第59話 「…あっ…」

 〇高津瞬平


「…あっ…」


 つい、声を出してしまった僕に気付いたのは…


『どうした』


 ボスだった。


「…いえ…」


『何があった』


「……」


 僕はキャサリンで広範囲の地図を開いたまま、一方で港付近の監視カメラをハッキング。


「港のRゾーンに爆発物発見。近くにいる人、気を付けて。」


 そう発信すると。


『ラジャ。すぐ処理します』


 富樫さんの声が聞こえた。


 僕はそこで全体との通信を切って、ボスにだけ話しかける。



「…泉のチップが非常事態の交信に切り替わりました。」


『…丘だったな』


 丘の上に白い家。

 アーサーで体温探知をすると…


「丘の上に白い家が一軒。地下に三人。恐らく住民です。あとは一階に六人、二階に三人。武器を持ってます。」


『泉は一人か?』


「いえ…さっきからノイズが入るので、チップじゃない通信機を着けた者と一緒にいると思います。」


『…分かった。向かう』


「……」


 どうなってんだよ…


 …数分前。


「NYAV6の花屋のそばに、バイクあるよ。Aライン、手が空いた者から乗ってって。」


 僕の指示に答えたのは。


『こちら23556、一台持ってくよ』


 泉だった。


 負傷したと聞いてた泉の、いつもと変わらない声。

 心底ホッとしたし、一緒に戦える事が嬉しかった。

 なのに…


 薫平から聞いた作戦とは、違う方向に進んでる気がする。


 志麻は?

 本当なら、そろそろ薫平と志麻が海にヘリを墜落させるはずなのに。

 そのヘリは姿を見せない。


 あいつら、まさか…本当に洗脳されてて、あれは全部芝居だったんじゃ…


「…そんなはずない…!!」


 バン!!とテーブルに手をつくと。

 本部で情報収集してる数人が振り返った。


「……あ。」


 ハッと顔を上げる。


『薫平君の家って分かる? 彼の家から全二階堂に指示を出してくれるかな』


 確か…確かおばあちゃん、そんな事言ってたよ。


「浩也さん!!」


 大画面で港の様子を眺めてた浩也さんに声を掛ける。


「どうした?」


「ここ、任せます。僕、別の場所から指示出しますんで。」


「えっ?」


「じゃ、よろしく!!」


「おっおい!!瞬平!!」


 浩也さんの声を背中に受けながら、僕は駆け出す。


 バカだー…どうして忘れてたんだろ。

 ボスに指示を任されて、のぼせ上がってたのかな…



 ビルの外に駆け出すと。


「うにゃっ。」


 猫が飛び出して来た。


「おまえ…薫平の猫?」


「にゃっ。」


 まるで、その猫は『ついて来て』と言わんばかりに。

 僕の事を振り返りながら走り始めた。


「最短距離を教えてくれるわけだ…」


 入口にあった自転車にまたがって、猫を追う。


 路地裏、民家の隙間……ほんっと、自由気ままなその猫は。

 薫平そのものみたいに思えた。



 見た目はほぼ一緒。

 仕方ないよね。

 僕ら、一卵性双生児だし。

 けど、中身は全然違う。


 順応性も協調性も高いのは薫平。

 僕は…狭いコミュニティで生きる方が好きだ。

 そう言い聞かせてた。

 だって、僕までが薫平みたいに自由だったら…

 父さんも母さんも、心臓持たないよ。


 …夢を追って外に出る。なんて…

 とんでもない口実で、外から母さんを守ろうとした薫平を。

 バカじゃん。

 とんでもないバカじゃん。

 って思いながらも…


 ほんとは、羨ましくて仕方なかったんだよ。



 バン


「はっ…はっ…は……」


 薫平んちに入ると、猫はまだ『ついて来い』って振り返る。

 以前は地下室が作業場になってたけど、今はその入口がなくなってた。

 猫はそのままキッチンに入ると…


「うにゃにゃっ。」


「…は?」


「にーっ。」


「……」


 猫が立ち止まってるのは、大きなオーブンの前。

 …嘘だろ、おい。


 恐る恐る扉を開けて中を覗く。

 すると、まずは猫が入って身体でプレートを押した。


「…え…通路…?」


 そこに出来た通路を、またもや猫は僕を振り返りながら歩いてく。

 四つ這いになってついて行くと…


「…なんだよ…あいつ…」


 かしらにハッキングがバレて、撤去させられたはずなのに。

 なぜか以前よりグレードアップしてる。

 秘密基地さながら。

 非常識にもワクワクしてしまった。


 コックピット式の椅子に座ると、モニターが一斉に動き始めた。

 その一つ一つに目を通して…分かった。


 …なるほどね。

 この場所も狙われるかもしれないから…大柄な奴は入れない構造にしたわけだ。

 家の外には防犯カメラもセンサーもついてる。

 いないクセに、僕まで守ろうとするなんて。


「…ムカつく。早く戻れよ。」


 小さくつぶやくと、肩に猫が乗った。


「…おはじきだっけ。」


「にゃっ。」


「…おまえの御主人、どれだけ僕の事分かってんだよ…ったく…」


 全部、僕の好み。

 キーボードの位置も、モニターのサイズも、スイッチの並びも。


「で…これは誰だよ…」


 左の小さなモニターに映し出された黒装束の顔認証を始めると…


『瞬平君!!やっと来たー!!』


 聞き覚えのある元気な声が飛び込んで来た。


「…遅くなってごめん…てか、ばあちゃんか。」


 めちゃくちゃ忍者じゃん。って、ちょっと笑った。

 この人、ほんと…突拍子ないな。


『二階堂の通信傍受可能なチップを、四つ拝借したよ』


「は?四つ?誰が使ってんの。」


 カチャカチャとキーボードを叩いて、モニターに映し出される黒装束達を追う。


『あたしと紅ちゃんとSAIZO君とアオイ君』


 さらっと四人の名前を挙げられて、少し固まった。


「…SAIZO?」


『うん。今、紅ちゃんと一緒に居る』


「なっ…あんたバカか!!そんな得体の知れない奴と、母さんを二人にするとか!!」


 立ち上がりかけたけど、立てなかった。

 だけど大きな声を出したせいで、おはじきが肩から逃げてしまった。


『大丈夫。彼は信用出来るよ。それより、泉ちゃんとアオイ君の通信が切れた』


「…アオイって誰…」


『それはまた後で。泉ちゃんとアオイ君、港に向かったはずなんだけど』


「非常事態の信号に切り替わったままだから、気を失ってるのかもしれない。」


『…薫平君かな…それとも志麻さんかな…』


「これも作戦?」


『うーん。あたしはこの先を聞いてないんだよね』


「はあ?」


『港に来てくれとしか言われなかったから』


「……」


 口を開けて呆然とした。


 な…何なんだよ…

 こんな、行き当たりばったりみたいな…


『大丈夫。絶対助けるから』


「…当たり前だよ。もし泉に何かあったら…ただじゃすまさないから。」


『優しいね。瞬平君』


「……」


 調子が狂う。

 だけど、ふと…サクちゃんと一緒にいた頃を思い出した。


 彼女にも…調子を狂わされてたっけ…なんて…



『着いた。海さんもいる。一緒に中に入るわ』


「え?ちょっ…」


 慌てて丘の上の一軒家をキャサリンで見る。

 そして…


「待って!!入っちゃダメだ!!人影はダミーだ!!」


 僕がそう叫んだのと。


 ボン……ッ…!!


 爆発音が響いたのは…





 ほぼ同時だった。

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