勝手に…任務を終えた人達、心や体に傷を負った人達…って認識してたけど…


 そうだよ。

 みんな優秀な人達だ。

 力を合わせれば、CA5だって作れるほど…!!


『10基ある。沙耶と舞と万里が今出動した。一条より先回りするぞ』


「父さん!!あたしも行く!!」


 あたしがそう声をあげると。


『私も行きます』


 静かな、だけど強い決意のこもった声が聞こえた。


 …紅さんだ。


『…薫平、聞こえるか』


『…はい』


『おまえは瞬平の所へ。二人で打開策を見付けろ』


『っ……ラジャ』


 本当は現地に行きたいであろう薫平は、父さんの指示に息を飲んで返事をした。


『沙耶、舞、万里に加えて、海、泉、紅、SAIZO……さくらさん』


『さくら…っ…まさか、Aラインの黒装束…』


 父さんが名前をあげると、戸惑った声の浩也さんが。


『頭、私にも同行させてください…!!』


 珍しく…らしくない事言ってる。


『ダメだよ、ヒロ』


 するとそこに。

 場違いにも思える声が入り込んで来た。






 〇二階堂 環


「ダメだよ、ヒロ。」


 そう言ったさくらさんは、すでに俺の隣にいた。


 …この人の何もかもに驚かされる。

 身体能力だけじゃない。

 何を使ってどのルートで動けば、最短か。

 この移動能力…この人が神出鬼没に思えるのは、そのせいだ。


 一条の拠点をつぶすには、この人は欠かせない。



『さくら…!!なぜこんなところに…』


 かつて、浩也さんのここまで慌てた声を聞いた事があっただろうか。

 これを聞いているほとんどが、呆気に取られると同時に…さくらさんの素性を知ろうとするだろう。


「あたしなりのケジメ。あたし、環さんと織ちゃんと一緒に現地に飛ぶから、ヒロは本部よろしくね!!」


『さくら!!』


「うるさいから、ちょっと切っちゃえ。」


 さくらさんは、そう言うと。


 プツッ


 浩也さんとの通信を切ってしまった。


「…いいのですか?」


「昔から、すっごく心配症なの。同じ歳なのにお父さんみたいだった。」


 唇を尖らせるさくらさんに、反対側にいた織が小さく笑った。

 その笑顔に、俺も小さく笑ってうつむく。


 …危険な現場に向かう。

 今まで、そんな場所に織を連れて行った事はない。


 だが…

 今回は、約束した。

 最後まで、一緒にいよう、と。



「環さん、ありがと。」


 ふいに見上げてそう言われ、首を傾げる。


「千秋さんの事、助けようとしてくれてるんでしょ?」


「大事な人ですからね。」


 一条に囚われ、武器の製造等に関わらされているであろう、神 千秋氏は。

 海の妻となって咲華さんの父親、神 千里氏の兄だ。


 世界的に有名な研究者。

 その頭脳が一条によって、悪の道に使われ続けてるなんて…許せるはずがない。



「まさか、この歳になってCA5に乗るとは思わなかったわ。」


 織がそう言うと。


「えっ、これ年齢制限あるの?」


 さくらさんが真顔で俺達を見た。


「ないですよ。ただ、若干身体にダメージが出る可能性はあります。」


「あ~…だよね。圧、すごそう…」


 さくらさんは身軽に操縦席に飛び乗ると。


「さ、行こう。悪い奴ら、止めなきゃ。」


 俺達に親指を突き出した。


「ラジャ。」


 織と顔を見合わせて、CA5に乗り込む。


 さっき、織が言っていたが…

 俺も思った。

 まさか、この歳でこれに乗る事になるとは。


 40年前、万里と一緒にこれを考案した時は…実現されなかった。

 マッハ20の超音速なんて、人体が危険すぎるから、と。

 俺達がまだ10代だった事も手伝って、少しバカにされていたようにも思う。


 だが、時が流れて、各国の空軍が実現に向けて開発を始めた事によって。

 二階堂での開発にもゴーサインが出た。

 そして…完成した。


 しかし、秘密兵器と呼ばれるだけで、完璧に持ち腐れ。

 使ったのは、二階堂ではなく…空軍。

 …残念ながら乗りこなす事が出来ず、機体が傷を負って戻って来ただけだった。

 それを思えば、カトマンズまでマニュアル操作で飛び立った薫平は、大したものだ。



「……」


 レバーを引いて、感慨深い気持ちになる。


 二階堂に尽力するため、万里と沙耶とは常に新しい事を考えていた。

 あの時出来なかった事が、今は出来る。

 歳を重ねるにつれ、半ば諦めていたかもしれない事。


 だけど。

 さくらさんに教えられた気がする。


 自分で自分を諦めてどうするんだ、と。



『ゲート開きます』


「じゃ、現地で。」


 俺が二人に視線を送ると。

 さくらさんも織も、力強く頷いてくれた。



 …今は、かしらではなく。


 あの頃の…加納 環だった頃の自分を呼び起こして。






 必ず、世界を救う。




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